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人形の館  作者: 蒼井七海
第二章 闇の中の少女
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 カタカタッ


 何か嫌な物音を聞いたせいで、ステラは否応なく目を開ける。小さく悲鳴を上げてから辺りを見回すが、変わったものは何もないし人はグループのメンバー以外誰もいない。相変わらずの瓦礫と絨毯が冷たくそこにあるだけだ。

 ほっと息をついた彼女は、その後物音の正体が風によって揺れた館の一部だと気付く。これだけ古い建物だ。そんなことがあっても怪しいことは何もない。

 周りは闇に包まれている。もう、深夜だろうか。このままもう一眠りしてもよさそうだが、なんとなく目がさえてしまったので起きておくことにする。ついでにこの場にいても何もないので、そろっと布団を抜けだして、館の中を散策することにした。結局あの時みたのはチェルシーの部屋だけだったので、ちょうどいい機会かもしれない。

 確認のため部屋を見回してみると、メンバー全員例外なく穏やかに寝ている……と、思われる。よし、と呟いて足音を忍ばせながら居間を出た。

(おお~……本当に何か出そうだな)

 見回して、最初に抱いた感想はそれである。よくホラー系の映画や小説に出てくるような内装だ。最初に見た時はこれっぽっちも思わなかったが、今にしてみればこういうのもなかなかスリルがあって楽しいかもしれない。少しだが、ジャックやトニーがこの手の話にのめり込む気持ちが分かった気がする。

(そういえばここって、トイレとかないのかな。あ、こういう豪華な館なら『衣装部屋』って呼ぶのかな?)

 思考を続けるうち、だんだん内容がどうでもいい方向へ逸れていく。ちょうどそれに気付いた頃、思考を正常にしてくれるような出来事が起きた。

『こんばんは。大きなお客さん』

 はっとして、振り返った。黒く見える木の廊下に、一人の少女が立っているのが見えた。金色の長い髪をふわりと揺らし、その少女は愛らしく微笑む。

「……どこの子かしら」

 なるべくやんわりとそう尋ねると、この少女は実にあっさりと言ってくれた。

「私は、チェルシーっていうの」

――えっ!?

 背筋が凍りつくような思いだ。あの話がどこまで真実かは知らないが、いずれにせよチェルシーはすでに死んでいる。つまりこれは……

(亡霊?)

 自分で考えておきながら、慌てて否定する。きっと同姓同名の誰かだ、と無茶苦茶な理由をつけて心を落ちつかせた。まあそんなわけないことは分かっているが。一方で、チェルシーと名乗った少女は怖いくらい穏やかに言ってきた。

「私、寂しいの。よければお友達になってくれない?」

「お、おともだち?」

 完全に震えた声で訊く。彼女はふんわり笑ってうなずいた。

「そう、お友達」

 そんな場合でもないと分かっている癖に、ステラは少し考え込む。亡霊と友達になるというのも奇妙な話である。あとで呪われたりしたらどうしよう、なんてあらぬことを考えたりもする。が、少なくともチェルシーに邪気はないようだ。だったら、合宿の間くらい『お友達』になってもいいんじゃないか、そんなふうに思えた。

 何より、こんな小さな子を放っておくのはかわいそうだった。ステラはゆっくりうなずく。

「わかった、いいよ」

 すると、チェルシーの表情が目に見えて明るくなった。「やったぁ!」と言って小さく飛び跳ねる様はかわいらしかった。近づいてきて、ステラの手を引く。

「ありがとう、おねえちゃん! さっそく私の部屋を紹介してあげるわ!」

「え、ええっ?」

――あなたの部屋ならもう見たけどっ!?

 などと言えるはずもなく。されるがままに、ステラはチェルシーの部屋へと引っ張り込まれた。

 やはり代わり映えのしない部屋である。ちなみにベッドなどの家具は瓦礫のままなのだが、彼女にそれを気にする素振りは見られなかった。とりあえず思い出したように、例のうさぎ人形を抱き上げる。にこにこ顔で紹介してくれた。

「この子は私の最初のお友達で、ミシェールっていうの!」

「そ、そうなんだ。かわいいね」

 冷や汗をかきながら言う。まさか、暗がりで見ると余計に不気味だね、などと本心をさらけだすわけにもいくまい。

 すると、少女の顔から笑みが消えた。まさか心を読まれた? などという不安がよぎるが、そうでもなかったようだ。

「でも、ミシェールはお人形だから、いっしょに遊べないの」

「っ! そ、そうだよね」

 慌てて言葉を返す。すると、チェルシーは微笑んだ。微笑んだといっても、先程までの子供らしい笑みからは程遠かった。妖艶な笑み、と表現するのが適切かもしれない。

 唐突な変化に戸惑うも、とりあえず少女の言葉を待った。やがて待っていた言葉が発された――

「うん、だから」


「チェルシーと一緒に遊んで?」

『この子のお友達になりなさい、人間』


「――っ!?」

 抑えようのない恐怖が押し寄せてきて、思わず震えた。目を見開いてチェルシーと、そしてうさぎ人形ミシェールを見る。

 確かに、確かに聞こえた。今、チェルシーの声に重なって別の声が。もしかしてあれはミシェールのものだろうか。だとしたら、その言葉の意味はなんだ? どうして、どうして……

(どうして『お友達』の一言が、こんなに恐ろしく聞こえるわけ?)

 今のステラにとっては、何気ない単語が『生贄』等の言葉と同義のように思えてしまったのだ。混乱する。訳が分からなくなる。だが、その間にもチェルシーは近づいてくる。人形を抱いたまま、ゆっくり、ゆっくり。

 声にならない悲鳴を上げて、ステラは後ずさりをした。だが、すぐに固い物にぶつかる。振り返ってみるとそれは、扉だった。

(いつの間にっ!?)

 心の中で問うているうちに、チェルシーの方が訊いてくる。

「どうして逃げるの? ねえ、どうして?」

 さっきとなんら変わらない声のはずなのに、すごく恐ろしかった。ぬいぐるみがミシェールだと分かった時の比ではない。下手したら死ぬ今のような状況でなければ、その場にへたり込んでいるところだ。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)

 唱えても何も見つからない。そのうち、チェルシーが、そしてミシェールが叫んだ。


『お友達になってくれるって、言ったのにいいいいいいいいいいいいいいい!!』


 だめだっ!

 本気でそう思った瞬間。

『おい、何ぼさっとしてる! しゃがめステラ!!』

 扉の向こうからくぐもった声が聞こえた。ようやく我に返ってさっと身をかがめる。同時に、可愛らしい扉がすごい勢いで蹴り開けられた。それによりチェルシーの動きが止まる。

『……だれ?』

 相手はその質問に答えず、不敵に笑って言った。

「うさぎ人形さんや。これはなんのパーティーだ?」

 嫌という程耳にしてきた声にはっとしてステラが顔を上げると――そこには、余裕の笑みをたたえた少年、レクシオの姿があった。


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