表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

Target:2  ♯01

 ピピピピピピピ。

 古いアパートの一室に小さな電子音が鳴り響く。


「ピース時間よ」

「はいよ」

 ソファーに寝転がった男ピースは、いつもどおり気だるげな様子で起き上がる。

 そしてテーブルの上にあるカップを、小さくため息をつきながら持ち上げた。


「エスティー、もっとマシなもんはないのか?」

 カップのフタを開け白い湯気を顔に浴びながら、ピースは箸で中身を口へ運ぶ。

 ズルズルというすする音、彼が食べているのはインスタントのカップ麺だ。


「あら、愛のたっぷり入ったもやし炒めの方がよかったかしら?」

 小型の端末をいじりながら、そっけなく白い少女は答える。


「バカ言え愛じゃ腹は満たされねぇ」

「でも愛で満たされるものもあるわ」

「俺が満たしたいのは腹だ」

 ピースは今度は大きくため息をついた。


「あのなあ、体を動かすにはエネルギーが必要なんだよ、車にガソリンが必要なように、このままじゃ仕事にも影響が出ちまうだろ?」

 要するにピースはもっとまともな食事をしたいのだ。

 しかしエスティーはそんな彼の言葉には聞く耳を持たず、ただ無表情で端末をいじる。


「なら車がガソリンじゃなくて電気で動けるようになったみたいに、あなたも食べ物以外のエネルギーで動けるようになればいいのよ、たとえば愛とか」

 ピースはやれやれと言った風に軽く首を横に振った。


「ならその愛とやらを、コンビニででも買って来てもらいたいね」

「そんなにもやし炒め以外のものを食べたかったら、仕事をしなさい」

 エスティーは軽口ばかり叩くピースに、小型端末を突きつけながらそう言った。


「運がいいことに、今日はたくさん新着情報が来てるわ」

「運がいいのか、治安が悪いのか……まあそうだな。安いやつでも取っ捕まえて、今日の飯代くらいは稼ぐとするか」

 珍しく仕事を拒まないピースに、エスティーは少し驚いた様子だった。


「で、ターゲットはどんな奴がいるんだ?」

 そう言われエスティーは、端末の情報を読み上げ始める。


「殺人犯」

「却下」

 ピースは小さく首を振る。


「強盗犯」

「却下」


「麻薬の売人」

「却下」


「政治家」

「却下」


「テロ予告犯」

「却下」

 ピースが却下と言うたびに、エスティーの瞳は鋭くなっていく。


「マフィアの幹部」

「却下だ……」

 ピースはソファーにごろんと寝転がった。


「ピース、あなた本当にやる気あるの?」

 そんな彼に訝しげな瞳を向けるエスティー。


「もっとよお、食い逃げとかちっちゃい奴はいねえのか?」



 ◆◇◆



「だからってどうしてこんな仕事なんだ」

 腰に手を当て、タバコを吸いながらピースがぼやく。

 数時間後ピースとエスティーは仕事のため、都内のとある公園に来ていた。


「あなたが望んだちっちゃい奴よ、晩ご飯代にはちょうどいいんじゃない?」

「まあそうだが……ったく。大体どうして猫なんかに賞金がかかってるんだ?」

 そう今回のターゲットは一匹の猫。

 彼らが見上げる先には、木の枝にしがみついたターゲットと思われる猫がいた。


「どこかのお金持ちの家のペットが、この猫にケガをさせられたらしいわ。それで怒ってノラ猫なんかに賞金をかけたのよ」

「バカだねぇ、猫もお金持ちも……そして警察も。こんな依頼よく受理したな」


 一般人には警察が発行した手配書の賞金金額上乗せの他に、手配書自体の発行申請が出来る。

 しかしその際ターゲットにかけられる賞金は全て自己負担。

 発行についても警察が提示する発行条件、申請内容の審査等をクリアしなければならないのだ。


「何でもいいわよ。そのバカたちのおかげで、おいしいご飯が食べられれるんだから」

 エスティーは木の上の猫と、手に持った小型端末が映し出すターゲットの写真を交互に見る。


「あの子で間違いなさそうね。さ、頑張ってねピース、生け捕りで1万Gゴールドよ」

「俺が行くのかよ」

 予想外だと言わんばかりの顔でエスティーを見るピース。

 エスティーなら木の上に行くことなんて軽くジャンプするだけで済むのだ。


「当たり前よ」

「へいへい……にしても、金持ちならもうちょっと出してくれてもいいと思うんだがな」

 ピースはタバコの火を靴で踏み消すと、猫のいる木に近づく。


「よっと、まさかこの歳になって木登りをするとわ、なっ」

 彼はそう言いながらも軽々と木に上っていき、そして猫がいる細い枝に乗った。


「さあ猫ちゃん良い子だからこっちへおいで」

 ちっちっちと舌を鳴らしながら、恐る恐る猫へ近づくピース。

 枝は先端に近づくにつれ大きく揺れる。


「ほら怖くないから」

 猫は訝しげにピースのことをじっと見たまま動かない。


「そうよそんな締りのない男何も怖くないわ」

 と、下でピースと猫を見上げるエスティー。


「少し黙ってな、白い子猫ちゃん」

「にゃーん」

 エスティーはわざとらしく平坦にそう言った。


「早くこっちに来るんだ」

 しかし猫はピースが手を伸ばすとシャーッと牙を剥き出しにして毛を逆立てる。


「ちっ!」

 そうやってピースと猫が格闘しているうちに、枝はどんどん曲がってゆく。


「へ? あ、うをぉ!」

 そして最後には案の定、細い枝はミシミシと音を立て折れてしまった。

 ピースは落ちる寸前、咄嗟に猫へ手を伸ばし腹に抱えた。


「いってぇ……」

 盛大に尻もちをついたピース。

 その顔は痛みでというより、もう嫌だといったように歪んでいる。


「にゃ~お」

 そんな彼の腹の上には、何事も無かったように座る例の猫。


「全く、とんだ仕事だ……」

「わざわざ猫を助けるなんて、無駄なところでやる気を見せるんだから」

 エスティーは地面にへたり込むピースに手を差し伸べる。


「どうも」

 ピースはエスティーの手を借り立ち上がると、猫を片手で抱きながらお尻の汚れをはたいた。


「ま、何にしろこれで仕事は終わりだ。ちゃっちゃとこいつを警察に持って行って家に帰るぞ」

「そうね、でも届けるまでが仕事よ油断しないで」

 そんなエスティーの言葉にピースは


「猫相手にか?」

 と、肩をすくめた。





 そうして二人並んで、車に戻っているときだった。

 ピースの肩が正面から歩いてきた男とぶつかる。


「おっと、すまねえな」

 その男はハットを目深にかぶっていて、ピースには顔がいまいち見えなかった。


「……」

 男は無言で軽く頭を下げるとそのまま歩いて行く。


「さて、今晩は何を食べようかエスティー……ん?」

 ピースは歩きながら隣のエスティーに声をかけるがしかし、そこに少女の姿は無かった。

 立ち止まって振り返ると、そこにはなにやら思案気な顔で立ち尽くすエスティー。


「どうした?」

「思い出したわ」

「何が?」

「今ぶつかった男よ!」

 ピースには顔が見えなかったが、下から見ていたエスティーには、はっきり男の顔が見えていたのだ。


「今朝言ってた、ターゲットの政治家よ! 間違いないわ、追いかけるわよ!」

 そう言うと、エスティーはピースの横を駆け抜け車へと急ぐ。


「お、おいエスティー! 猫はどうするんだよ!?」

「そんなのどうでもいいわ! 早く、見失っちゃう!」

 見るとぶつかった男は道端に止まっていた車へと乗り込んでいる。


「やれやれ。ボウズ、後で取りに来るからそれまでこの猫ちょっとばかし預かっといてくれ」

 ピースは通行人の少年に猫を渡し、エスティーのあとを追いかける。


「えっちょ、ちょっとおじさん……!?」

「戻ってこなかったら警察にでも連れて行って、お小遣いにでもするといい!」





「遅い!」

 車に乗り込んだピースに飛び込んできたエスティーの第一声。


「悪かったな」

 ピースはエンジンを勢いよくかけると急発進。

 そしてあたりにタイヤの擦れる音と、ゴムの焼ききれた匂いを迸らせターン。


「本当に捕まえるのか?」

「チャンスじゃない。猫なんかじゃなくてあっちを捕まえれば、今晩だけじゃなくてしばらくはいいものが食べられるわよ。仕事もしばらくしなくて済むわ、頑張りなさい」

 ピースのやる気に火を着けようと誘導するエスティー。


「楽するために頑張る、か。りょーかい」

 ピースは笑顔でアクセルを全開にした。

 彼らの体にはグッと重たい重力が圧し掛かる。





 しかし運の悪い事にターゲットの車が通ったところで、前の信号は黄色から赤に変わる。

「くそっ!」

「ピース!」

 エスティーはポーチから何かを取り出しピースに差し出す。


「はいよ」

 彼はそれを横目で確認して受け取ると、急ブレーキをかけて停車。

 車から飛び出すと、腰から一丁の銃を取り出した。


「これはあんまり好きじゃないんだがな」 

 ピースはマガジンを開けると、エスティーから受け取った一発の弾丸を装填する。

 そして撃鉄を指で起こすと、真剣な表情で狙いを定めた、そして……


「笑ってくれよ女神様」

 そう呟くと同時にトリガーを引いた。

 大きな銃声と共に放たれたその弾丸は、一直線にターゲットの車へと飛んで行き見事着弾。

 それを確認するとエスティーは

「早く乗って、追いかけるわよ」

 と、ピースを急かした。


「はぁ……人使いの荒いお嬢さんだ」

 ピースはやれやれと少し眉根を寄せた。





 ピースが放った弾丸は超小型発信機が内臓された弾丸だ。

 その発信機からの電波をエスティーの持つパソコンが受信する。


「そこを左よ」

 彼女の持つノートパソコンの画面には地図が映し出され、その地図上に赤い点でターゲットの乗り込んだ車両の位置が示されている。


「で、その政治家ってのは誰なんだ?」

「政界の重鎮、ホーン・ブリッジよ。テレビでもよく映ってるから、政治に興味の無いあなたでもさすがに知っているでしょう?」

「…………あのじーさんが」

 ピースは目を細め低い声で呟いた。


「何か言った?」

「いいや、続けてくれ」

 エスティーは画面を見ながら再び話し始める。


「どうも裏でマフィアに不正な資金援助をしてもらっていたみたいね」

 彼女はそう言いながら高速でキーボードを叩く。


 すると今まで画面いっぱいに映っていた地図が半分になり、もう半分にはターゲットのものと思われる老年の男の写真と、男の軽いプロフィールが映し出された。


「彼はスラムの治安改善を掲げ、志を同じくした団体やスラムの人間から絶大な支持を誇っていた。

 でも彼のスラムの治安改善をするためなら何でもするという意思、実際に犯罪スレスレの行為をたびたび繰り返していたわ。

 それのせいで周りの政治家やそれに連なるその他要人からは煙たがられ、かなり敵を作ってしまったのね。

 で、何とかしてホーン・ブリッジ氏を今の座から引きずり下ろしたい彼らは、ホーン氏のスキャンダルを握ろうと監視の目をつけてそのチャンスを伺っていた」


「それで今回とうとうスキャンダルが明るみに出たと」

「そう。で、今朝警察がホーン氏の事情聴取をするため彼に会いに行ったけど、事務所も自宅も別荘も、もぬけの殻、逃亡の線を疑って急遽手配書を発行したみたいね」

 それを聞いてピースはあざけるようにフッと鼻で笑った。


「……しかしそんな有名な人物くらい賞金稼ぎに頼らず、自分たちで捕まえようと思わないもんかねえ」

「朝言ったでしょう新着の情報がたくさん来てるって。今、町では同時多発的に事件が起こっているの。都内ビル爆破予告、首相の殺害予告、バスジャック、銀行強盗、その他大きいものから小さいものまで様々。

 そのせいで他方に人員を割かれて警察も手一杯なのよ」

 まあそうでなくとも警察は腰が重く、あまり頼りにはならない。


「それが偶然か、それともホーン・ブリッジを逃がすための陽動か」

 エスティーは喋りながらも高速でキーボードを打ち込み、情報をかき集めていた。


「関係ないのもあると思うけどきっと後者ね。一見散発的に見えるこれらの事件、でも犯人や容疑者のほとんどがスラムかマフィアの人間よ」

「ずいぶん人気者だねえ。で、その人気者は今どこに」

 ピースは横目でチラッと画面に映っている地図を見る。


「未だに国道を直進中よ」

「いったいどこに行くつもりだ」

「ちょっと待って……」

 エスティーは地図を再び画面いっぱいに映すと、画面を縮小し全体が見渡せるように切り替えた。


「この先にあるのは港の倉庫街よ」

「まさか船で国外逃亡でもするつもりか?」

「かもしれない、船に乗られたら私たちではどうしようもなくなるわ」

 エスティーは急げというようにピースを見つめる。

 ピースは彼女の視線に少し渋い顔をしたがしかし、腹をくくったのか何なのかにっと笑顔を見せた。


「で、肝心な事を聞いてないが?」

 そう、彼ら賞金稼ぎにとって肝心なのは金、賞金額だ。


「生け捕りで、100万Gゴールドよ」

「はぁ、仕方ないもうちょっと無理するか。頑張ってくれよ」

 ポンポンと車のドアを叩くと、アクセルを思いっきり踏み込んだ。

 そして大きなエンジン音を響かせながら、前を走る車の間を縫うようにして無理やり走り、先を急いだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ