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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
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056 最初の大陸へ

 魔族たちを味方に引き入れる交渉は大方終了し、あとは二人の姉弟が残るだけだった。そして二人の部屋の前でためらっていると、急に扉があいて、オレは中に引き込まれたのだった。


「も~っ、ディニッサちゃんったら、いつまで私たちを焦らすのよぅ」


 中に入ると、手を掴んだ女性に抱きしめられた。強い花の匂いがして、むせかえりそうになる。この抱きついてきた女はロッセラ。エルフ系の魔族だ。


「まったく仕方のない仔猫ちゃんだね。用意させた料理が冷めてしまったよ」


 奥の椅子に腰掛けたエルフの男が、気取った仕草で杯を掲げた。彼はロッセラの弟のシビッラだ。二人とも船上とは思えないほど綺麗な服を着ている。服だけでなく、着ている本人たちも衣裳に劣らず美しい。


 どうやらオレが仲間を募っているという話は、すでに伝わっているようだ。オレを歓迎するべく準備をしていたらしい。友好的な態度をとってくれるのはありがたいんだが──


「……ロッセラ、おしり」

「えっ、おしりを触ってほしいのぉ!? いつになく積極的じゃない!」


「違う! 手を離してくれと言っておるのじゃ!」

「あれれ? 私、触ってた? ぜんぜん気づかなかったわ! おねえさん失敗。ごめ~んネ」


 抗議すると、ロッセラは尻を撫で回していた手を離してくれた。

 そう。コイツラを雇うのに気が進まなかったのは、二人の性癖のせいだった。


 この姉弟、ロリコンなのだ。


 それもドワーフの大商人ガーナンのように節度あるロリコンではなく、じっさいに手を出してくる系のガチなロリコンだ。一度、夜這いに来たロッセラにアカが切れて、大惨事になりかかったことがある。筋金入りのロリコンだ。


「それでぇ、ディニッサちゃんは、どうしてなかなか部屋に入ってこなかったのかなぁ~?」


 尻からは手を離されたものの、まだ抱きつかれたままだ。

 ロッセラは、オレの耳を舐めるように詰問してきた。


 ──事ことに至って、オレも覚悟を決めた。


 ぶわっ。両目から涙が噴き出る。その間2秒。


「ううっ……。みんなに断られたから……。ロッセラとシビッラにも断られたら……。ひっく……。どうしようって……。怖くなったのじゃ……!」


 驚いたロッセラは手を離してオレをマジマジと見つめる。そうして、ハンカチで涙を拭ってくれた。弟のシビッラは恐ろしい速度でこちらに駆け寄ってくる。


「まあまあまあ! も~、ディニッサちゃんったら、なに心配してるのよぅ」

「そうだよ仔猫ちゃん。私たちが君を見捨てるわけがないだろう?」


 いい人達ではあるんだけど、な……。

 そばにきたシビッラはオレの頭を優しく撫でだした。しかしロッセラがピシャリとその手をはじく。


 シビッラもガチのペド野郎だし、性的な目で舐め回すようにオレを見てくるが、じっさいに接触してくることはあまりない。しかしオレは弟のシビッラの方がより苦手だった。


 シビッラも二人きりになると、髪をなでたり頬に触ったりしてくる。

 問題は「彼に触られることがそんなに嫌じゃない」ということだ。


 いくら美形とはいえ、男に触られて嬉しいわけがない。本来のオレなら嫌悪感すら感じているはずなのだ。しかし現実はどうかといえば、べつに嫌じゃない。というより、ちょっと嬉しくてドキドキしたりしている。


 断言するがオレはホモじゃない。女の子が大好きだし、おっぱいも大好きだ。

 それなのにこんな感情を抱くということは、ディニッサと合体している影響だろう。絶対に、確実に、間違いなくそうだ。


 どうもディニッサは、イケメン好きだったらしい。ケネフェトも美形だが、まるでときめかなかったあたり、ディニッサは年上好きだと思われる。外見だけで言うとケネフェトが十代、シビッラが二十代半ばといったところだから。


 ロリコンに好かれているだけなら、こっちが気をつければすむ。しかしこっちも相手を好きになる危険があるとなれば、そばにいるのがためらわれるのも当然だろう。


 自分の本当の感情でもないのに男に惚れるなんて、これほど恐ろしいことがあるだろうか? しかも相手は「仔猫ちゃん」とかアホウな呼びかけをしてくるキザ男だ。


 ……とはいえ、すでに賽は投げられた。

 自衛しつつ国までうまくやっていくしかないだろう、な。


 国に戻れば、ユルテもフィアもファロンもいる。彼女たちが、美形ロリコンの魔の手からオレを守ってくれるはずだ。


 ……よく考えたらこの姉弟、うちの侍女たちと折り合いが悪そうだよな。

 やっぱり仲間にするべきじゃなかったかなあ。



 * * * * *



 泣き止むまで、二人は優しくオレを慰めてくれた。

 ……まあ、オレの気分次第でいつでも泣きやめるんですが。


 その後、二人と仲良く食事をして会談は終了。

 国の事情とか、契約金とか、その手の話は一切出なかった。


 しかし、ただより高いものはないと言うし……。いま考えると、ヘルベルトみたいに、まっさきにお金の話をされるほうが気が楽だな。



 * * * * *



 食事のあとが不安だったが、寝所に引きずり込まれるようなこともなく、無事に部屋から脱出できた。ロッセラとシビッラがお互いを牽制しあっていたせいで助かったようだ。どちらかと二人きりだったら、危なかったかもしれない……。


 ロッセラたちの魔の手から解放されたオレは、自分の部屋に戻らずデトナの部屋にむかった。ないとは思うが、ロッセラたちが夜這いをかけてこないという保証もない。ヤツら、オレといっしょにいる口実ができて、テンション上がっていたからな。念のため用心しておいた方がいいだろう。


 部屋についたがデトナの反応はなかった。だから勝手に鍵を開けて中に入ることにした。不法侵入だし、今までなら遠慮していた。けれど今は大丈夫。だってお母さんだから。このていどのことで怒りはしないはずだ。


 デトナはぐっすりと眠っていた。

 海に落ちてからオレは丸一日近く気を失っていた。なんとなくデトナは、その間中起きてオレを守っていてくれていたような気がする。だから、オレが忍び込んでも目を覚まさないくらい、深い眠りについているんだろう。


 デトナには話したいこともあるのだが、疲れているところを起こすのはかわいそうだ。オレはデトナの隣に潜り込むと、いっしょに寝ることにした。



 * * * * *



「なっ、なんでディニッサ様がここにいるんですか!」


 次の日、デトナの大声で叩き起こされた。朝早いらしく、まだ眠い。


「……ふわぁ。なんでって、ベッドが一つしかないのだから仕方ないじゃろ。わらわに床で寝ろと言う気か」

「いやいやいやっ。そもそも、ボクの部屋にディニッサ様がいるのがおかしい!」


 デトナは顔を紅潮させて、なにやらわめいている。

 うるさいなあ。せっかく良い気分で寝てたのに。


「そう騒ぐな。これにはやむをえぬ事情があったのじゃ」


 もうゆっくり休んでいるのは無理そうだ。オレを布団から起きだして、デトナに事の経緯を説明することにした。



 * * * * *



「魔族を傭兵に、ですか。……しかもよりによって、アノ姉弟を? 正気ですか」

「致し方ない。ほかの者たちには断られたのじゃ」


 傭兵を募ったことより、募ったメンバーに不満があるようだ。

 でもオレだって、好きであの姉弟を選んだわけじゃないよ……。


「ちゃんとわかっていますか? アノ二人はいつも、ディニッサ様をいやらしい目で見つめているんですよ。気持ち悪い」


 わかってるともさ。つーか、胸触ったり頬舐めたり、ひんぱんにセクハラしてくるんだから誰だってわかる。


 いや、もしかしたら純真な子供なら気づかなかったりするのか? 元の体に戻ったら、ディニッサに注意してやらないといけないな。


 それにしてもデトナは、ずいぶんアイツらが嫌いなようだ。

 ……これは本当に失敗したかもな~。いくら頭数が増えても、内部分裂するようなら意味が無いぞ。とりあえず、デトナのフォローをするか。


「ならばそなたを親衛隊長に任命するのじゃ。わらわを守ってくれ」

「……契約を破棄する気はなさそうですね。きっと後悔することになりますよ」


 大丈夫だ、デトナ。後悔はすでにしている。


 冷静になって考えると、昨日はかなりやらかしたな。時間がないからといって、あせって話を進めすぎた。どうせまだ港につかないんだから、1日で全員のところをまわったりせずに、ゆっくりと交渉をやるべきだった。


 アカに力を吸収されて疲れていたのと、船に戻れた喜びでおかしかったのかもなあ……。今日、あらためて勧誘してみるか? けど、しつこく誘ってうざがられると、今やっている航行業務に支障をきたすかもしれないし……。



 * * * * *



 その後とくに問題もなく、元の大陸に帰り着くことができた。船が入ったのはあまり大きくない港町で、ヴァロッゾの方が賑わっているように見えた。


 もう傭兵交渉はしなかったので、配下の人員は変わっていない。

 オレ、デトナ、アカに、ヘルベルト、アンゴン、ターヴィティ、ロッセラ、シビッラの新規加入組、合わせて8名。


 粘ればあと数人は確保できたかもしれない。けれど、数が増えたときにうまくそれをコントロールできるかどうか自信がなかったのだ。統率力がある魔族を仲間に出来なかった以上、烏合の衆を増やしても、利がないどころか害になるおそれもある。


 ……すでに害になっているかもしれないが。

 デトナとロッセラは、さっそく昨日派手なケンカをしていた。


 デトナを親衛隊長にしたのも失敗だったかもしれない。予想以上にあの子は責任感が強いようだった。オレに近づこうとするロッセラを常に威嚇している。せっかくいっしょに旅をすることになったのに、セクハラを封じられたロッセラも不満そうだ。


 ……なんか最近失敗してばっかりだな。

 ああ、誰かと相談したい。なんでディニッサのヤツは連絡をよこさないんだろ。



 * * * * *



 港についたのは夕方だったので、その日は町で一泊することにした。

 魔王の布告が切れるまであと4日。一晩泊まるとわずか3日しかない。けれど旅をするための準備を整える時間は、どうしても必要だ。


 ……アカさえいなければ、準備などしないで夜の街道を突っ走ったんだけど。

 まず、アイツのせいでオレの魔力が十分にない。すでに多少の魔法は使えるようになっているけど、北の大陸の時のように移動する余裕はないのだ。


 それにアカの運搬問題もある。アカはデカイし重い。空は飛べないし、足が短いから歩くのも遅い。だから、アカとオレを乗せる荷車を買う必要がある。ま、金の心配がいらないのが不幸中の幸いか。


 豊富な資金を使って、小さいが頑丈な荷車は購入できた。食料やそのほかの必需品も明日には集まる。残った問題は、荷車をどうやって動かすかということだ。


 馬は論外だ。1日に数十キロしか進めない馬など使っていては、城に戻るまでにどれだけ日数がかかるかわからない。荷運び用のパワフルな魔物などがいればありがたかったのだが、都合良くそんなものは売ってなかった。


 となると、人力に頼るしかないわけだ。しかし、雇ったばかりの相手に「荷馬代わりになれ」とはなかなか言いづらい。こんなときに侍女のだれかがそばにいればねえ! 離れてわかる、過保護な侍女たちのありがたさよ。



 * * * * *



「──というわけで、申し訳ないのだが、わらわたちを運んで欲しいのじゃ」


 言い難いことだが、ほかに手がない以上言い出すしかない。魔族たちを集めて協力を要請した。……案の定、反応が冷たい。


「いくらディニッサちゃんの頼みでもねぇ。服が汚れちゃいそうだし?」

「んん。そういうプレイだと考えれば……。いや、やっぱりダメだな。仔猫ちゃんだけならともかく、そんな無様な姿をほかのヤツに見られたくないね」


 ロッセラとシビッラの姉弟がまっさきに反対した。デトナやほかのみんなも嫌そうな顔をしている。


 ……まあ、そうだよねえ。魔族はわりと体面を気にするヤツが多い。簡単に引き受けてもらえないだろうとは思っていた。


 とりあえずデトナに「お母さん」としてお願いするのは確定として、ターヴィティおじいちゃんに可愛い孫娘としておねだりしてみるか。最悪の場合、ロッセラ姉弟に体を売る必要まであるかもしれない。


「へへっ。その大役、オイラが引き受けるゼ。みんなが嫌がる仕事なンだから、こりゃスゴイ働きだわな?」


 しかし意外なことに、ギャンブル狂のアンゴンが名乗りでてくれた。

 報酬が目的だということは見え透いているが、それはこちらとしても望むところだ。金で解決するならこんなに楽なことはない。


「うむ。立派な働きじゃ。……それで、その働きはいくらくらいのものだと、そなたは考えておるのか」


 いくらふっかけてくるのか、試しに聞いてみた。金自体は惜しくないが、あんまり大金を渡すとほかの者が不快に感じるかもしれない。それに今後のことも考えると無制限にバラ撒くわけにもいかないだろう。


 しかしアンゴンの答えは、またしても意外なものだった。


「姫さんよお、見くびってもらっちゃあこまるな。オイラは、はした金目当てに声を上げたわけじゃあねえゼ」


 ……うわ。コイツ、大欲をもった人間だ。

 配下にするとヤバイタイプじゃねえか。


 たぶんアンゴンは、これから必死で良い働きをするだろう。そしてきっと、その働きで金ではなく領地を要求してくる。多少の領地ですめばいいが、ヘタしたらルオフィキシラル領を乗っ取られるな。


「あ~まってまって! やっぱりぃ、一人じゃ大変じゃない? だからディニッサちゃんだけは私が引き受けてあげる。私がおぶってあげるから安心してね」

「ディニッサ様を背負う役ならボクがやりますよ!」


 デトナとロッセラがまた口論を始めた。

 でもオレ一人分の体重が減ったって、ほとんど意味ねえだろ。


 ……まあいい。アンゴンの意図はともかくとして、当面の障害は取り除かれた。あとのことは後になってから考えよう。



 * * * * *



 準備を終えて、その日は解散した。オレとデトナは、すぐに宿で休むことにしたが、雇った魔族たちは町に遊びにいくらしい。ま、せまい船に閉じ込められていたんだ。羽を伸ばしたくなる気持ちもわかる。


 明日出発時刻までに集まってくれればいい。

 ロッセラたちが遅れたら置いていってもいいしな!


 ……こんなふうに気楽に考えていたのがよくなかったのかもしれない。


 次の日の朝、ヘルベルトの姿がなかった。宿に置いてあった彼の私物も綺麗になくなっていて、どこかに出歩いているという雰囲気でもない。


 どうやら、契約金だけ持って、バックレたらしい……。

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