侍女フィア
朝、美少女に見守られながら目を覚ました経験はおありだろうか。
オレは妹と二人暮らしをしていたが、そういう状況は今までなかった。
陽菜は文句なく美少女ではあるが、残念ながらオレのほうが起床が早かったためそういった機会はなかったのだ。
もし、そのようなことが起きたら嬉しいだろう。憧れのシチュエーションだといっていい。そして今、じっさいにそうした場面に遭遇していた。。
その状況で、オレの口からもれた言葉は──
「ひぃっ」
という、悲鳴だった。
なにしろ起きたとたん、目の前5cmに人の顔があったのだ。
しかも完全な無表情。彼女は、オレの悲鳴にすら微動だにしない。
これはもう、ラブコメ的なシチュエーションではなく、ホラーの領域に片足を入り込ませているだろう。
「姫様、おはよ」
白い髪をまっすぐに切りそろえた美少女が、朝の挨拶をしてくれた。
彼女は、昨日給仕係をやっていたフィアという侍女だ。
少し病弱そうな青白い肌が、ホラー的な雰囲気を高めている。
いったいいつからオレの顔を見つめていたのだろう。
静かな狂気を感じてかなり怖い。
「お、おはようなのじゃ」
一息置いてから挨拶をかえす。
疑われる態度は極力さけなくてはいけない。
「……。」
「……。」
挨拶が終わると、フィアは立ったまま動かなくなった。
そして一言も喋らずに目だけでオレを追っている。
なにこの子、怖いよ!
この城じゃ、侍女がいたせりつくせりの世話をしてくれるんじゃないのかよ。
「姫様お顔をあらいましょうねー」とかやってくれないと困るだろっ。
もちろん、一人で顔を洗えるし着替えだってできるさ。でも、それがいつものディニッサと違う動きだとまずいのだ。昨日はうっとおしいと思っていたが、ユルテのやり方はありがたいものだったらしい。
そういえば、ユルテはどこに行ったのだろう。昨日はいっしょに寝たのに。
彼女なら朝の挨拶くらいはやっていきそうなものだが。
「その、ユルテはどこじゃ?」
何気ない一言だった。
「……!」
しかし、反応は激烈だった。
フィアの瞳から、次々と涙がこぼれ落ちる。
その涙は空中で固まって、輝く宝石のようになった。
そのまま絨毯に転がり落ちて山を作っていく。
さっきまでの無表情がウソのように、彼女の綺麗な顔が歪んでいた。
「わ、私、4日、4日ぶりの当番…だったのに、ゆ、ユルテが……」
フィアが嗚咽まじりで、切々とうったえる。
「ち、違うのじゃ、アレじゃよ?」
オレも彼女におとらず動揺した。
女慣れていない男にとって、女の子の涙は凄まじい破壊力を持つ。
自分のせいで泣かせたとなればなおさらだ。
どうする、どうすればいいんだ!?
「わらわは、本物のディニッサじゃないのじゃ。だから悲しむ必要はないんだぞ」
結局、錯乱したあげく、正体をばらしてしまった。
しかし後悔はない。
あまりに意外な発言だったせいだろう。フィアの涙が止まったからだ。
女の子を泣きやませるためなら、多少の危険はうけおう覚悟がある。
困惑しているフィアに、昨日からの出来事を伝えることにした。
彼女は口を挟むこともなく、静かに話を聞いていた。
* * * * *
「──ってことなのじゃ」
「うん、わかった」
話を聞き終えたフィアはとうなずいた。
ユルテのように暴れたりしないし、取り乱しもしない。
「えーと、こんな話を信じてくれるのかの?」
「うん、姫様なら、ヤル」
ディニッサのダメさ加減に対する、侍女たちの信頼はすごい。
「姫様に、嫌われたと思った。でも、良かった」
そう言って笑う彼女は、とても可愛かった。
落ち着いたフィアは、少し考えるとオレに忠告してくれた。
「ファロンにも話すべき。隠し通すのは、無理」
「そうじゃな」
オレの演技力じゃ、ずっとそばにいる侍女を騙し切るのは難しいだろう。いきなりバレて怒りを買うより、先にだれかに耳打ちしてもらったほうが安全そうだ。
「ファロンへの説明を頼まれてくれんかの」
「わかった」
フィアはあっさり承諾してくれた。
しかし、その場から動かない。
「説明してくれるんじゃないのかの……?」
「今はダメ。せっかくの当番、もったいない。明日伝えるから平気」
「そういえば、『わらわ』の世話は交代でやっているのかの?」
「そう。ユルテ、私、ユルテ、ファロンの順番。ユルテは、ちょっとズルい」
「……中身別人なんじゃが。それでもいっしょにいたいのかの?」
「でも半分は姫様。だから、いい」
ユルテもそうだったけど、フィアもか。
見た目オレで中身がディニッサだったら、この子たちはどうするんだろう……?
「姫様、これからどうする?」
「そうじゃな、顔を洗って、朝ごはんを食べて、それから訓練かの──」




