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黒須商会〈後編〉

 三日後。

 椿と共に舶来品市場に来ていた時に出会った商人の男を発見した京史朗は、追う。

 この男の商船だけは同じ型の木箱を異国にも与えていて、それで届けさせていた。

 便利だからという理由らしいが、死雲斎が居た商船も含めて全てを調べさせた。

 すると、部下の密偵が現れ先を歩く黒須商会の黒須という男の最近の商売の伸びぶりを知る。

 大阪湾に着いた男は部下の男が迎えに来て歩いて行く。それを見る京史朗は、


「金持ちの商人が一人で堂々と出かけるとは度胸があるな。それだけに悪い奴には目立ち易い」


 すると、京史朗の背後に薬売りの男が現れる。

 その男は何気なく早口で今までの調べた情報を報告をした。


「……確かにそうだな。倉庫がある中継所を設けてるとなると、そこで何かが行われてんだろ。そういう意味で、便利って事かい」


「はい、黒須商会は最近頭角を現した商人の中では筆頭。大名などにも金を献金してる噂も有り、老舗豪商なども追い抜く勢いのようです」


「そうか。引き続きたのむぜ」


 するとその薬売りの男は消える。

 そして、舶来品市場で買った外国の煙草というものにマッチで火をつけた。

 その煙を吸い込み、空に吐き出す。

 いまいちだな……と思う京史朗は呟く。


「舶来品……ねぇ……」


 煙草というものを陽の光に透かすように見つめ、海へ投げ捨てた。





「よぅ。黒須商会の黒須雅樹」


 深夜の大阪湾・黒須商会商船。

 その多数の木箱が置かれる商船の先端にて煙草の煙を吹かす黒須に京史朗は当たり前のように声をかけた。自分の所有する商船にいる事、それもこんな時間に……と思う黒須は煙管を旨そうに吹かす男に言う。


「煙管の浪人……何故ここに?」


「そりゃいるさ。伏見奉行だからな」


「……伏見奉行が何の用だ?」


 明らかに黒須の顔色が変わる。

 商人から悪人の顔に。

 けけっ……と相手の本性を見た京史朗は微笑み、


「異国とつるんでるのは知ってるぜ。先日、お前さんが懐中時計を眺め、握手をしている男といる所を見たのさ。そいつが決め手となった」


「懐中時計など最近の商人ならば誰でも持ってる。その程度で独自に異国と貿易をしていたらこの大阪湾にある商船の全てがそうだ」


「確かに懐中時計なんざ、最近は持ってる奴も珍しくないさ。問題はお前さんの行動だよ」


「行動だと?」


 そう、と言うように煙管の灰を床に落とす。


「お前さんは通りすがりの異人に自分から握手ってのをしたよな。そこでわかったんだ。この男は異人に抵抗が無いって事をな」


「そんなものは商人として客に対するただの礼儀。そんな事で……」


「それともう一つ。俺は初めて会った時に、その懐中時計は次はいつ手に入る? と聞いた。お前さんは半月後には次の便が来ると言っていたが、残念ながら幕府は商人達には到着してからしか異国貿易船が来た事を教えない。商人もこの国で商売出来なくなるのを恐れ言わない。何で次の便が来ると知ってる?」


「それは……懇意にしているから……」


「白状したな三下」


 朱色の指揮煙管を京史朗は指差すように突き付ける。

 まるで断罪者のように。


「懇意にしていても、取引の時には幕府の役人が第三者として通訳も兼ねて問題が無いように立ち会う。それに、文を忍ばせておくのも言葉が出来ないから無理だ。つまり、お前さんは裏で異人と繋がってるのさ。この木箱にでも、人間を入れておいたのか?」


 躊躇い無く京史朗は近くの木箱を刀で突き刺す。同時に悲鳴が中から聞こえた。中の男の痛みなど気にせぬように京史朗は刀をぐりぐりと動かす。その幕府の役人に黒須は後ずさる。この男は人を斬る事に躊躇いが無いという直感が素人ながらにわかる殺気を放っていた。


「一つ……伏見奉行として教えておくぜ」


「悪い事はよ、見つからねぇように



「見つかっては仕方ない……貴様の言う通りだ伏見奉行。黒須商会は異人と取引きをしている。だからこそ私は素晴らしいのだ」


 黒須商会は幕府役人が介入出来ない異人を使い、堂々と外国から物資を引き入れていた。

 幕府の荷物検査が終わった後に、日本への積み下ろしの中継点の途中で荷物を丸ごと交換していたのである。

 初めに中身を調べれば、途中で交換してもわからないというのを逆手に取った策であった。様々な外国の開国交渉に手を焼く幕府は細かい所までは目を配る余裕が無かったのである。

 そして、黒須は懐から呼子を取り出し吹いた。すると、商船の内部にいる部下が登って来た。木箱から刀を引き抜く京史朗は飛び出した異人の男を海に蹴飛ばし落とした。



「一人で来たなら海の藻屑にすれば証拠は残らない。貴様の部下が幕府に奉行を殺されたと吠えても、それは負け犬の遠吠えにしかならないぞ!」


「安心しろ。そんな事は、徳川の世が終わりでもしねー限りねぇよ三下」




「野郎共! 出番だぜ!」


 影に潜んでいた伏見奉行所の役人がずらりと並んだ。敵はゲーベル銃で武装し、黒須は部下の背後に移動する。刀と槍しか武装の無い伏見奉行所は絶体絶命の危機である。

しかし、鬼は笑う。


「おいおい、ここは海だぜ。そんな火器が使えると思うなよ?」


「馬鹿め。火薬が濡れてなければ弾は撃てる。湿気対策はちゃんとしてるから問題無いんだよ。徳川の役人共よ。この海の藻屑になるがいい」


「そう、濡れれば撃てないんだろ?なら濡らせばいいさ」


『ぬおおっ!?』


 突如、黒須商会の兵隊の頭上に桶に入る海水が浴びせられた。部隊を二手に分けていた京史朗は、相手の飛び道具を封じる。これにて、白兵では絶対の自信を持つ伏見奉行所は活躍する場が設けられた。


「さぁて、御用改めだ! 黒須商会! 行くぜぇ!」


 京史朗の掛け声で、深夜の大阪湾の船上の捕物が始まった。





 京史朗は甲板上を部下の役人に任せ、船内に逃げた黒須を追う。

 途中で迫る敵を退けつつ、脱兎のように逃げ回る黒須を追い詰める。

 そこは行き止まりの通路であった。

 黒須の背後には壁があり逃げ場は無い。


「さぁて大手だ黒須。行き止まりに逃げ場はねーよ。お縄にかかりやがれ」


「馬鹿め。行き止まりに追い込まれたのは貴様だ鬼瓦京史朗!」


 ミニエー銃を黒須は構えていた。

 この狭い通路では回避のしようも無い。

 背中に長い何かを隠し持つ黒須はそれを構える。


「このミニエー銃は最新式の銃だ! 連発式の恐るべき銃……これがあれば幕府など小藩でも崩せるぞ! 剣術のように何年も修行をする必要も無く、すぐに使える兵になる! そんな付け焼き刃に徳川の二百年以上に及ぶ歴史は崩れ去るのだ!」


「へっ、そんな足軽が持つ魂の込もらんもんに幕府が負けるか。背水の陣で勝とうといのは考えが甘いな。俺は


「貴様の性格、立場からしてこの場から逃げられ無い。それに背後を振り返ればすぐに射撃する。向かってきても射撃する。連射というのは便利だなぁ、鬼瓦京史朗」


 べっ! と黒須の熱弁に吐き気がする京史朗は唾を吐き出し、


「当たらなければ、どーってことねーよ!」


 駈けるのが俺の全てだ!と言わんばかりに京史朗は真横に駈けた。

 その死を受け入れるような特攻の迫力に鬼を見る黒須はミニエー銃を構える手がぶれた。そしてその熱い弾丸は京史朗の頬をかすめ後方へ飛ぶ。京史朗の刃が黒須に殺到する。連射をするが、そのどれもが鬼を避けるように飛んで行く。


「つえあっ!」


「うへぇ!?」


 床にしゃがみ込む黒須のミニエー銃にガードされる。そしてしどろもどろの黒須は壁の下部に手を入れ、そこが開いた。同時にまた数発発砲する黒須はそのまま片手で中の紐を引っ張る。すると背後の壁が動き出し京史朗は驚く。


「隠し壁か!?」


「そうさ! はははっ!」


 壁の後ろは隠し扉のようで、その奥に黒須は逃げた。その奥は黒須個人の外国との貿易書類が置かれる私室であり、行き止まりである事に変わりは無い。そして鬼は前へ進む。

ミニエー銃を持ったまま書類室の棚にもたれかかり、冷や汗を垂れ流す黒須に京史朗は言う。


「徳川の世が、異国に負けてたまるかよ」


「……東洋の魔都とさえ言われた上海とて西洋列強に植民地にされる始末。始めは宗教で異国の文化を教え安心させ、そこから阿片で精神を侵し、身動きの取れない奴隷にする。その三段構えの某略で西洋列強は日本を潰すつもりだ。これからは糞の役にも立たず踏ん反り返る武士などというものではなく、国の金と人を動かす商人こそが時代を動かす。貴様等武士は我々の手足となり、働くことだ。次の時代に生きていたいならばな」


「徳川の世は、終わらねぇよ」


 その瞬間、黒須はミニエー銃の銃口を京史朗に向けて放つ。しかし、京史朗は何事も無く立ったままである。


「最新式なら、弾の余裕もそうは無いだろ?もう終わるぜ黒須」


「……確かに弾は切れた。だが銃は大型だけが銃では無いんだよ」


「!?」


 渇いた銃声と共に京史朗は胸を撃たれた。

 はははつ! と笑う黒須の目の前に黒い羽織が飛んでいた。そして顔面を殴られる。


「!? 何だ!? 何が私を……」


「何がって俺しかいねーだろ三下」


 確かに京史朗は拳銃で胸を狙撃された。

 しかし、鉄の防具をつけていた。

 しかも洋風の防具である。


「一応対策はしてたんだよ。お前の売り物の一つを使ってな」


「小細工を……」


「こんな場所を作ってるお前に言われたかねーよ」


 ここに来る途中、黒須の部下を倒してから荷物倉庫を吐かせていた。そこで銃に対抗する防具を羽織の下に着込んでいた。黒須は銃を構えた。


「死ね――」


「この距離からなら、当たりゃしねぇよ」


 銃口から見切っていたのである。

 だが、黒須は余裕を崩さない。


「はははっ! もうすぐ部下が来る。百人という数で勝る我々は時間さえかければ三十そこそこの人数しかいない奉行所には負けんのだ。私がいなくなれば高い金で雇われてる仕事が無くなるからな……所詮この世は金と知恵さ!」


 金で雇われている以上、雇用主が居なくなるのは不味いと思う部下は助けに来ると黒須は信じていた。

 しかし、金で雇われた人間は伏見奉行所の役人に捕縛されてしまっていた。誰も助けに来ない現状に、黒須は絶句する。


「残念だったな。俺には仲間がいる。金じゃなく絆で結ばれる仲間がな」


「……ぐっ! そんなものでこれからの世が渡れると思うなよ! これからは金の世だ! 金が武力を増強し、金が人を動かし、金が全てを支配する世になる! そこに侍や鎖国などをして国の成長を止める幕府などは存在出来ぬのだ! これが理解出来るか伏見奉行!?」


 何を言ってもわからぬ阿保奉行と言いたい黒須は熱弁する。退屈になった京史朗は刀を納め、朱色の指揮煙管を口にくわえる。底光りする鬼の目が黒須を捉え、


「お前には役に立ってもらう。幕府が異国に負けないように貿易交渉出来る駒としてな」


「私は悪だぞ? 悪を使うのか?幕府の役人が?」


「それが清諾合わせて節義を貫く生き様よ」


 そして、黒須雅樹は捕縛され部下達と共に連行され六角獄舎に入れられた。

 黒須商会は取り潰された。







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