表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第1章 異世界へ。現状を知る
14/148

初日終了

 オレがいる領地は、二ヶ月後には、四方から攻められるらしい。

 だが諦めるのは早い。各地の情報を集めれば、突破口が見つかるはずだ。


「各街の人口、それを支える周辺の村・町の人口総計。それと各勢力の軍事力が知りたい。概算で良いのじゃ」


「人口? なにを言っているんです、姫様。そんなことわかりませんよ」


「……。この街にはどれくらいの人が住んでいるのじゃ?」

「かなり大勢だと思いますけれど。それがどうかいたしましたか」


「すぐ動かせる直属の兵士は何人おるんじゃ?」

「あまりいないと思いますけれど。それがどうかいたしましたか」


「……。」

「……?」

 

 絶句したオレを、ユルテが不思議そうに見つめていた。

 すげえ、基本的な情報すら手に入らねえ。


「姫様?」


 ……いや、オレが間違っていたかもしれない。

 ただの侍女がなんでも知っているわけがない。むしろ周辺の情勢を教えてくれただけでも、ありがたいと思うべきだろう。


 引きこもり姫にベッタリのユルテが、外の世界に詳しいわけ無いものな。

 詳しい情報は、専門の文官や武官に聞こう。


「ちなみに、9年の間『わらわ』はなにをしていたんじゃ。同盟工作とか、富国強兵策とかやっておったのかの。それに、税を収めぬ代官どもにはどういう対応をしたのじゃ?」


「なにも」

「な、に、も?」


「ええ。正確に言うなら、お昼寝したり、城内のお散歩したり、お絵かきしたりなさっていらっしゃいましたよ。代官の件もとくに気にしていませんでしたね」


「……。」


「さあ姫様、寝室につきましたよ。まだなにかお聞きになりますか」

「……。」


 お姫様抱っこから開放された。

 オレは、無言で豪華な天蓋付きベッドにダイブした。

 そのまま手足をバタバタさせる。


 ホント、いい加減にしろよ! こんなんなら9年まえに交代してくれよ。

 ゲームオーバー寸前のデータを引き継げって言われても困るんですけどっ。


「姫様」


 少し怒った声色でユルテに声をかけられた。


 ……ストレスを発散して少し冷静になった。

 ベッドでジタバタはさすがに無作法だった。いい年した大人が恥ずかしい。


 よく考えれば、だ。このお姫様は10歳か12歳か、そのくらいの歳だ。

 領地を継いだのが、せいぜい多く見積もっても3歳というところ。

 そんな子供が父親を戦争でなくしたあと、何ができるっていうんだ?


 この子を責めるのはお門違いだ。悪いのは周囲の大人だろう。

 ユルテたちも甘やかすばっかりみたいだしな。短く華奢な自分の腕を見ながら、そう思った。


「姫様、寝るのなら歯磨きが終わってからにしてください」

「あれ、ベッドで暴れたのを怒ったんじゃないのかの」


「え、怒る要素ありますか? とても可愛らしかったので、歯磨きの後で心ゆくまでパタパタしてかまいませんよ」


 そう言いながら、オレを抱え上げる。


 この人、本当にダメな人だな……。

 可愛いからなんでもアリじゃいかんでしょ。ちゃんとしつけしようよ。


 オレは部屋のすみにある洗面所に運ばれた。

 鏡と、排水口がついた化粧台が置いてある。もちろん蛇口はない。


 鏡に映る銀髪の美少女をみていると、あらためて変な気分になる。

 魂入れ替えとか……。明日目が覚めたら、夢だったってことにならないかな。

 

「はい姫様、あ~ん、してくださいね」


 ボーッとしてるオレに、ユルテの声がかかる。

 そして例のごとく、歯磨きも自分ではやれないらしい。


「あ~」


 言われた通り口を開けると、歯を磨かれた。

 布で。


 布か。そうか布なのか。

 そういや、歯ブラシが普及したのって、けっこう最近だもんなあ。

 よし。歯ブラシはなんとかして作ろう。


「ひゃぁ」

「姫様、どうしました?」


「くひゅぐっしゃい」

「ふふ、なに言ってるかわかりませんよ」


「にゃぁっ」


 変な声が出た。


 口の中を他人の指でいじくり回された経験のある人は、どれだけいるのだろう。

 歯医者さんだって、治療器具をつかうわけであって……。


 つまり、これはなんか、すごいな!

 くすぐったいし、おかしな背徳感まであるぜ。


「ほら姫様、ちゃんと、あ~んてしないとダメですよ。あ~ん」

「あ~」


 たぶん高級品を使っているからだろうが、布もえらく薄くて、直接指で触られている気分になる。うん、これはアカンやつだ。こんなんやってたら、変態になりそうだぞ。



 * * * * *



 かなりの時間をかけて念入りにもてあそばれた。ユルテは、オレのくすぐったいってセリフ、わかっていながらとぼけていたに違いない。


「じゃあ姫様、がらがら、ぺってしてくださいね。うがいした水は飲んじゃダメですからね?」


「なあ、いまのわらわはアレなんじゃから、子供にするような注意は必要ないと思うのじゃが」


「私がそうしたいんです。だから我慢してくださいね」

「そうか、それならそれでもよいがの……」


 うがいを繰り返して歯磨きを終了した。

 魔法で作られた水なので、すぐに口がかわくのが変なカンジだった。


「それで、どうします?」

「ん。今日はもう寝る。疲れたのじゃ」


「そうですか。かしこまりました」


 ユルテはベッドまでオレを運んだ。

 そして、そのまま一緒に布団に入る。


「……添い寝?」

「もちろんです」


「なかなか寝付けなくなりそうだな」

「ふふ。しょうがない人ですね。なら──」


 空気が変わった気がする。

 かすかにユルテからラベンダーの香りが漂ってきた。


 そしてユルテに抱き寄せられた。二人の体を白い翼が包む。柔らかく温かい。

 これは本当の羽布団だな。


 ラベンダーの香りと暖かな羽に包まれて、すぐに睡魔がおそってきた。

 やっぱり疲れてもいるんだろう。今日はいろいろなことがありすぎた。


 チラリとユルテを見ると、慈愛に満ちた表情で見守ってくれている。

 オレは子供の頃にもどったような、満ち足りた気持ちで眠りに落ちた。



 * * * * *



 そして──


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 夢のなかで、陽菜の呼び声を聞いた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ