空の涙(虹色幻想19)
母が離婚して一年にもならない頃、再婚した。
それは透子が中学三年生の時だった。
その後、透子は私立和泉高等学校に入学した。
新しい父は、透子にとても優しかった。
銀行に勤め、しっかりしている人で、離婚した父とは正反対の人だった。
母は父の優柔不断な性格に嫌気がさしたのだろうか?
二人が離婚した理由を透子は知らない。
透子は不思議に思った。
父と離婚して一年しか経っていないのだ。
母はもう父のことを忘れてしまったのだろうか?
そんなことを考えていたからか、自然と新しい父とは距離を置くようになっていった。
高校に入学して、透子は天文部に入った。
離婚した父が星の好きな人で、よく話をしてくれた。
だから、透子も星が好きになった。
実際、星を見ていると心が落ち着いた。
吸い込まれそうな暗闇に輝く金の光。
透子はその光が好きだった。
部屋にある天体望遠鏡であきもせず、夜空を眺めていた。
透子は学校の屋上から夜空を見上げていた。
今日は部活の人達との星の観察日だ。
「山本さんはいつもきちんと参加するね」
透子に話かけてきたのは、隣のクラスの男子だ。
名前は、伊藤大輔といった。
今日は参加者が少なく、透子と大輔の二人だけだ。
部員は全部で五名。
小さな部活だ。
他の三人は急に用事が入ったとかで、来れなくなったという。
二人だから中止してもよかったのだが、透子も大輔もそれを言わなかった。
「家にいるのが嫌なのよ」
そう言って透子は空を見上げた。
夏の夜空は澄んだ空気で美しく輝いている。
不思議そうな顔を大輔はした。
透子は苦笑して説明した。
「新しいお父さんが家にいるから、帰りたくないのよ」
「いじめられるの?」
「違うわ。居心地が悪いの。
新しいお父さんは嫌いではないけど。
まだ心の整理がついてなくて。
この前もお母さんと喧嘩しちゃって。
なんとなく、帰りづらいのよ」
「そうなんだ。大変だね。
でも時間が経てば経つほどに、もっと帰りづらくなっちゃうよ。
こういうことは早い方がいいと思うけど」
「そうなんだけど…」
透子は夜空を見上げた。
その時、星が一筋流れ落ちた。
「あっ、空の涙」
透子が声を上げて夜空を指差す。
「空の涙?」
透子は照れ笑いを浮かべた。
「昔ね、私が流れ星を見てそう言ったの。
そうしたらお父さんが気に入ってね」
透子は手すりにもたれかかり、昔のことを思い出した。
「見て!お空が涙を流したよ!」
「はは、涙か。透子はうまいな」
父が幼い透子を肩車しながら、夜の公園を散歩していた。
「どーして、お空が泣いてるの?」
透子は空を見ながら聞いた。
「それはきっと、皆が気づいてくれないからだよ。
夜になると皆は家の中にいて、空を見ないだろう?
だから空が悲しんでいるんだ」
その時、星が一筋流れた。
「泣かないで、お空さん!透子が見ているから」
透子は空に向かって両手をかかげた。
父は微笑んだ。
「透子、お願いごとを言ってごらん。
お礼にお星様が願いを叶えてくれるよ」
「透子、遊園地に行きたい!」
「そうか、じゃあ日曜に行こうか」
「うん!ねえ、お父さんのお願いは?」
透子は父の顔を覗きこんで聞いた。
「そうだな、皆が幸せで笑って暮らしてくれることかな」
そう言って父は笑った。
透子は知らずに泣いていた。
大輔はそっと透子にハンカチを差し出した。
アイロンがかかった、星座の模様のハンカチ。
透子は唇に笑みを浮かべた。
「星が好きなのね」
ハンカチを指差し言うと、大輔は笑った。
「母さんが買ってきたんだよ。好きだろうって」
ありがとう、そう言って透子はハンカチで涙を拭った。
「人の思いは変わるものだよ。
良い方にも、悪い方にも。
勇気を出して」
透子は静かに目を閉じた。
勇気を出して、家に帰るのだ。
そしてきちんと話をしよう。
母の思いを聞こう。
いつか父にも会いに行こう。
そして父の思いも聞こう。
透子は顔を上げた。
大輔の向こう側に輝く沢山の星が見えた。
「ありがとう」
僕は何もしてないよ、大輔はそう言って夜空を仰いだ。
「空の涙。僕も気に入ったよ」
大輔は透子を見て微笑んだ。