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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第2章 お城の外へ。常識を知る
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選んだ道

 違う世界の、はじめて会った人々。

 言葉にするとなんでもない。


 だが、目の前で縋りつくような祈りの姿を見せられればどうだろう。

 感極まったようにひれ伏す信者たちに、オレは動揺した。


 ──宗教の創始者というのは、たしかに偉大だ。

 初めて、そう思った。


 こんな息苦しくなるような想いを受け止め、人々を導けるのだから。

 使命感か、支配欲か、それとも愛なのか。どれほど自己肥大させれば、こんなものが平気になるんだろう。


 オレにはとても耐えられそうにない。

 オレは部下すらいない、ただの平社員なんだ。


 と、最前列に小さな女の子がもぐりこんできた。

 エルフの子供で、ディニッサよりさらに幼いだろう。

 ほかの者たちと違って、不安げな眼差しをオレに向けている。


 女の子が口を開いた。しかし声にはならず、そのまま口をつぐんでしまう。

 何か言いかけて、ためらい、やめるという動作を、女の子は何度も繰り返す。


 オレは、ゆっくりと手を上げた。

 それだけで、その場にいた全員が黙った。

 騒々しかった空間が静寂に包まれ、みな彫像のように動きを止める。


「そなた、なにか言いたいことがあるようじゃな?」


 オレはできるだけ優しく、女の子に問いかけた。

 女の子は、かなりの時間ためらったあとで口を開いた。


「ディ、ディニッサ様の国は、なくなっちゃうんですか……?」


 空気が動く音が、聞こえた気がした。

 女の子は、不安そうな面持ちでオレを見つめている。

 見ると、ほかの信徒たちの顔にも、憂いがあらわれていた。


 官府のときのように、周囲の大人が女の子を諌めないのは、彼らもまた同じ恐れを心に秘めていたからだろう。戦争のことは、民にも周知の事実らしい。


 彼らは身じろぎもせずに、オレを見つめている。

 その場の空気が、圧力をもってオレを押しつぶすかのような錯覚を覚えた。


 ──いったいオレになにが言えるだろう?

 明日にも、ここから逃げ出すかもしれないというのに。


「わらわは、そなたらの信仰心を嬉しく思う」


 女の子を見ながら喋り始める。

 これは彼女の望む答えではないだろうが、オレは意図的に話題をそらした。


 けれども、そんなおためごかしの言葉でも嬉しいらしい。

 女の子も含め、その場の人々に明るい雰囲気が漂う。


「ディニ──」


 歓声あげかけた信者たちを、ふたたび手を上げて黙らせた。


「話したいことがあってきたのじゃ。この大聖堂で、一番偉い者を呼ぶがよい」


 オレの言葉に、信者の列が左右にわかれていく。

 それを待ちきれないというように、背の高いエルフが、人混みをかき分けながら近寄ってきた。オレの目の前で、ひざまずく。


「我が神ディニッサ様、私めが総大司教の地位につかせていただいている、リヴァナラフと申すものにございます」



 * * * * *



 さすがにあの群衆の前で話し合いはできないので、小部屋を用意してもらった。

 中にいるのは、オレとユルテ、リヴァナラフの三人だけ。


 総大司教などという仰々しい呼び名のわりに、リヴァナラフの服装はひどく質素だった。一般信徒の粗末な服と大差ない。名乗られなければ、この教会のトップとはわからなかっただろう。


「……いくつか聞きたいことがあるのじゃ。まず、ルオフィキシラル教の信者はどれほどいるのか。たとえばこの街には?」


「ルオフィキシラリアの人口は、一万五千人ほど。その8割程度が信徒であると考えられます」


「8割!」

「申し訳ありません。われらの力が及ばず……」


 勘違いしたリヴァナラフが頭を下げているが、もちろんオレの驚きは信者比率の高さゆえだ。首都とはいえ、信じられない数値だ。


 どうして引きこもっているだけのディニッサが、それほどに信仰されているんだろう。……それとも、引きこもっているのがいいのか? 粗が目立たないという意味で。


「よ、よい、せめてはおらぬ。では、村や小さな町ではどうじゃ?」

「九割以上がディニッサ様の信者かと」


 すさまじいな。おそらく田舎では、信者じゃないと日々の生活に支障が生じるレベルだろう。だからまわりに合わせているだけの者も多いのだろうが、それにしても……。


 ただ、それだけの信徒がいながら、教会が貧乏そうなのはなぜだ?

 このクラスの宗教団体が、豊富な資金源を持っていない例など、オレは知らないんだが。


「この教団の活動資金は、どこから手に入れておるのじゃ?」


「教会で作っている生地や小物などの販売、教団員が耕した畑などからの収入、それから信者たちの寄進で間に合わせています」


 領地も、商売に関する特権もなにもなさそうだ。先王の方針のせいか?

 ……ここまで聞いて、ユルテの「願いを聞いてもらうために信仰する」という意見が間違いであることがわかった。


 たしかに最初は利益だけを求めていたのかもしれない。

 けれど今は、まったくべつのものに変わってしまっている。


「それほど信者がいれば、情報も入ってくるじゃろう。占領されたゲノレの街の様子を聞かせてくれ」


「ゲノレの民は、圧政に苦しんでおります。税は重く、また、たびたび賦役を申し付けられているようです」


「そうか……」


 占領軍がせめて善政をおこなってくれていればな……。

 まだ自分に言い訳ができたんだが。


 ──たとえば逃げ出したとして、オレは平然と暮らしていけるだろうか。

 この国の人々に、悲嘆と絶望を味合わせるとわかっていて。


 無理だ。オレはそこまで図太くなれない。

 知らなければどうってことなかったが、知ってしまった以上、彼らのことを思わずにはいられない。


 どう考えても愚かだし、間違っている。

 けれど──


 ディニッサのかわりに、こいつらの理想を演じてみよう。

 少なくとも、二ヶ月後の戦争が片付くまでは。


 これは慈悲じゃない。自分が後で嫌な思いをしないための、利己的行為だ。

 けれど、それで救われる者がいるのなら、悪いことでもないだろう。


 ……ま、サイアク失敗したら、謝って逃げるけどな!

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