夢の回廊
気づくとオレは灰色の空間に浮かんでいた。
目の前には、陽菜とディニッサがいる。オレは──元の姿に戻っているようだ。
「ディニッサの魔法か?」
「うむ。話が早くてたすかるの。まずはそなたに謝罪したい。事故とはいえ、本来無関係なそなたを巻き込んで悪かった」
意外にもディニッサは真摯に頭を下げた。
姫ぐらしでわがまま放題かと思いきや、そうでもないらしい。
「なら元に戻してくれよ。オレもこっちで魔法の使い方を会得した。両方から協力すれば、案外簡単にできるんじゃないか?」
「イヤじゃ」
「え?」
ディニッサの返事に、オレは耳を疑った。
「おまえ今、謝ったよな。申し訳ないと思っているんだよな?」
「謝罪はするが、責任をとるつもりはサラサラない!」
堂々と胸をはって答えるディニッサ。こいつダメだ。
「そなたが陽菜の兄でないなら、わらわも考慮した。じゃが、保護者なら陽菜の失態の償いをしてもらう」
「失態ってなんだよ」
「陽菜は自ら望んで、わらわと入れ替わることを誓ったのじゃ。そして、その契約を一方的に破棄した」
「お兄ちゃん、ごめんなさい……」
陽菜は縮こまって、申し訳無さそうにしている。
ユルテの予想通り、ディニッサは入れ替えの許可をとっていたようだ。
だけどそれは無効だろう。異世界のお姫様にしてやるといわれれば、ついうなずいてしまう者も多いだろう。けど実際には、二ヶ月で戦争開始だぞ。どう考えても詐欺だ
「いや、それは正当な契約とは言えない。甘い言葉で誘ったんだろ。人の妹をたぶらかして、危険な目にあわせようとしやがって! 知ってたか陽菜、むこうでは今にも戦争がおこりそうなんだぞ?」
陽菜がますます縮こまった。
「ごめんお兄ちゃん、戦争のこと、ちゃんと聞いてた……」
「え?」
「わらわはすべてを包み隠さず説明した。恥じるところはなにもない」
「じゃ、じゃあ、陽菜は、オレとあの、あれだ、いっちょ、じゃなくて、いっしょより命が危ないような異世界のほうが、よか、よかったってことか……?」
激しく動揺した。体がガクガクと震えるが、それもしょうがないだろう、これほどのショックを受けたのははじめてだったのだ。陽菜はオレのことが嫌いなんだ、オレの家に来たのはストーカーを恐れただけで、世界で一番キライなのがソイツで二番目に嫌いなのがオレだったに違いない。ああ、きっと、シスコンキモいとか思われていたんだろう、なんてことだ、あの笑顔も、あの笑顔も、精一杯努力した演技だったのか、そんなことにすら気づかないとは、オレはとんだ愚か者だ。そうだちょうどいいじゃないか、オレはこっちの世界で頑張って暮らしていこう、そうだよ、それがいい。戦争? 知るか、逆にブチ殺してやる、後先考えない人間がなにをやるか見せてやんよ!
「お兄ちゃん! しっかりして、お兄ちゃんってば!」
気づくと陽菜がオレの体を揺らしていた。
「大丈夫だ、陽菜。オレはもう二度とおまえの前に姿をみせないから。今までつらい思いをさせて悪かった」
「なんで悟ったような顔してるの!? 違うから、お兄ちゃんが思ってるのとは、ぜんぜん違うから」
世界で二番目に嫌いな、心の底からキモいと思っている兄をなぐさめてくれるとは。陽菜は、なんていい子なんだ。
「陽菜、オレのことが嫌いなんだから、無理はしないでいいんだぞ。素直にキモいっていっても──いや、直接言われるとちょっとキツいな。やっぱりキモいは、心のなかだけにしてくれ。……でもまあ、オーケー、大丈夫さ!」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ!? おもにお兄ちゃんの頭がっ」
「忠告しておくが、この魔法にも時間制限があるからの。あまりくだらん話に時を費やすのはお勧めできぬぞ」
「フッ、もう話すことなどないさ。オレはすみやかに姿を消そう」
「お兄ちゃん、落ち着いて!」
陽菜が両手でオレの顔を掴んだ。そのまま自分のほうに引き寄せる。
「ディニッサの魔法は、出会う人の絆がないと、うまくいかないんだよ。だから、私たちはお互いをすごく大事に思ってるの。そうでしょ、ディニッサ」
「うむ。わらわの今の魔力では、強い絆という触媒が不可欠じゃ」
オレの心に希望の火が灯る。
あれ、もしかして、なにか行き違いがあっただけ?
嫌われては、いない……?
「まあ、その絆は憎しみや嫌悪でも構わんのじゃがな。心底憎んでおるのなら、それもまた立派な絆じゃ」
希望の火は一瞬で鎮火された。
「そ、そこまでオレを憎んで……!?」
「だから違うって! ディニッサもいいかげんにしてよ!!」
「わらわは常に事実を語るだけなのじゃが……」
「お兄ちゃん!」
陽菜がオレの目をじっと見つめた。
そしてゆっくりと、言い聞かせるように話し始める。
「私が異世界に転生する本とか好きなの知ってるでしょ。だからディニッサと会った時も、本の読み過ぎで夢をみたんだと思ったの。それで気軽に約束しちゃっただけで、お兄ちゃんのことが嫌いだとか、そばにいたくないとか、絶対そんなことないから!」
「でも現状に不満がないのに、戦争がおきるような場所に行きたいって思うか?」
「それについてはわらわが答えよう。そもそもこの話が眼目だったのじゃからな」
オレは陽菜の手をはずして、ディニッサの方をみた。
「戦争、戦争というがの。逃げてしまえばよいじゃろ」
ひどく軽い口調でディニッサが言った。




