プロローグ
「お兄ちゃん、今日、会社休めない……?」
おずおずと声をかけてきた妹を見て、オレは首をかしげた。
陽菜がわがままを言うのは、ごく珍しいことだからだ。ある意味事件と言ってもいい。
「……。妹の風邪なんかで欠勤できるわけないだろ」
オレは厳しい態度で妹の頼みを断った。
……が、発言前に悩んだ時間が長すぎたので、せっかくの厳格な保護者モードも台無しだったかもしれない。
オレと陽菜はちょうど十歳違いの兄妹だ。そのため、兄というより父親のような接し方になってしまうことも多い。親だという責任がないぶん、昔から甘やかしてきた。知り合いにはよくシスコンとからかわれるが、まあ否定はできない。
だが今は、あまり甘やかしすぎないよう心がけている。
理由の一つは、オレと妹で二人暮らしをしているため。
両親の代わりに、オレがちゃんとしなくてはいけない。
もう一つは、妹が不登校児であるためだ。
陽菜は中学に入ってすぐに、とある事件がきっかけで学校に行かなくなった。
それから一年以上も引きこもり生活を続けている。
べつに迷惑でもないし、最悪の場合、オレがずっと面倒をみてもいいとすら考えている。けれども、それが妹の幸せであるとは思えない。恋人を作るなり、やりたいことを見つけるなり、外の世界と関わるべきだろう。
そんなわけで、妹を立派な社会人にするために、涙を呑んで厳しく接するのだ!
……と、思っていたのだが。
不安そうな妹を見ているうちに、だんだん気が変わってきた。
やっぱり病気のときは、そばに誰かいてほしいよな。
それに最近は仕事も一段落ついてるし、休むのもアリじゃね?
ほら、有給もぜんぜん使ってないし、どうせ出世に興味ないし。
我ながらダダ甘である。
意を決してスマホを取り出した時、陽菜が声をかけてきた。
「あはは、ごめん、ちょっと言ってみただけだから……」
「……そうか。明日は一日中でも看病してやるから、今日は一人でお留守番な?」
妹の様子がおかしいことを気にしながらも、オレは会社に向かった。
* * * * *
その日は仕事に手がつかず、失敗を繰り返してしまった。
先輩にこってりしぼられたが、仕方ない。来週がんばってフォローしよう。
定時になると同時に帰宅用意。残業する同僚の恨みがましい視線はスルーする。
……だ、大丈夫、来週からがんばるから。
* * * * *
──家に帰りついたオレは、予想外の光景を目にすることになった。
布団で寝ている妹の体が、青白く光っているのだ。
あまりにわけのわからない事態に、体が硬直する。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫か、陽菜っ」
陽菜の苦しそうな声で我に返った。あわてて妹のそばに駆け寄る。
そして陽菜に触れた時。オレの体に衝撃が走った。
手がしびれる。
心臓が激しく脈打つ。
目の奥で青い火花がはじける。
そして──
オレは意識を失った。