四面楚歌
ファロンに凝視されている。
狐耳がピンと立っていて、オレを怪しんでいる気配がビンビン伝わってきた。
「ん~?」
吐息がかかるほど顔を近づけられた。
オレは彼女を避けるように、勢い良く立ち上がった。
「眠いっ。わらわは、すっごく眠たいのじゃ!」
追い詰められたオレは、そう大声で宣言した。
……うん、どうみても眠そうにみえないな。テンパッて演技を間違えた。
「眠いなら仕方がないですね! すぐに寝室にいきましょう」
あせるオレを、ユルテがフォローしてくれた。オレを抱え上げ、素早く部屋から出る。ファロンは首をひねっていたものの、それ以上声をかけてはこなかった。
だが彼女にも疑われたのは確実だろう。
給仕の女の子も不審げにしてたし、どうしたものか。
……冷静に考えると、オレがお姫様のフリをするなんてかなりムチャだよなあ。
正直にすべてを告白して、協力を求めたほうがいいかもしれない。
* * * * *
「結局のところ、この城には何人が暮らしているんじゃ?」
廊下を移動中に質問をしてみた。
「暮らしている者なら、もう全員に会いましたよ。侍女が、私、ファロン、フィアの三人。料理長のコレンターン。姫様を入れて全部で五人です」
「こんな大きい城なのに少なすぎじゃろ……。ああ、もしかして、城に泊まりこんでいない兵士なんかがいるのかの?」
「ええ。兵士が一人、交代しながら門を見張ってくれていますよ」
「すくなっ。なんでそんなに人がいないのじゃ?」
「姫様は騒がしいのがお嫌いですから、現状がベストな配置なんです」
あー、人に会うの苦手なタイプか。
引きこもりには多いよな。陽菜もそうだし。
──ただ、いままでの話を総合すると、かなりおかしい点がある。
「……なあ、なんで『わらわ』は異世界に逃げ出したんじゃ?」
そう、逃げ出す理由がわからないのだ。
静かでキレイな家がある。料理も美味しい。おつきの侍女がいたせりつくせりの世話をしてくれる。様子を見る限り、仕事をするでもなく、食っちゃ寝の生活を楽しんでいたようだ。引きこもり気質の姫様にとっては楽園みたいな場所だろうに。
「戦争がおきるからだと思います」
「せ、戦争?」
「はい、戦争です」
ユルテが涼しい顔で、危険な単語を口に出してきた。
オレは平和な日本の、ごく普通のサラリーマンなんですが。
戦争とか言われても困るんですが。
「そのあたり詳しく、じゃ」
「先代様が、9年前に東の魔王と戦争し敗北した。これは話しましたね」
「うむ。そういえば、負けたあとどうやって停戦したんじゃ。賠償金か、領地か、人質か、それとも属国にでもなったのかの?」
「戦争中に国境付近の街ゲノレを奪われましたが、それだけです。ほかはなにも要求されていません。というより停戦などしていません」
「え!? もしかして、いまも戦争中?」
「厳密に言えば、そうなるんでしょうか? ただ、むこうは攻めてきませんし、こちらにも攻める力はありませんので、戦闘はおこっていませんけれど」
「父上を倒したあと、なぜそのまま攻めてこなかったのじゃ? なにか問題がおこったのじゃろうか」
「そもそも東の魔王の目的は、強い敵と戦うこと。トゥーヌル様を倒して、私たちに興味を失ったのでしょう」
戦闘狂か。王様やっちゃダメなタイプだな。
戦いたいだけなら、一人で世界を放浪でもしてればいいのに。
「それならなんで、いまさら戦をしかけてくるのじゃ?」
「いえ、東の魔王は攻めてこないでしょう。戦争が起こるのは、魔王の布告の期限が切れるせいです」
「魔王の布告?」
「トゥーヌル様を倒した後、東の魔王は『今後10年の間、ルオフィキシラル領への侵攻を禁じる』という宣言をしたのです」
……どうしてそんなことを?
意図がつかめないな。
「布告自体は、彼が勝手に言っただけのものです。けれど破ったものは、自動的に東の魔王と敵対することになります。それを恐れた周辺の領主たちは、今まで誰も攻めてこなかったのです」
「9年前に10年間の布告。つまり来年には期限が切れる、と?」
「いえ、正確にはあと二ヶ月くらいですね」
「二ヶ月!?」
それ、9年前の戦争じゃなくて、10年前の戦争だよ!?
「あと二ヶ月で、まわりの国が侵攻してくる?」
「おそらくは」
「東以外の三方面から攻められる可能性も?」
「いえ。東西南北四カ所から攻められるかもしれません」
「ひ、東の魔王はこっちに興味ないんじゃろ……?」
「ゲノレの街は先の戦争で功績のあった、魔王配下の貴族に与えられました。魔王は家臣の自由行動を認めていますので、きっと攻めてくるでしょう。むしろ東が一番危険だと思います」
……終わってんな。
しかも残り時間がたったの二ヶ月。のんびりと元の世界に帰る方法を探している余裕はなさそうだ。とりあえずは殺されないよう、生き残る努力をしないと。
「なあ、わらわは、どのくらいの領地をもっているんじゃ?」
「この城があるルオフィキシラリアの街、北の鉱山都市テパエ、南の港町ヴァロッゾ、西のクノ・ヴェニスロの街、およびその周辺の町村などですが──」
「ですが、なんじゃ?」
「各街の代官は、姫様に税を納めていません。」
税金全額横領?
それさあ、領地って言いませんよね。完全に独立してますよね、他の街ぜんぶ。
「もしかして、その代官たちって、布告明けに攻めてくる?」
「そうですね。期限終了と同時に独立宣言、攻勢に出る、というのはありえるかもしれません」
ため息が漏れた。
四面楚歌ってこういう状況を言うんだろうな……。




