宰相閣下、国家建国の夢を見る
ショートショートになります。(3,542字
「おや、そなたは?」
ヴァニラ宰相は首をかしげながらやってくるそいつにたずねた。
「こんにちは。私はエドヴィラです。はじめまして」
「はじめまして。ヴァニラ宰相である」
二人は手を握り合った。
「宰相? ということはあなたがここのリーダーですか? 見たところここにはなにもありませんが」
「いやお恥ずかしい。実はまだ国もなにもできていないものでね。しかしここに建国し、その長となることこそ我が野望。宰相というのは、意気込みだけが先走った結果なのだよ。あきれたかな?」
「いや、実にすばらしいと思う。ぜひその国作り、私にも手伝わせてくれ」
「それはありがたい。そなたと一緒なら、不思議とできそうな気がする」
そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラは国家作りをはじめた。
「見よ、この広大な土地を。そこに芽吹く草木と、作物を」
ヴァニラ宰相は両手をいっぱいに広げて続ける。
「エドヴィラよ、そなたの言うとおりここは豊穣の大地であった。草木はおしみなく生えるし、その一部を畑へと耕すことで穀物も十分に実るだろう。国家の基礎、すなわちこれ食糧なり。これは国家としての歩み、その着実な一歩となろう」
「そうだよ。ここはとても恵まれている。我々が手を加えずとも、土地は栄養で満たされているし、飢えに困ることもないだろう。でも決しておごってはいけないよ、ヴァニラ宰相。我々が生きるためには、ほんの少しの開拓で十分なのさ」
「わかっている。我もこの土地に見合った度量の広さを持ち合わせてみせよう。それこそが宰相に求められる器の広さよ」
しかし、その先はうまくいかなかった。
突如として強大な嵐が国中を襲い、草木を一掃してしまったのだ。
植えた作物も、残らず嵐の渦にのみこまれ、跡形もなく消え失せた。
そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラが作り上げた国家は滅んだ。
「くっ、よもやこんなことになろうとは…」
ヴァニラ宰相はまる裸となった土地に、拳を叩き付けた。
「次こそは、次こそは嵐にも負けない国家を作ってみせよう。そなたも手伝え」
近づいてくるエドヴィラに、ヴァニラ宰相はそう声をかけたが、
「こんにちは。私はエドヴィラです。はじめまして」
腑に落ちない態度のエドヴィラに、ヴァニラ宰相は怪訝な顔でたずねた。
「どうした? そなた、冗談を言っているつもりか?」
しかし、今度はエドヴィラが不思議そうな顔をする番だった。
「私とあなたは初対面のはずですが」
ヴァニラ宰相は驚いた。しかし話をすれば、そいつは彼の知るエドヴィラそのものであったから、別段気になることでもなかった。大方嵐に打たれて記憶が混乱しているのだろう。
「まあいい、エドヴィラ。我の国作りを手伝え。今度は嵐に負けないような、堅牢な国家を作るのだ」
「いいですとも。私はそのために来たのだから」
そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラは再び国家作りをはじめた。
「前回の失敗は開発を最低限にとどめたことだ。しかしそれでは不測の事態に対処ができぬ。堅牢な城を建てるのだ。嵐にも負けない強固な城塞を。城があっての国家あり。国中から物資をかき集めるのだ」
ヴァニラ宰相の指示のもと、国の中心に立派な城が一つ、こしらえられた。
「上等な出来じゃないか。開発労力の多くをまわしただけはある」
「当然である。屋台骨があって初めて国家はその身を立てることがかなうのだ」
「そうだね。これならそう容易くは打ち崩せない」
しかし、今度もうまくいかなかった。
嵐ではない。空から金属のかたまりが降ってきたのである。
鉄のやりが国をつらぬき、城を跡形もなく寸断した。
そうしてヴァニラ宰相とエドヴィラが作り上げた国家は滅んだ。
「守ることに固執してはならない。攻撃は最大の防御。他を侵略してこそ自国を守ることにつながるのだ」
ヴァニラ宰相が力強く告げると、エドヴィラは追従するようにうなづいた。
「あれから我々は幾度となく建国を試みた。だがこの土地は恵みを与えても、どういうわけか繁栄を約束してはくださらぬ。必ずなんらかの妨害が入り、国家の形成を拒む。ならば戦うしかあるまい。嵐にも、鉄のやりにも負けず、その先の自由を掴み取るための戦力を整えるのだ」
そうして二人は国家を作った。かつてないほどの軍隊と兵器を備えた、歴代最強とも呼べる国を。事実それに応えるように、嵐も鉄のやりもいまだおとずれない。おかげで国家はさらに肥大化し、今まででもっとも繁栄をとげていた。
「あなたの行いは正しかった。今がそれを証明している。もはや名実ともにあなたは宰相だ」
「エドヴィラよ、それは違うぞ。証明はまだ終わっていない。国家はまだ滅んでいないというだけであって、これからも滅びぬという保証はない」
「しかし、これ以上軍備を進めても意味はない。民のための政治に切り替えるべきだ」
「いや、それこそ今までの轍を踏むことよ。もはや滅ぼされる恐怖に震える日々とは決別するのだ」
「馬鹿な。本当に侵略でもするつもりか。我々は攻めるべき敵も知らないのだぞ」
「侵略ではない。移住だ。我々は新天地に向けて旅をするのだよ」
ヴァニラ宰相の言葉に、エドヴィラは目を丸くした。
「そなたは言っていたな……いや、前のそなたが言っていた。我々が生きるにはほんの少しの開拓で十分だと。しかしそれでは足りぬ。ただ生きるだけでなく、生き残るためにはもっと広大な土地が必要なのだ。だから、我々は新天地へと向かう」
「わかった。それが国家として生まれるためならば」
そして、それはおとずれた。
嵐でも、鉄のやりでもない。大地が激しく高ぶり、足元から国家を揺さぶった。
「地震だと! こんなことは今までなかった。早く避難を」
「いや、今が生まれるときだ」
ヴァニラ宰相は即座に決断する。
「全軍出撃だ! 我々はこの土地を放棄し、新天地へと旅立つ。敵を殲滅し、真の自由と安寧をその手に掴むのだ!」
そして、進軍を開始する。
道中は艱難辛苦の連続だった。
戦うことがではない。そもそも敵の姿を見ることはなかった。いや、この世界に敵などいなかったのだ。
絶えず襲う地震の中、兵士たちは戦うこともなく次々と散っていく。その度に隊列を組みなおしながら行進する。食糧の不足から飢えで倒れる者もいた。それでも立ち止まるわけにはいかないと、歩みを進める。
長い間、その旅は続いた。ヴァニラ宰相やエドヴィラ、兵士たちも疲労がたまっていく一方だった。いつまでこの戦いは続くのだろう。先の見えない現状は、気力も体力も削っていった。
そんなときだった。
「見よ、壁だ。世界の果てが今、我々の目の前にあるぞ!」
眼前に広がる大きな壁。それが一行の前に立ちふさがっていた。
「壁だと? 初めて見たが、ということはここで行き止まりなのか」
「然り、そなたの言う通りであるとすれば、ここまでが我々の世界。そして、この先こそ我らが目指す新世界だ」
ヴァニラ宰相は、全兵士に向かって宣言する。
「皆の者! 我らは遂に世界の果てへと到達した。そしてこの壁の向こうにこそ、我らが求める新天地あり。あと一息である。入り口は自らの手で切り開け! 世界を穿ち、その先の栄光を掴み取るのだ!」
こうして兵士たちは壁に穴を掘る作業を始めた。
止まない地震、尽きた食糧、枯れ果てた気力。そんな中、唯一の希望を頼りに、作業に没頭する。
「見てくれ。わずかではあるが、隙間ができたぞ」
「よし! さらに掘り進めて穴を拡張するのだ」
作業はさらに続いた。幾多の犠牲を払い、それでも前に突き進む。全ては新天地へと旅立つために。
そして、我々は成し遂げた。
我々は遂にあの場所から抜け出した。
今いるのは追い求めていた新天地。だがそこは、楽園とは程遠かった。
血にまみれた部屋の中で、我々は力なく倒れこんでいる。もはや豊かな土地も限られた安息も、ここにはない。
我々は体を成す術なく掴まれると、そのまま大きな袋の中に放り込まれた。
一瞬見えた袋の外側には「医療廃棄物」の文字と、バイオハザードを示す記号が刻まれていた。中には我々と同じ運命をたどった、国家の亡骸たちが詰め込まれていた。
どうして、こんなことになってしまったのだ。
奈落の底から光差す口を見上げて、我々は自問する。
我々は滅びる恐怖から逃れたくて、新天地を目指しただけだ。
あのままあそこにいて、殺されるのが嫌だっただけだ。
我々は、ただ国家として生まれたかっただけなのに。
下からのぞけるわずかな光さえも、しだいに見えなくなってきた。
静かな闇の中に、再び落ちていく。
だがその闇は、かつていた場所のとはまったくの別物だ。とても冷たく、恥じ入るように眠りにつく。
もし、闇にとけて消えてしまう前に、眠りについてしまう前に、誰かに届くというのなら……
我々は己を語るのに、次の言葉を選んだ。
我々は、生まれるのを待っている。
2015/07/08:誤字訂正