誰が殺した
「貸した金を返せ」
それが私の仕事。
融資をして、返済が滞っている人に督促をする。
なるべく穏便に返済してくれると助かるんだけど、理由をつけては返さない、延期する人には、どうしたって強硬手段に出ざるを得ない時もある。
すごく胸が痛む。
きっとその人だって、悪気があって返済しないわけじゃないと思うんだ。
でも返してもらわなければいけない。
それが苦痛だった。
帰宅すると、家事をする夫と目が合う。
仕事をしない夫は、適度に家事をするが、結局後片付けをするのは私だ。
「俺のしたことにケチをつける気か」
夫は暴力をふるうようになった。
家にいても苦痛だった。
私には持病がある。
精神科に通っているが、通う度に薬が変わり、ある時は量が増え、飲むことさえ鬱陶しくなる。
そのうち、飲み物すら喉を通らなくなり、薬も飲めなくなった。
体調は更に悪化した。
休みの日。
夫は浮気相手に会いに出かけて行った。
子供たちは学校へ行っている。
私はひとり居間に寝転がって、見てもいないテレビをつけたまま、真っ白になった頭を床に転がしていた。
「久しぶりに薬を飲もうかな」
手に取った薬の袋には、大量の飲み損ねた薬が入っていた。
どの薬を何錠飲むのかも、すっかり忘れてしまっている。
説明書が同封されているが、読んでも頭に入ってこない。
適当な薬を取り出し、適当な数だけ口に放り込む。
水が喉を通らない。
無理矢理飲み込むと、喉でひっかかった薬にむせてしまった。
別の薬を取り出して飲み、またむせる。
何度もそれを繰り返しているうちに、水が喉を通るようになった。
薬を楽に飲める。
それだけで少し体が楽になった気がした。
私は残りの薬を飲み続けた。
何種類もある薬を、適当な数だけ飲んで、床に散らばった薬を見ては次に飲む薬に悩んで、とりあえず手元にある薬から飲んだ。
どれを飲んだかわからない。全種類を飲まなければ意味がない。だから飲む。これも。これも。
デートから帰ってきた俺を待っていたのは、つけっ放しのテレビと、床に寝転がった妻の姿だった。
「洗濯くらいしろよ」
俺はそう怒鳴りつけ、妻の背中を蹴った。
妻の体はそのままうつぶせに倒れたが、起きる気配がない。
「おい」
たたき起こそうとして、床が濡れていることに気付いた。
妻が失禁している。
「おい…」
足元に投げ捨てられた袋が目に入った。
その中には、薬の袋が入っていて、逆さにして取り出すと、すべての薬が無くなっていた。
確かこの中には、飲み忘れた薬が百錠以上残っていたはず。
「まさか…」
嫌な予感がした。
「おい」
妻の体を揺すって叫び、その冷たさに思わず手を引く。
「誰か…誰か!」
誰もいないとわかっていながら、虚空に向かって助けを呼ぶ。
「誰か…!」
誰かに助けを求める勇気も必要だと思うんだ。少なくとも私は、助けを求められる人になりたいと思っているんだ。




