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連続投稿失礼します。今日だけ。
この日の天気は快晴だった。青く澄み渡った空に、白っぽくも見える太陽が輝く。この星に恩恵をもたらすその大きな星は、今日はいちだんと熱を発していた。そろそろ夏が近づいているのかもしれない。いや、かもしれないではない。時期的にもそろそろこのクレメンツ帝国学院が夏休みに入る頃である。
そんなわけで浮かれる生徒が多い中、ステラ・イルフォードの心は沈み切っていた。栗色の長い髪が乱れることも気にせず机に突っ伏している。その手には何やら折りたたんだ紙がにぎられている。表紙には帝国の公用語で『成績連絡表』と書いてあった。それを持つ彼女の手は、小刻みに震えている。別に怒っているとかそういうわけではないのだが、とりあえず震えていた。
しばらくそんな体勢を続け、ようやく口から言葉が漏れた。
「あ~……だめだ。今回もほんっとダメだ。宮廷に仕えるとか、多分一生無理だ~」
それは愚痴のようなものであった。呟いて何かが変わるわけではないが、呟かずにはいられない。
ちなみに成績連絡表には今学期間の成績や先生からの評価と、数回にわたり実施された定期テストの結果と順位が載っていたりする。
「よ~う。どうした? 暗い顔して。腹でも減ってんの?」
すっかり落ち込むステラの背後から、底抜けに明るいそんな声が聞こえてくる。彼女が顔を上げると、そこには嫌というほど目に焼きついた顔があった。
「ちょっとレク。あたしはそんな食いしん坊じゃないっつーの」
悪戯っぽく光る緑の双眸を睨み、憮然として言い返す。ステラの幼馴染であるレクことレクシオ・エルデはそれを聞き、子供っぽく首をかしげた。
「そうかぁ? 俺から見れば、おまえはいつも結構食ってる気がするんだが」
「あんたが少食なだけでしょうに」
半眼で相手の童顔を見て、ため息をつく。ステラもレクシオも今年で十六になるのだが、この幼馴染は背も低いうえに顔が幼いため、それより下に見られがちである。しぐさもいちいち子供っぽいところがあり、本当に小さい頃からの付き合いだというのにステラも軽く年齢を忘れかけることがあった。
今は本当ならそんなことはどうでもいい。が、レクシオのことを考えて大いに気が紛れたのは事実だった。すぐに問題を思い出し、嘆息するはめになったが。しかもこんな時に限って、目の前の少年は持ち前の勘の良さを発揮した。屈託なく笑い、訊いてくる。
「ところで、期末テストの結果はどーでした?」
「うっ…………」
思いきり言葉につまった。今まさに、それについて落ち込んでいたところなのである。ちなみにレクシオはわりと頭が良い方で、順位はトップとまではいかないが学年でかなり上の方だ。……今の様子を見る限り、ちょっと信じられないが。
そんな秀才君に自分の順位をばらすのは気が引けたステラであったが、隠してもしょうがないので素直に言う。
「百五十位……」
すると、相手の緑色の瞳が光った。とても嬉しそうに。
「おっ!? 三百人中の百五十位って、結構上じゃねー? よかったな、成績上がったな!」
「…………」
彼の称賛にステラは眉をひそめた。正直嫌味に聞こえるのである。ただし、レクシオにはこれっぽっちも悪気はない。心からの褒め言葉だ。彼が嫌味を言う人間でないことは、ほかならぬステラが一番よく知っている。それゆえにどう返していいのかわからず、押し黙ってしまった。すると、幼馴染は敏感にもこちらの心中を察したのか、腕組みして話題を変えてきた。
「その調子でいけば、多分宮廷の試験にも合格できるぞー。……あ。そういえば、ジャックの奴がグループの人間に通達してくれって言ってたな」
「ジャックが? 激しく嫌な予感がするけど、なぁに?」
思わぬ名前が出てきたところで、ステラは本格的に顔を上げて目を瞬いた。ジャックというのは、同級生の男子のことである。それもただの同級生ではなく、二人にとっては友達ともいえる存在だ。確かいいところの坊っちゃんだった気がするが、それを台無しにするくらい変わった物が好きな人である。変わったものというのは、いわゆる幽霊やら悪魔やらの類と、それが出てくる話や場所のことだ。
変わり者で時々周りの人間が引いてしまうくらいの勢いを見せるため、正直言ってステラもレクシオも苦手としているが、良い人には変わりないために付き合いを続けている。
幼馴染は、前髪を手で持ち上げてそんなジャックの言葉を告げた。
「うん。『グループの者たちは、放課後に特別学習室へ集合! 大事な話がある』だそうで」
「大事な話って……またグループ活動の関係かしら?」
頭を抱えてステラが呟くと、「だろうなぁ」とあさっての方向を見ながらレクシオが同意した。
グループというのは、言わば同好会のようなものである。帝国学院の人間は好き好きにグループを作り、人を集め、放課後や休日に活動する。ステラたちが所属するグループのリーダーは言うまでもなくジャックで、いつも彼を中心に五人程度で活動している。内容は完全に彼の趣味であり、つまるところ幽霊や悪魔が出るといわれる場所の調査が中心となってくる。
そう言ったものには一応興味がある二人は、ほかに良いグループが無かったのでここに参加してみている次第だ。とりあえずステラは、その中で情報収集・及び伝達係を命じられている(らしい)レクシオに尋ねた。
「今回は何するのよ~。レク、あんた何か聞いてない?」
すると、彼がようやくステラに向き直る。思い出すように考え込んでいたが、やがて言った。
「確か……『人形の館』への潜入調査とかなんとか」
耳に馴染みのない言葉に、思わず首を傾げた。
「人形の館? 何それ」
雑学にやたら詳しい彼に訊いてみるが、「さあ?」と首をひねられただけだった。