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妖刀・若桜(わかさ)使いの死雲斎

 深淵の闇が這い寄る深夜――。

 深紅の満月が京の町を見下し、その中で蠢く一人の人斬りは悠々と足音も立てずに歩いていた。

 腰には妖しげな妖気すら感じる一振りの刀を帯び、その瞳は豪商の門を見据えている。

 今日はこの山村豪商には多額の小判が運ばれており、その金が倉庫に眠っていた。そこには鉄の鍵がかけられていると同時に、複数の見張りも存在していた。最近、豪商の金が入った日に必ず現れる死雲斎しうんさいという人斬りに対する用心の為である。

 姿の死雲斎は人とは思えぬ脚力で入口の門を飛んで、邸内に浸入した。


(さぁて……今日は獲物に出会えるかな?)


 五人の見張りの姿が見えた。

 向こうはまだ死雲斎に気付いていない。

 くく……と瞳が縦に伸びるように微笑み、死雲斎の歩みが加速する――。


「伏見奉行・鬼瓦京史朗だ! 神妙にしやがれ!」


 突如、死雲斎の背後に京史朗は姿を現した。

 にやり……と死雲斎は笑う。

 そしてこの捕物の主である鬼の男は言った。


「金に釣られてまんまと罠にかかったか。毎度、毎度どっから金が運ばれて来た事を探ってるかは知らんが、今日が年貢の納め時だぜ。人斬り死雲斎」


「ほう……悪くない相手だ」


「悪いか悪くないかは知らんが、ここに金は無い。昼に運んでたのは空箱だからな」


「……」


 死雲斎の瞳が妖しく輝く。

 京史朗は昼に役人に空箱を運ばせてここに金があるという嘘の情報を流し、最近堂々と暗躍している死雲斎狩りを行おうとしていたのである。


「もしかしたら生きて捕らえるのは無理かもしれん。だから聞かせてくれないか?どうやって豪商が金のある日だけを狙えたのかをよ?そうすりゃ、墓ぐれーは建ててやってもいいぜ」


「私がどこで豪商の金が運ばれて来たという情報を得てるかは秘密だよ。そして……」


「!?」


 死雲斎の気配が一気に変わった。

 目にも見えぬ速さで抜刀し、その妖刀の切っ先を深紅の月に照らすように掲げた。

 そしてその薄い唇は動く。


「罠にかかったのはそっちだよ」


「!?」


「私はこの刀の切れ味を試そうとしてたんだよ」


 その陰気で冷たい獣の呟きに、その場の全員は身震いした。




 妖刀・若桜わかさ使いの死雲斎。

 死雲斎は小瓶を取り出し、赤い液体を飲み干した。


「やけに骨のある役人かと思いきや頭は噂の鬼奉行か。仏の父親とは違うようだな」


「俺は親父とは違う。俺は仏じゃなく、鬼だからな」


 ククク……と笑う死雲斎は、


「要は邪魔者を始末してから金箱運びを呼んだ方がいいからな。最近は幕府の役人が大人数の人間達を警戒してるから、人を集めるのも慎重にしないといけないのさ」


「慎重な割には大胆な事をしてくれたじゃねーか。六角獄舎はあれから倍の数の役人で警護をしてるらしいぜ」


「金は必要だよ。これからの時代は金が全ての時代になる。刀や槍ではどうにもならん時代の到来さ」


「じゃあ、お前さんも終わりって事かな?」


「だからこうやって、準備をしてるんじゃないか……」


 蛇のように死雲斎の瞳が細まる。

 均衡を破るように現れた摩訶衛門と共に、京史朗は戦う事になった。

 伏見奉行所の役人に周囲を囲い死雲斎が逃げられないようにし、激戦になる。

 魔油という死雲斎が開発した特殊な麻薬を使用されている為、二人は苦戦する。

 夜目が利き、筋力増強があるので二対一が生かしきれない。

 だが、役人の援護は逆に場の混乱を招くのでこのままやるしかない。


「おい摩訶衛門。本気でやれよ」


「そういう京史朗こそ本気なのかい?」


「へっ、今から本気よ」


「そう言いたいけど、やっぱりおかしいよね。彼の強さには何か秘密がある……」


「何を話しているんだ幕府の犬」


 戦う前に飲んでいた死雲斎の小瓶を見つける。

 匂いが血生臭いが、それとはまた違う不快な匂い。

 それに摩訶衛門が思う。


「何かを飲んでるね……何かはわからないが」


「へへっ、そりゃ結構、結構。殺しがいがあるってもんよ」


魔油まゆだよ。言ってなかったか? まぁいいさ。これは選ばれた者にしか使えない麻薬だよ」


 若い女の血を吸う妖刀若桜から滴る血は阿片と混ざり、新たなる魔油となる。

 今は動物の血で生み出しているが、それを人間の血にする事により更なる効果をもたらそうとこの人斬りは考えていた。

 それに驚く摩訶衛門は袈裟に斬られ倒れる。

 京史朗はその隙をつき攻めた。


「ぐっ……! のおっ!」


 肩を斬られるが、その動きが止まった時を活かし脇差を顔面に向けて振り抜いた。

 血が舞い、熱い闇夜に静寂が訪れる。


「魔油の効果もかなり上々だがまだ弱い……か。ここは退散しよう」


 歯で京史朗の脇差を受け止め、口を真っ赤に染める死雲斎はくくく……と微笑み妖刀・若桜を鞘に納めた。すぐさま京史朗は目配せして奉行所の役人を逃走経路に動かす。


「逃げられるとでも思って――」


「毒を浴びな」


 すううううっ……と毒の煙が上がった。

 その場の全員を下がらせた京史朗は塀を一足飛びで乗り越える死雲斎を見据えた。


「この地はかつてない混沌に陥る。悪鬼羅刹が具現化したように蔓延る世で、果たして貴様はどこまでの活躍が出来るかな? ふふふ……」


 毒煙が消え、全身の血の静まりと共に静寂が満ちた。


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