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人形の館  作者: 蒼井七海
第五章 人形の館
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3

 その後の準備は手早く行われている様子だった。魔導科の人間がこそこそと人形があるチェルシーの部屋に入っていく様が気配で感じ取れたし、レクシオも合流したのだ。

「……また、記憶の中をのぞいたのかと思った」

 ミシェールを見た瞬間、彼はそう口走った。それに対して、少女は無邪気に微笑んで「あなたも悪趣味よね」などと言ったものである。思わず声に出して笑ってしまった。

 そのうち、ジャックが「始めるけど、いいかい?」と顔を出して訊いてきた。ステラがミシェールの方を見ると、彼女は終わりをかみしめるかのようにゆっくりとうなずく。ジャックは満足そうな顔で部屋の中に顔を引っ込め――そして、儀式が始まった。

 魂を元に戻す魔導術は、もともと魂を封じ込められたものと、術を発動するための形ある媒体が必要なのだそうだ。アナ、チェルシーの母が逆のことをした時のように札を使ってもいいのだが、まだまだうちの魔導科生は未熟というのもあって、今回は魔力が安定する魔法陣を使用することにしたらしい。魂の入っている物体を中心に置き、そこに一定の量だけ魔力を流し込む。そしてそこにミシェールの強い意志が加われば、術は完成するそうだ。

 魔力の流し込みが始まる。同時に、館の中が青い光で包みこまれた。寒色のはずなのに、その光を見ていると不思議とあったかい気持ちになってくる。邪を払う象徴としての青だからだろうか。光は、少しずつだが強くなっていった。部屋の方から、パチパチという何かの爆ぜるような音も聞こえてくる。

 終わりが、近づいている。

 ステラがそう思うと同時に、隣の幼馴染が「あっ」と声を上げた。反応して顔を横に向けてみると、ミシェールの薄い体がさらに薄くなっている。魂の解放が、始まったのだ。

「ミシェール」

 もう、言うことなどなかったはずなのに。ステラは不思議と名前を呼んでいた。彼女が、透き通った瞳をこちらに向ける。一瞬何を言おうか迷ったが、結局は少しおどけてやることにした。

「ちゃんと、チェルシーと仲直りしなさいよね?」

 すると、案の定彼女に笑われた。かわいらしい声だ。

『チェルシーと同じところに行けるって保証はないけど……頑張ってみるよ』

 それでも一応、真っ当に答えてくれる。そんな彼女が、ほんの少し好きになった。


 光が、ひときわ強くなる。


 同時に、ミシェールの霊体も消滅が始まった。ステラとレクシオが息をのんで消えゆくその姿を見ていると、彼女は弱々しく微笑んで言った。

『ご迷惑をおかけしました。そしてありがとう……ステラ、レクシオ』

「――!?」

 思わず目を瞠った。どうして、と言おうとしたがもう遅い。彼女の体は最後に一度白く光ると、本当に消え去ってしまった。同時に、青い光も消えていく。

 ステラはそっと、絨毯に視線を落とした。胸のあたりをぎゅっとつかむ。

「名前……覚えててくれてたんだね」

「俺はあれかなぁ。記憶をのぞいたときに、個人情報のぞきかえされたかなぁ」

 隣でふざけたことを言う幼馴染の表情も、嬉しいような、悲しいような、複雑で曖昧なものだった。


 魂の解放が済んだという報せを聞き及んだ二人が部屋に入ると、そこでは魔導科三人組が、魔法陣を消すという作業に勤しんでいた。

「おお、二人か。儀式は今終わったところだよ」

 ジャックは相変わらず清々しそうな顔である。だが、その横では、ナタリーが満足げな顔で床をふいていた。

「あ~、すご! あんなでかい魔導術、初めて試したよ! この調査団にいてよかったぁ」

「現金なやつだよな、おまえって」

 レクシオがぽつりと突っ込む。まったくだ。ステラはそんな下らないやり取りを見てから、ふとベッドの脇に視線を戻した。そこには、いつの間に戻されたのかうさぎがいた。相変わらず首をもたげているが、そこには最初感じたような不気味さがない。本当に、ただの人形になっていた。

(終わったんだ)

 改めて感じる。

 数多の噂がささやかれ、恐れられた幽霊屋敷が、本当にただの『人形の館』になったんだ――と。


          ☆


 ミシェールが目を開けると、そこは真っ白な空間だった。首をかしげて辺りを見回すが、何もない。「なんだろ、ここ」と呟いている時、誰かが近づいてくるのを感じた。

「ミシェール」

 聞き覚えのある幼い声に、はっと顔を上げる。そこには、予想通りの女の子がいた。相変わらず優しい顔でこちらを見ている。思わず、目を伏せてしまった。

「チェルシー……ごめんね。わたし、ちょっと暴走しちゃったかも」

 だが、意外にも親友は怒らなかった。それどころか、申し訳なさそうに言う。

「ううん。あの時、微かにでも怯えを見せた私が悪かったの。それどころか、病気になる前、あなたと過ごした時間さえ忘れて……」

 何か言おうとした。けれども、何も言えなかった。そのうちチェルシーが勝手に続ける。

「でも、私はあなたのこと、一度も嫌ったことはない。お母さんやお父さんは、後ろ暗さのせいか喋る人形だったあなたを毛嫌いしたけど、私はそんなことなかった。もちろん、人間のあなたと過ごした時間も、とても幸せで、大好きだった」

「チェルシー……」

 名を呼ぶと、親友は温かく微笑んだ。チェルシーだ。昔、一緒にはしゃぎ回った頃のチェルシーがここにいる。

「それに、今ミシェールがここにいるってことは、いい人たちに出会えたんだよね」

 いきなり言われて、ミシェールはびっくりした。だが、すぐに笑う。あの帝国学院生の姿を思い出したのだ。

「あ~、うん。ちょっと変わった人たちだったけどね。最後にして、最高の出逢いだったと思う」

「そっか」

 返ってきた言葉はそれだけだった。余計な飾り気のない、素直な返事。やはり、あの頃の少女がここにいる。

 そして彼女は、幸せな毎日を過ごしていたころと同じ笑顔を見せ、同じようにこう訊いてきた。


「さて。それじゃあミシェール、今日は何して遊ぶ?」


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