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「あら、面白そうじゃない? 行ってくれば?」
養母は実に気楽に言ってくれた。彼女と一緒になって、今晩のおかずであるミートパイを皿に盛りつけながら、ステラは盛大に顔をしかめる。
「ミントおばさんって、ホントにそういう話が好きよね」
ほんの少し皮肉も込めて言ったつもりだったが、ミントおばさんはふふっと笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。その代わり、流し台で調理器具を洗っていた小さな女の子が同意する。
「本当だよね~。年に一回、必ずみんなを集めて『カイダン』大会を開いちゃうくらいだもん」
今、ステラがいるのは学院のある帝都の端にぽつんと立っている孤児院だった。ステラ自身小さい頃に預けられてここで育てられたのだが、自分で学院に通いつつ剣を振るっている今は、居場所を提供してもらう代わりにここで手伝いをしている。
ちなみに最近、レクシオもここで育ったのだという意外な事実が明らかになった。余談だが、彼は今、特別な援助を受けて学院の寮で暮らしている。
そして今回夏季合宿に行くに当たって、一応養母のミントおばさん――当然だが、愛称である――に許可を取ろうと話を持ち出してみたのだが、ジャック同様オカルト好きな彼女は、快諾してくれた。気楽に承諾した、とも言うかもしれない。
あまりにも気楽過ぎて逆に納得がいかないステラに、彼女は夕飯をテーブルの上にてきぱきと並べながら言う。
「だってステラちゃん、最近本当に強くなったじゃない。何があっても対処できるわよ」
ジャックと同じようなことを言う。でも、本当にそうなのかもしれないというちょっとしたうぬぼれもどこかにあった。
昔から剣を握ることが好きだった彼女は、学院に入っても武術科という『科』に属し、実践的な授業を多く受けている。完全に剣術の道を選んだのだった。その代わり頭は空っぽだったが、そちらの方も最近では例の幼馴染のおかげでよくなりつつある。
すっかり暗くなった外をちらりと見つつ、「分かったよ」と言った。ミントおばさんは勝ち誇ったような笑みを浮かべてから、孤児院のみんなを呼び集める。
わらわらと集まってくるちびっ子たちを眺めながら、呟きをもらした。
「にしても、気になるわねぇ。その館」
「だよね」
短く同意を示す。同時に違和感を覚えた。何気ない会話のはずなのに、おばさんの表情が険しくなった気がしたのだ。
「レク君の力が、ひょっとしたら役に立つかもしれないわ……」
「――え?」
小さな、小さな呟きだった。だが、すごく重要なことを言われた気がする。思わず反問するが、それに気付いて顔を上げた時のおばさんの表情は、いつもの穏やかな養母のものに戻っていた。
「なんでもないわよ」
彼女はそう言うと、食卓につくよう促してきた。
そして、わずかな疑問を抱きつつもその日を迎えることとなる――。
初夏の訪れを告げる爽やかな風が、ステラの白い頬をなでた。黒い双眸を瞬きつつ、彼女は手で長髪をおさえた。
あれから一週間後、ジャックに言われた通りステラはメルス市自然公園にやってきていた。その名の通りそこらの公園にある遊具はまったくといっていいほどなく、あるのは草木と花とベンチくらいのものである。一応これでも女の子の性分が残っているのか、この手のものの観察は嫌いでもないステラは、のんびりとみんながやってくるのを待っていた。
ちなみに。ステラの服装は学生服などではなく、白い半そでワンピースに茶色のサンダルであった。いつもと違いほんの少し上品だった。
ひとつ大きく背伸びをすると、座っているベンチが少し軋む。うげ、と少女らしくない声を出してうめいた時だった。
「おーっす! 早ぇなー!」
そんな声が公園の入り口から聞こえてきた。誰かは想像できたので、肩をすくめて名を呼んでやる。
「気まぐれよ。それよりあんたも随分と早いじゃない、レク」
言ってからちらりと時計を見ると、時刻はまだ八時十分だった。あいて、レクシオもそれに気付いたのか、肩に担いだ旅行用の小さめの鞄を持ちなおしながら言ってくる。ちなみに、こちらへと歩きながらだ。
「いや~。ジャック団長だったら、張り切ってこのくらいの時間にくるかなぁ、と思ってな。けど、張り切ってたのはステラの方か」
「……………否定はしないけど」
憮然としてそう返す。それから、自分の足元にあるトランクを軽く持ち上げた。いつの間にか、表情は笑顔になっていた。
「場所がどうであれ、合宿は合宿だもの。気合が入るわよ!」
「そーいや、おまえそういうの好きだったな」
自分のことを最もよく知る少年は、完全に隣まで来てから苦笑した。ただ、そういう彼の表情もどこか楽しげである。いつも一人でいることが多いのでこういう催しは好きじゃないかと思っていたのだが、そんなわけでもないらしい。
ここで気になり、尋ねてみた。
「そういやあんたって、学院でも一人でいること多いわよね」
まずそう切り出すと、相手は緑の目を瞬きながら、おう、と答えた。なんとなくこちらの言いたいことを察しているようで、理由を考えるようなそぶりをしている。
構わず続けた。
「あれって、なんで?」
しばらく、答えは返ってこなかった。お互いの間によく分からない沈黙が広がる。しばらくレクシオは後ろ髪をいじりつつ考えていた。そしてステラはその答えを待っていた。
やがて、レクシオの方が重い口を開く。
「………自分でもよく分かんないんだけどさ、そうしていた方が落ち着くっていうのかな」
「それってやっぱり、一人が好きってこと?」
あとから『やっぱり』という言葉を使ってしまったことに気付いて自らの失敗を悟ったステラだったが、幸いレクシオの方は意に介しておらず、ただ首をゆるゆると振って続けた。
「多分それは違うな。みんなでじゃれあうのは楽しいし、このグループ活動もなんだかんだ言って好きだから、独りが好きってワケじゃあないと思う。……『好き』と『落ち着く』って全然意味合いが違うだろ?」
「――そっか」
意味深な言葉を完全にのみこむことができず、それしか答えることはできなかった。さてどうして切りかえしてやろうかと思ったが、その前に再び幼馴染が声を出した。
「あくまで予想だけどな。一人でいることに慣れすぎちゃってるんだと思う。孤児院の時代からずっとそうだったから……ま、それなりの理由があるんだけど」
その時の表情を見て、ステラははっとした。普段なら絶対に見せない、悲しげな顔。口はなぜか、自嘲的な笑みに彩られている。
――もしかしたら。
(私も知らないような秘密が、あるのかもしれないなぁ)
ぼんやりとそう悟って、再びレクシオの顔を見上げた。いつもの子供っぽい彼に戻っていて少し驚くと同時に、なぜかほんのちょっぴり切なくなった自分がいた。
その場に嫌になるほどしんみりとした空気が漂う。だが、幸か不幸か思わぬ乱入者によってブチ壊されることになる。
「おやっ。二人共もう来てたのか」
「早いなぁ」
「反対しなかっただけあって、張り切ってるわね」
入口から聞こえてきた声に驚き、思わず二人で顔を見合わせてしまった。それから入口を見ると、予想通り『クレメンツ怪奇現象調査団(ジャック命名)』の面々が立っていた。三人ともやはり、旅行用の大きな鞄をさげている。
ちらりと時計を見てみると、時刻はまだ八時三十分であった。結局グループの全員が予定時刻よりかなり早く来てしまったのだ。
無論、その後軽く今後の予定などを話した後に強制的に合宿開始となった。
まずは館に行くため少しだけ山登りをして、ほとんどの人間が疲れ果てた。