表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

伊古元亜美のショートショート集

宰相閣下、国家建国の夢を見る

作者: 伊古元亜美

ショートショートになります。(3,542字

「おや、そなたは?」


 ヴァニラ宰相は首をかしげながらやってくるそいつにたずねた。


「こんにちは。私はエドヴィラです。はじめまして」


「はじめまして。ヴァニラ宰相である」


 二人は手を握り合った。


「宰相? ということはあなたがここのリーダーですか? 見たところここにはなにもありませんが」


「いやお恥ずかしい。実はまだ国もなにもできていないものでね。しかしここに建国し、その長となることこそ我が野望。宰相というのは、意気込みだけが先走った結果なのだよ。あきれたかな?」


「いや、実にすばらしいと思う。ぜひその国作り、私にも手伝わせてくれ」


「それはありがたい。そなたと一緒なら、不思議とできそうな気がする」


 そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラは国家作りをはじめた。




「見よ、この広大な土地を。そこに芽吹く草木と、作物を」


 ヴァニラ宰相は両手をいっぱいに広げて続ける。


「エドヴィラよ、そなたの言うとおりここは豊穣の大地であった。草木はおしみなく生えるし、その一部を畑へと耕すことで穀物も十分に実るだろう。国家の基礎、すなわちこれ食糧なり。これは国家としての歩み、その着実な一歩となろう」


「そうだよ。ここはとても恵まれている。我々が手を加えずとも、土地は栄養で満たされているし、飢えに困ることもないだろう。でも決しておごってはいけないよ、ヴァニラ宰相。我々が生きるためには、ほんの少しの開拓で十分なのさ」


「わかっている。我もこの土地に見合った度量の広さを持ち合わせてみせよう。それこそが宰相に求められる器の広さよ」


 しかし、その先はうまくいかなかった。


 突如として強大な嵐が国中を襲い、草木を一掃してしまったのだ。


 植えた作物も、残らず嵐の渦にのみこまれ、跡形もなく消え失せた。


 そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラが作り上げた国家は滅んだ。




「くっ、よもやこんなことになろうとは…」


 ヴァニラ宰相はまる裸となった土地に、拳を叩き付けた。


「次こそは、次こそは嵐にも負けない国家を作ってみせよう。そなたも手伝え」


 近づいてくるエドヴィラに、ヴァニラ宰相はそう声をかけたが、


「こんにちは。私はエドヴィラです。はじめまして」


 腑に落ちない態度のエドヴィラに、ヴァニラ宰相は怪訝な顔でたずねた。


「どうした? そなた、冗談を言っているつもりか?」


 しかし、今度はエドヴィラが不思議そうな顔をする番だった。


「私とあなたは初対面のはずですが」


 ヴァニラ宰相は驚いた。しかし話をすれば、そいつは彼の知るエドヴィラそのものであったから、別段気になることでもなかった。大方嵐に打たれて記憶が混乱しているのだろう。


「まあいい、エドヴィラ。我の国作りを手伝え。今度は嵐に負けないような、堅牢な国家を作るのだ」


「いいですとも。私はそのために来たのだから」


 そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラは再び国家作りをはじめた。




「前回の失敗は開発を最低限にとどめたことだ。しかしそれでは不測の事態に対処ができぬ。堅牢な城を建てるのだ。嵐にも負けない強固な城塞を。城があっての国家あり。国中から物資をかき集めるのだ」


 ヴァニラ宰相の指示のもと、国の中心に立派な城が一つ、こしらえられた。


「上等な出来じゃないか。開発労力の多くをまわしただけはある」


「当然である。屋台骨があって初めて国家はその身を立てることがかなうのだ」


「そうだね。これならそう容易くは打ち崩せない」


 しかし、今度もうまくいかなかった。


 嵐ではない。空から金属のかたまりが降ってきたのである。


 鉄のやりが国をつらぬき、城を跡形もなく寸断した。


 そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラが作り上げた国家は滅んだ。




「守ることに固執してはならない。攻撃は最大の防御。他を侵略してこそ自国を守ることにつながるのだ」


 ヴァニラ宰相が力強く告げると、エドヴィラは追従するようにうなづいた。


「あれから我々は幾度となく建国を試みた。だがこの土地は恵みを与えても、どういうわけか繁栄を約束してはくださらぬ。必ずなんらかの妨害が入り、国家の形成を拒む。ならば戦うしかあるまい。嵐にも、鉄のやりにも負けず、その先の自由を掴み取るための戦力を整えるのだ」


 そうして二人は国家を作った。かつてないほどの軍隊と兵器を備えた、歴代最強とも呼べる国を。事実それに応えるように、嵐も鉄のやりもいまだおとずれない。おかげで国家はさらに肥大化し、今まででもっとも繁栄をとげていた。


「あなたの行いは正しかった。今がそれを証明している。もはや名実ともにあなたは宰相だ」


「エドヴィラよ、それは違うぞ。証明はまだ終わっていない。国家はまだ滅んでいないというだけであって、これからも滅びぬという保証はない」


「しかし、これ以上軍備を進めても意味はない。民のための政治に切り替えるべきだ」


「いや、それこそ今までの轍を踏むことよ。もはや滅ぼされる恐怖に震える日々とは決別するのだ」


「馬鹿な。本当に侵略でもするつもりか。我々は攻めるべき敵も知らないのだぞ」


「侵略ではない。移住だ。我々は新天地に向けて旅をするのだよ」


 ヴァニラ宰相の言葉に、エドヴィラは目を丸くした。


「そなたは言っていたな……いや、前のそなたが言っていた。我々が生きるにはほんの少しの開拓で十分だと。しかしそれでは足りぬ。ただ生きるだけでなく、生き残るためにはもっと広大な土地が必要なのだ。だから、我々は新天地へと向かう」


「わかった。それが国家として生まれるためならば」


 そして、それはおとずれた。


 嵐でも、鉄のやりでもない。大地が激しく高ぶり、足元から国家を揺さぶった。


「地震だと! こんなことは今までなかった。早く避難を」


「いや、今が生まれるときだ」


 ヴァニラ宰相は即座に決断する。


「全軍出撃だ! 我々はこの土地を放棄し、新天地へと旅立つ。敵を殲滅し、真の自由と安寧をその手に掴むのだ!」


 そして、進軍を開始する。

 



 道中は艱難辛苦の連続だった。

 

 戦うことがではない。そもそも敵の姿を見ることはなかった。いや、この世界に敵などいなかったのだ。

 

 絶えず襲う地震の中、兵士たちは戦うこともなく次々と散っていく。その度に隊列を組みなおしながら行進する。食糧の不足から飢えで倒れる者もいた。それでも立ち止まるわけにはいかないと、歩みを進める。


 長い間、その旅は続いた。ヴァニラ宰相やエドヴィラ、兵士たちも疲労がたまっていく一方だった。いつまでこの戦いは続くのだろう。先の見えない現状は、気力も体力も削っていった。


 そんなときだった。


「見よ、壁だ。世界の果てが今、我々の目の前にあるぞ!」


 眼前に広がる大きな壁。それが一行の前に立ちふさがっていた。


「壁だと? 初めて見たが、ということはここで行き止まりなのか」


「然り、そなたの言う通りであるとすれば、ここまでが我々の世界。そして、この先こそ我らが目指す新世界だ」


 ヴァニラ宰相は、全兵士に向かって宣言する。


「皆の者! 我らは遂に世界の果てへと到達した。そしてこの壁の向こうにこそ、我らが求める新天地あり。あと一息である。入り口は自らの手で切り開け! 世界を穿ち、その先の栄光を掴み取るのだ!」


 こうして兵士たちは壁に穴を掘る作業を始めた。


 止まない地震、尽きた食糧、枯れ果てた気力。そんな中、唯一の希望を頼りに、作業に没頭する。


「見てくれ。わずかではあるが、隙間ができたぞ」


「よし! さらに掘り進めて穴を拡張するのだ」


 作業はさらに続いた。幾多の犠牲を払い、それでも前に突き進む。全ては新天地へと旅立つために。


 そして、我々は成し遂げた。

 


 

 我々は遂にあの場所から抜け出した。


 今いるのは追い求めていた新天地。だがそこは、楽園とは程遠かった。


 血にまみれた部屋の中で、我々は力なく倒れこんでいる。もはや豊かな土地も限られた安息も、ここにはない。


 我々は体を成す術なく掴まれると、そのまま大きな袋の中に放り込まれた。


 一瞬見えた袋の外側には「医療廃棄物」の文字と、バイオハザードを示す記号が刻まれていた。中には我々と同じ運命をたどった、国家の亡骸たちが詰め込まれていた。


 どうして、こんなことになってしまったのだ。

 

 奈落の底から光差す口を見上げて、我々は自問する。

 

 我々は滅びる恐怖から逃れたくて、新天地を目指しただけだ。

 

 あのままあそこにいて、殺されるのが嫌だっただけだ。

 

 我々は、ただ国家として生まれたかっただけなのに。

 

 下からのぞけるわずかな光さえも、しだいに見えなくなってきた。

 

 静かな闇の中に、再び落ちていく。

 

 だがその闇は、かつていた場所のとはまったくの別物だ。とても冷たく、恥じ入るように眠りにつく。

 

 もし、闇にとけて消えてしまう前に、眠りについてしまう前に、誰かに届くというのなら……


 我々は己を語るのに、次の言葉を選んだ。



 我々は、生まれるのを待っている。



2015/07/08:誤字訂正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ