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魔油工場での死闘 そして……

 阿片とは違う症状の変な死体があるとの摩訶衛門から情報を得た京史朗。

 薬で死んだ者は明らかに死雲斎が開発した人体をを活性化させる麻薬・魔油だろう。

 その日、鯉が浮いていたのを見た京史朗が発見していた。

 夜談の調べで池の奥の地下水脈に繋がる洞窟が地下実験場に。


「どこのどいつだ? こんな場所にこんなものを作る跳ねっ返りは?」


「摩訶不思議、摩訶不思議。下手人は死雲斎だろう? なら始末すればいいさ。幕府が裏組織を作ってるならそれも壊滅させてやるよ……」


「幕府にも裏組織はあるが、人体実験のような事をするとは考えられん。もしあったとしてもこんな不便な地下水脈の陰気くせー場所でやる必要なんて無ーかんな……。つまり、これはどこかの大藩が独自に生み出した場所だな。およその察しはつくが……」





 魔油工場での死闘。

 地下水脈洞窟の迷路のような場所で迷い、京史朗は摩訶衛門と離れる。

 ぴちゃり……ぴちゃり……と鍾乳洞の薄汚い天井から悪魔の唾液のように水滴が落ちる。

 その水滴は地面に薄い水面を生み、そこから冥府へ誘うような気配を発していた。

 そして人間の不快指数を上げるだけの生臭い匂いが満ちる空間の奥には行き止まりだった。


(……)


 京史朗はその行き止まりの壁に手を当て、一つの石を取り外す。

 すると、何かの取っ手が見えた。そう、これは行き止まりの岩壁に偽装した鉄扉だったのである。

 筋力増強の麻薬・魔油の製造場であった。

 阿片に動物の血を混ぜ合わせて生み出す魔油の工場――。

 そこにはこの京の町を血に染め上げる悪鬼が居た。

 美しき悪鬼は渇いた唇を舐め、言う。


「とうとうここまで来てしまったか……幕府の犬にしてはやるじゃないか。褒めてやるよ伏見奉行」


「そりゃ、嬉しいねぇ」


 戦闘が開始され、二人はぶつかり合う。

 魔油の筋力増強の効果は絶大で、刀と刀がぶつかり合うたびに腕が痺れた。


「ぐっ!」


「死ね伏見奉行!」


 京史朗は水溜りの地面に倒れ、腕の痺れで絶体絶命の中――。

 真下の水面に、もう一人の影が写る。


「摩訶不思議! 摩訶不思議!」


 空中からの摩訶衛門の奇襲は外れる。

 そして腹部を貫かれ倒れる。

 余裕の死雲斎は言った。


「必ず奇襲で来ると思っていたよ。全く、分かりやすい男だよ雪絵の男とやらは」


「何故、貴様が雪絵の事を知っているんだい?」


「島原の大所帯の柊屋の筆頭遊女だろう? ただそれだけの事さ」


 死雲斎は不気味な笑みを浮かべつつ、


「何で私が君の奇襲を回避できたか知りたいようだな。何の為にこの水面があると思ってる?」


「この水面の音を避ける為に空中から仕掛けたが、まさかそれがあだになるとはやってられないね」


 地面にある天井から落ちた雫で生まれた水面を見て、死雲斎は摩訶衛門の奇襲を防いだ。

 そして死雲斎は京史朗に言う。



「君は幕府の役人として、今の幕府……黒船来航以降の幕府についてどう思うか本心を聞かせてもらおうじゃないか」


「……確かに今の幕府は異国に押されていていい状態じゃねぇよ。徳川幕府始まって以来、未曾有の事態だ」


「諦めているのか? 幕府の全てを」


「諦めはあるさ。俺一人で全てがどうにかなるわけじゃねーかんな。特に外交問題なんか俺にはわからんよ」


「ならそのままでいいだろう。もう幕府は長くは持たない。歴史が変わる時代なんだ……知っているだろう?今の時代は徳川幕府が終わる幕末なんだよ……」


 死雲斎の笑みが怪しく輝き、鍾乳洞の空気が更に冷たくなるような感覚を覚えた。

 しかし、京史朗は愛用の朱色の指揮煙管をふかし言う。


「だからこそ、俺達幕府の役人が一致団結して目の前の事態に取り組まなくちゃならん。一人、一人に出来る事を最大限やるだけよ。俺は伏見奉行として悪を取り締まるのみ。それが俺の答えだ」


 頷く死雲斎は天井から滴る雫を掌に受け、微笑んだ。

 そして、大きく息をはき言う。

 

「今の幕府は怠惰と惰性の塊。全てを他者に委ね自分で決断出来ぬ愚物の集まり。このようなものに何を望む? 何を委ねる? 何故信用出来る!?」


「……」


「黒船来航以来、幕府は異国だけではなく戦国の世から二百年以上睨みをきかせ萎縮させてきたはずの西国諸藩にこの日本の中心地である京の町を支配されている。自国の民を飢えさせない為に産業を強化し、金を得る為に努力した結果奴等は巨額の富を得た。それはこの町の色町などを中心に使われ、京の民の人心は幕府には無い。商売人ほど、この世の今がわかる人間はいないからな……」


「……」


 京史朗は話を聞きながら、黒須商会の黒須雅樹を思い出した。

 あの男も、徳川幕府の先の世を話していた。

 死雲斎の話は続く。


「……幕府は外交費にかかる金で四苦八苦し、国防費を削って各藩の台頭を許してしまってしまい、挙げ句の果てには有象無象の浪人が尊王攘夷を唱え町を練り歩く始末。ばくふが馬鹿だと苦労するのはこの国の人間全てだ。いずれ、この国で出来る仕事さえも異国にさせる事になるだろう……そして日本は植民地なるのさ」


「……」


「だからこそ、今は戦国の世に生きた英雄・豪傑が必要。その者のみが、異国を討ち払う唯一の力となる」


「そりゃ、俺の事さね」


「……今から死ぬ輩が言う事か?」


「長話ご苦労。時間が稼げて良かったぜ。それに死ぬのはこの工場だぜ死雲斎」


 京史朗は奉行所の役人を使い、池の水が汚れてるとして池の底を掘り、この地下水脈洞窟に水を流し込んだのである。水浸しになる工場は一刻もあれば水で満たされるだろう。

 死雲斎は激怒して消える。


「この製造工場を壊した罪は重いぞ? 必ず復讐してやる。さーて、期待している事だ。畜生共……」






 死雲斎の工場を破壊した京史朗は柊屋の雪絵の座敷にいた。


「いやー昨日は大変だったんだよ。色々とな」


「摩訶衛門さんは来ないんですか? 病気にでも……」


「あいつは阿修羅のように元気だけどな。特に下の方が」


「摩訶衛門さんは大怪我をしたのでは!?」


「何で摩訶衛門が大怪我をしているって知ってんだ?」


「それは店の人から聞いて……」

 

「いーや、摩訶衛門が大怪我をしたのは昨日だぜ? この島原に伝わる情報じゃねーはずだ。それを知るのは、俺と死雲斎だけだ……」


 そう、この先の答えは雪絵に出させようとしていた。

 鬼の瞳は瞬き無く、見据える。


「この島原を変えたのは死雲斎。そしてお前さんだな? 柊屋筆頭遊女・雪絵」


「先ほどから言葉に棘が多すぎですよお奉行さん。それよりも摩訶衛門さんは……」


 雪絵の泳ぐ目を京史朗は心ごと捕らえる。


「生き死にがかかった場所で他人の心配を出来る奴は、大抵人を殺した事がある」


「……それが全てに当てはまるとでも?」


「いい人ほど信用ならんってのは、この仕事で常々気をつけなきゃならん事なんだよ……こういう風になるからな」


 雪絵は匕首で京史朗の赤い包帯のされる右手を刺した。

 そして脇差に手をかけ、雪絵の腹部を軽く斬る。

 動揺する雪絵は蛇に睨まれる蛙のように動けない。


「理想の果てに、消えて逝け」


 死雲斎と繋がっていた為、京史朗は捕らえると言う。

 右手の摩訶衛門から治療された赤い包帯を取り雪絵の両手首を縛ろうとする。

 突如死雲斎は現れ、雪絵を連れ去るように京史朗の前に立つ。


「……死雲斎。これで下手人は揃ったな」


「そうか? そうなればいいがな。幕府に雪絵は渡さない」


 そして死雲斎は幕府に繋がれない為に、現世から解き放つ。

 妹の雪絵を殺害したのである。

 死雲斎の見た目に京史朗は驚いていた。

 魔油を使わない死雲斎は女そのものだったのである。


「いずれ私も追う……しばしの別れよ妹よ……」


 この姉妹の目的はこうだった。

 人攫いに売られた遊女として幕府に復讐をする。

 この世全てが無能な幕府が管轄してる事が間違っている。

 異国の客を知り、幕府の無能さを知った姉妹の復讐劇だった。

 遊郭で繋がる人間の情報網を利用し、様々な事を画策して今に至っていた。


「たった二人でよくやるもんだぜ。しかも女がな……」


 焦る京史朗は死雲斎を追跡した。

 そこに腹部を負傷していた摩訶衛門が訪れていた。

 雪絵が殺害されていたのを見た摩訶衛門は白髪が混じる頭を掻き乱し、暴走する。

 その後、一月間消えた。

 死雲斎の行動も激化し、京の町は混沌とする。




 そしてある夜、京史朗は摩訶衛門と遭遇した。


「京史朗……」


「……どうした? 一体、この一月どこをほっつき歩いて――!?」


 摩訶衛門の頭髪は真っ白に染まっていた。

 髷は乱れ髭は伸び、人にならざる悪鬼にしか見えない様相だった。

 その死雲斎以上の不気味さを漂わせる悪鬼は言う。


「死人を生き返らせるには、どうしたらいい?」



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