お風呂天国
天使のような女が、長い廊下を歩いていく。
廊下は広く、真っ黒だった倉庫と反対に天壁ともに白かった。
天井には一定間隔で謎の宝石が埋め込まれ、あたりを照らしている。
天使さんは一回左折したのち、突き当たりの階段を上っていく。
オレが最初にあらわれたのは、地下だったらしい。階段をあがった先の窓から星空が見えた。
地上階は壁も天井も金色で、それぞれ美麗な意匠がこらされている。
服で察しはついていたが、この体の持ち主はとんでもない大金持ちらしい。
ところでオレは、これからどうすべきなんだろう……?
頭のなかでシミュレートしてみる。
天使さんにすべてを打ち明けて相談したらどうか。
──サーセン、中身が別人になっちゃったみたいっす。
却下。
天使さんが発狂しそうな気がする。相談が遺言になりかねない。
よし。ひとまず様子をみよう。この体の持ち主のフリをして情報を集めるんだ。
そこまで考えて、決定的な問題点に気づく。
この女の子の名前すらわからない。もちろん天使さんの名前も不明だ……。
* * * * *
そして風呂場にたどりついた。
髪についたホコリを、洗い流そうという算段らしい。
脱衣所でお姫様抱っこから開放され、床におろされる。
そこでとまどった。
……この服、どうやって脱ぐんだ?
何枚も重ね着しているうえ、わけのわからん留め具がやたらとついている。
どういう手順で服を脱げばいいのかわからない。
オレは先に服を脱ぎはじめた天使さんを、さりげなく見つめた。
もちろん、服の脱ぎ方を知るためだ。
そこにいやらしい意図は微塵もない、と断言しておく。
あくまで不審をもたれないためであり、自身の安全を保つために必要な措置なのである。
──そして驚愕した。
天使さんは、服一枚を2秒ほどで脱ぎ捨てている。
どうやってんの、それ!?
……これ、マネすんのは無理だ。オレはふるえた。
どうやら様子見作戦は、ソッコーで破綻したらしい。
「姫様、おまたせいたしました」
けれど、まだ運はつきていなかった。
服を脱ぎ終えた天使さんが声をかけてきたのだ。そしてオレの服を脱がせてくれる。
天使さんは自分の時とはうって変わって、ゆっくりと作業する。
脱がせた服も、丁寧にたたんで棚にしまっていた。
「はい姫様、手を上げてくださいね~」
他人に服を脱がされるというのは、軽い羞恥プレイだと言っても過言ではない。
下着に手をかけられた時は、なにかドキドキした。やばい、おかしな性癖に目覚めそうだ。
真っ裸にされたオレは、顔が赤くなるのを自覚しながら風呂場に入った。
中は温かく、水面からは湯気が立ち上っていた。予定外の行動のはずだが、この家では常に風呂を沸かしているのだろうか?
浴槽は学校のプールの半分くらいの大きさだった。
二人だけで使うにしては、無駄に広すぎる。
なにより、風呂場の天井と壁まで金色なのには、ちょっとヒいた。
この家のやつら、どんだけ金ピカが好きなんだよ!
見たところ洗い場には、シャワーなし、オケなし、イスなし、タオルなし。
もしかして、この家では体を洗ったりはしないのか? 浴槽に飛び込んで汚れをまき散らすっていうのは、かなり嫌な入浴スタイルなんだが……。
考え込んでいるオレの方に、天使さんが歩み寄ってきた。
バシャバシャと、頭からお湯をかけられる。
シャワーも風呂桶もないのにどうやって?
混乱し、天使さんを見る。すると、その手から水があふれ出ていたのだった。
はは、なんだこれ、すげぇ。
どう見ても魔法です、本当にありがとうございました。
……これが夢でないならば、オレは不思議現象がおこる、ファンタジックな異世界にきてしまったらしい。
つづいて天使さんは、どこからか取り出した青い瓶を手に持った。そして中の液体を手のひらに取って泡立てる。その後一房づつ髪をとり、泡で包むように触れていく。シャンプーだ。ここは意外に文明が発達した世界なんだろうか……?
「はい、水をかけますから、しっかり目をつぶっていてくださいね」
頭をマッサージするように優しく洗われたあと、また魔法のお湯をぶっかけられた。調整がむずかしいのか、すごい勢いで水がかかる。
次に天使さんは緑色の瓶を取り出した。トリートメントだろうか?
また手のひらで液体を泡立て、そして──
「うっ」
つい声がもれてしまった。
それも仕方ないだろう。オレの首が、天使さんの手に優しく包まれているのだから。まさかの「手洗い」である。どうりでタオルを見かけないわけだ!
「もう、姫様はあいかわらずくすぐったがり屋さんですね」
天使さんは、微笑みながらもその手を止めない。
首から、肩、二の腕と洗っていく。
これはヤバイ。どう考えてもヤバイ。天使さんの手つきからは、よこしまな意図は一切感じない。だが、こっちはそうはいかない。
だって天使のような美女の、じか洗いですよ。そりゃおかしくなるでしょう。
これがお金を払っている風俗的なアレならですね、そこまでアレじゃないんですよ?
でも相手が、純粋に同性の主人の手伝いをしているつもりでいる、というこの状況はなんともいえず背徳感があるというか……。
「んっ」
また声が出た。
まさか触ることではなく、触られることにこれほどの破壊力があるとは。
イカン。このままだと、新世界の扉を開いてしまいそうだ。
心を落ち着けろ、禅寺でやったあの座禅を思い出せ。
無の境地に入るんだ……!
──そうして、オレと煩悩との戦いが始まったのだった。