表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第1章 異世界へ。現状を知る
17/148

異界のお姫様

「なあ、そろそろ食堂にいかぬか? わらわはお腹がへってしまったのじゃ」


 兄の声が、陽菜の追憶をたちきった。

 といっても、その中身は異世界の少女なのだが。


「食堂? やだよ。もう暗いし、外に出たくない」


 窓の外はもう真っ暗だ。陽菜はカーテンを閉める。

 時計を見ると、すでに夜の9時近かった。


「外? どうして外にいかなければならぬのじゃ。ここは3階あたりじゃろ?」

「5階だけど。それがどう関係あるの?」


「?」「?」


 なにか話がおかしい。陽菜とディニッサは顔を見合わせた。


「5階もある城の保有者が、食堂ひとつ持っていないなどありえんじゃろ?」

「城? あー、ディニッサの常識だと、そうなるんだ……」


 陽菜は溜息をついた。


「ここはワンルームマンションといって、たくさんの人たちがそれぞれ暮らすおうちです。私たちの自宅は、奥の鉄の扉から内側だけです。はい、わかった?」


「はあ!? 狭すぎじゃろ、家畜ですらもっとマシな家をもっていよう」

「お兄ちゃんが頑張って働いたお金で借りている家に、文句言わないで」


「む……。それは、悪かった。そなたらは、最下等の貧民なのじゃな。こういう暮らしをしている者も、いるとは聞いた事がある」


「そこまで貧しくないよ……」

「それで食事はどうするのじゃ?」


 陽菜は冷凍庫からピラフと唐揚げを取り出した。

 料理をつくる気分にはなれなかったのだ。袋から皿に移して、電子レンジで温める。それにインスタントのワカメスープをつけてテーブルに並べた。


「貧民のわりに、良い魔道具を持っておるのじゃな?」

「貧民じゃないし、魔法でもないよ……。なに飲む、お茶でいい?」


「赤ワイン──」

「お茶ね、わかった」



 * * * * *



「うむ、変わった味付けじゃが悪くはなかった。次の皿を用意するがよいぞ」

「次の皿って……。そんなのありません。これで晩ごはんは終了です」


「なん、じゃと……!? 三皿で晩餐が終わるじゃとっ。貧民の生活とはそういうものなのか。ありえん……」


 ブツブツとなにか呟いているディニッサを無視して、陽菜は食器をシンクに放り込んだ。いつもならすぐに洗うところだが、明日にまわす。


「……ねえ、ディニッサ。お城に住んでるとか、そろそろ戦争になりそうとか、自分のこと詳しく話してくれたじゃない? でもこっちのことはぜんぜん聞かなかったのはどうして。変な場所だったらどうしよう、とか怖くなかった?」


「たしかに不安はあったのじゃ。しかしこちらの状況を伝える程度の時間しか、魔力がもたないのでな、やむをえん。そなたを騙して入れ替わるわけにはいかぬからの」


「そうだったんだ……」


 ディニッサの話を聞いて、陽菜は恥ずかしくなった。

 自分ばかりが勝手なことをやっている。


 たしかに彼女の言うとおりだ。約束したのだから、それをちゃんと果たすべきだったのだ。そうすれば兄に迷惑をかける結果にはならなかった。なんであの時、急に怖くなってしまったんだろう?


「なあ、陽菜。わらわは大変なことに気づいてしまったのじゃが」

「えっ、なに、お兄ちゃんになにかあったの!?」


「いや、そうではなく。風呂はどうするのじゃ。やはり貧民は一月に一回くらいしか入浴もゆるされておらんのか?」


「……驚かせないでよ。お風呂ならちゃんとあるから、ちょっとまってて」


 そう言いながら、自動湯はりのボタンを押した。

 しばらくして電子音が鳴る。


「お風呂、わいたよ。使い方説明するからついてきて」


 歩き出す陽菜。しかし、ディニッサがついてくる気配がない。

 振り向くと、ディニッサは座ったまま両手を広げていた。


「……なに、してるの?」

「連れて行ってくれぬのか?」


「え?」


「わらわはいつも、侍女に運ばれておるのじゃが。こう、足と背中に手をまわして横抱きでな?」


「お姫様抱っこ!? いや、ムリムリムリ。学校いかなくなってからぜんぜん運動してないし、お兄ちゃんの体なんか持って歩けないよ」


 そもそも見た目からしてキツイ。

 細マッチョな社会人の兄を、お姫様抱っこする中学生の妹。

 想像しただけで陽菜はゲンナリした。


「なんということじゃ……。これだから貧民の暮らしというやつは……!」


「貧民じゃないし、これ貧民関係ない。移動ぜんぶお姫様抱っこなんて、ぜったいおかしいって」


 ディニッサは、しょんぼりとした様子で立ち上がり、陽菜のあとに続いた。

 脱衣所に入ったあと、陽菜はディニッサに声をかけた。


「先にいっとくけど、お風呂狭いから。でも、こっちじゃこれくらいが普通なんだから勘違いしないで。貧民じゃないから。っていうか次言ったら怒るから」


 しっかりと釘を差してから、風呂のドアをあける。


「狭すぎじゃろ! これが風呂? わらわのベッドより小さいではないか」


 気遣いは無駄だった。


「……。こっちのフタを開けると中にお湯が張ってあるから。見て。この蛇口こっちにひねるとお湯、反対にひねると水が出るから。石鹸はこれ。頭洗うときは、最初にこっちで次にこれ。あとは──」


 あきらめた陽菜は、風呂の使い方の説明をした。

 ついでにトイレと洗面所の使用法も教えこむ。

 ひととおり話し終えたところで、陽菜は居間に戻ろうとした。


「まて。服はどうするのじゃ?」

「大丈夫。着替えは、ディニッサがお風呂入ってる間に用意しておくから」


「そうではない。この服はだれが脱がすのかと聞いておるのじゃ!」

「そんなの自分でやってよ!」そう言いかけて、陽菜は口ごもった。


 兄は会社帰りだ。当然スーツを着ている。

 異世界から来たディニッサには、脱ぎ方がわからないのかもしれない。


「じゃあネクタイとボタンだけ外してあげるから、あとは自分でやって」


「ムリじゃ! わらわは、自分で服を脱いだことなど、生まれてから一度たりとてないのじゃぞ。にわかにそのような難題を押し付けられても困る」


「……。」


 この子かなりダメだ。将来どうなるか心配。と、陽菜は自分のことを棚に上げて思った。最初の一回だけ手伝ってあげようか。しかし、すぐに手が止まる。服を脱がすということは、裸を見るということではないか?


 陽菜は、想像して赤面した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ