お食事地獄
肉、ワイン。肉、パン。魚、スープ。
全自動咀嚼器と化したオレは、ただひたすら口に運ばれた料理を食べ続けた。
なんだかブロイラーにでもなったような気がする。
この小さい体のどこに入っていくのやら、意外に余裕をもって食べられた。
そうこうしているうちに、また料理の三分の二を食べ終えた。全皿均等に残してあることから、これが正式なマナーなのだと思われる。
前を見ると、また白い髪の女の子がワゴンを押してくる。
それを見て、息が止まりそうになった。
山盛りの肉団子、何かのパテ、大きなエビ、煮込んだ肉。
それに細長いパンにポタージュスープ。
さっきよりさらに重量級の料理たちが、ワゴンの上に鎮座していらっしゃる。
なんだ、こっちの女どもはダイエットとか考えないのか?
こんなの食ってたら、カロリーがヤバイことになんぞ。
……というか。さすがにこれで最後だよ、な?
不安になったオレは、こっそりユルテの膝をつついて合図をしてみた。
テーブルの下で、指を1本、2本、3本と立ててから閉じる。
(第三波で終わりだよね?)
ユルテは首をかしげた。それから「わかった」というようにうなずく。
そして、指を5本たてて、さらに2本追加した。
(なに言っているんですか、7回攻撃ですよ)
目の前が真っ暗になった。
第二グループまでで、すでにかなりの満足感がある。
それなのに、あと五グループも残っているだと!?
さっきの失態がなかったら、食欲がないと言って切り上げたいところだ。
けど、あやしまれているのに、さらに普段と違う行動をとるのはまずい。
オレは覚悟を決めた。
* * * * *
食べ続け、飲み続け、ようやく六面のボスまでたどり着いていた。
途中で軽い料理が来るかと期待したが、そんなことは一切なく。ひたすら重いパンチを浴び続けた。
美味しい料理でも、食べ過ぎるとまるで嬉しくないということが良くわかった。
だんだんと食べさせられる量が減っていたからなんとかなったが、最初のペースだったら間違いなくリバースしていただろう。
両脇の二人は、最初のペースどころか、オレのせいで減った分まで元気にむさぼり食っていた。いくら美女といえども、ここまで食われるとさすがに引く。
第六グループの皿が、規定量まで減る。
最後の料理がワゴンで運ばれてくる。
驚いた。今回だけ、給仕が違っていたのだ。猫だ、猫がワゴンを押している。
ファロンも動物っぽい外見だが、いま歩いてくるのは、猫が二足歩行しているような生き物なのだ。
胴体は人間に似ているが、手足には柔らかそうな毛が生えている。
顔は猫に近い。灰色と黒の縞模様の髪が肩辺りまで伸びているのが、本物の猫と違うところか。クリンとした目が可愛らしい。
彼女を眺めているうちに、ワゴンがテーブルの脇までたどり着いてしまった。
観念してワゴンを見る。
しかしワゴンの上の料理は、1皿分しかなかった。
しかも八つ切りのリンゴが一個分あるだけ。最後まで大盛りの料理がくるという予想は良い意味ではずれた。心からホッとする。
「コレンターン、デザートはこれだけですか? 果物を切っただけのこれが、締めくくりの料理だというのですか。そんなことで、料理人としてのつとめを果たしたといえるのですか。私が許しても、姫様は決してお許しになりませんよ?」
ユルテが、コレンターンという名らしきネコ娘を叱責する。
口調こそ丁寧だが、その声にはあふれんばかりの怒りが込められていた。
ユルテは「姫様が許さない」って言ったけど、ぜんぜん許しますよ?
むしろ、ありがとうと感謝の意を伝えたいくらいだ。
というかユルテ、君、自分のために怒ってるよね?
左を見ると、ファロンも心底がっかりした表情を浮かべていた。
おまえらの食欲はどうなっているんだ。満腹中枢が冬眠でもしてんのか?
「謝罪の言葉もありません、ニャ。これはアタシの敗北ですニャ」
コレンターンと呼ばれたネコ娘は、頭を下げたまま動かなくなった。
ネコ娘の様子をみて、ユルテは諦めたようにフォークでリンゴを突き刺した。
さすがに、謝っている相手に罵声を飛ばすほど怒ってはいないようだ。
……フォークを使う手つきが乱暴ではあったが。
ようやく開放される。
そう思いながら、目の前に出されたリンゴにかじりつく。
「!!」
一口食べて、驚いた。
違うのだ。最初に食べたリンゴとは、まるで味が違う!
噛むたびに、みずみずしい甘みが口いっぱいに広がる。同時にかぐわしい香りが鼻腔をくすぐる。また甘いだけではなく、しっかりとした酸味が味を際立たせていた。しかし果肉には酸味がほとんどない。皮がすっぱいのだ。
ここで、調理法の違いに気づいた。
最初のリンゴはちゃんと皮がむいてあった。それなのに、こっちはむいてない。
むき忘れた? まさか。
手を抜いた? ありえない。
そう、完全に計算の上で、皮つきリンゴを出したのだ。
もし皮をむいて出していたら、すべてが台無しになっていただろう。それでも美味しかっただろうが、ただ甘いだけのリンゴになってしまっていたはずだ。
考えてみると、最初の料理にリンゴを出したのも計算づくだろう。
あの酸っぱいだけのリンゴがあったからこそ、この究極のリンゴが映えたのだ。
残りにかぶりついた。ゆっくり味わいながら食べる。
オレの様子で異常に気づいたのだろう。横の二人もあわててリンゴを口に運んでいた。
「美味しい……」「なにこれ、すご~い」
同時に賞賛の言葉があがる。
オレは、今日のディナーの差配をした名演出家に目を向けた。
だが意外にも、そこに勝利の喜びは見いだせなかった。
コレンターンは、やや寂しげな笑顔をうかべている。
「そのリンゴは、はるか西方ヌフシロンの森のエンシェント・トレントから採取されたものでございますニャ。エンシェント・トレントは数が少なく、71年に一度しか実を作らないため、大変稀少な品となっていますニャ」
最高のリンゴだった。その出し方もよく考えられたものだった。
それなのに、なんで彼女は落ち込んでいるんだ?
オレの疑問に気づいたのか、いったん言葉を止めたネコ娘が再び口を開いた。
「姫様に喜んでいただくのがアタシの役目ですニャ。それが成功したのは嬉しい。本当に嬉しいですニャ。でも料理人としては──」
そう言いながら、うなだれる。
「アタシは、そのリンゴと一緒に出して恥ずかしくないデザートを、作れませんでしたニャ。そのリンゴを生で食べるより美味しくする工夫も。姫様専属の料理人として、恥ずかしいですニャ」
そう言い残すと、ネコ娘は去っていった。
良い食材を集め、適切なカットをすることも料理人の腕だと思うんだがなあ。
ネコ娘のシェフとしての矜持に思いをはせる。
フッ、大丈夫だぜ、コレンターン。おまえのその向上心なら、きっと素晴らしい料理にたどりつくさ。
「美味しかったねー。それじゃ、ディニッサ様、今日のことお話して」
「……。」
……ファロンに聞かれて、ようやく気づいた。
いま、ネコ娘の事とか考えてる場合じゃないことに。
なに異世界ライフを満喫してんだオレは!
食事中に今後のことを検討するつもりが、なにも考えてねーじゃねえかっ。
(フッ、大丈夫だぜ、コレンターン)じゃ、ねえよ!
おれがぜんぜん大丈夫じゃない。
「んー?」
ファロンが目を細める。
子供っぽい態度は影をひそめ、その瞳が妖しく輝き出した。
すでに治療魔法を使用済みなんだが、またケガをしても治せるんですかね……?




