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その後の準備は手早く行われている様子だった。魔導科の人間がこそこそと人形があるチェルシーの部屋に入っていく様が気配で感じ取れたし、レクシオも合流したのだ。
「……また、記憶の中をのぞいたのかと思った」
ミシェールを見た瞬間、彼はそう口走った。それに対して、少女は無邪気に微笑んで「あなたも悪趣味よね」などと言ったものである。思わず声に出して笑ってしまった。
そのうち、ジャックが「始めるけど、いいかい?」と顔を出して訊いてきた。ステラがミシェールの方を見ると、彼女は終わりをかみしめるかのようにゆっくりとうなずく。ジャックは満足そうな顔で部屋の中に顔を引っ込め――そして、儀式が始まった。
魂を元に戻す魔導術は、もともと魂を封じ込められたものと、術を発動するための形ある媒体が必要なのだそうだ。アナ、チェルシーの母が逆のことをした時のように札を使ってもいいのだが、まだまだうちの魔導科生は未熟というのもあって、今回は魔力が安定する魔法陣を使用することにしたらしい。魂の入っている物体を中心に置き、そこに一定の量だけ魔力を流し込む。そしてそこにミシェールの強い意志が加われば、術は完成するそうだ。
魔力の流し込みが始まる。同時に、館の中が青い光で包みこまれた。寒色のはずなのに、その光を見ていると不思議とあったかい気持ちになってくる。邪を払う象徴としての青だからだろうか。光は、少しずつだが強くなっていった。部屋の方から、パチパチという何かの爆ぜるような音も聞こえてくる。
終わりが、近づいている。
ステラがそう思うと同時に、隣の幼馴染が「あっ」と声を上げた。反応して顔を横に向けてみると、ミシェールの薄い体がさらに薄くなっている。魂の解放が、始まったのだ。
「ミシェール」
もう、言うことなどなかったはずなのに。ステラは不思議と名前を呼んでいた。彼女が、透き通った瞳をこちらに向ける。一瞬何を言おうか迷ったが、結局は少しおどけてやることにした。
「ちゃんと、チェルシーと仲直りしなさいよね?」
すると、案の定彼女に笑われた。かわいらしい声だ。
『チェルシーと同じところに行けるって保証はないけど……頑張ってみるよ』
それでも一応、真っ当に答えてくれる。そんな彼女が、ほんの少し好きになった。
光が、ひときわ強くなる。
同時に、ミシェールの霊体も消滅が始まった。ステラとレクシオが息をのんで消えゆくその姿を見ていると、彼女は弱々しく微笑んで言った。
『ご迷惑をおかけしました。そしてありがとう……ステラ、レクシオ』
「――!?」
思わず目を瞠った。どうして、と言おうとしたがもう遅い。彼女の体は最後に一度白く光ると、本当に消え去ってしまった。同時に、青い光も消えていく。
ステラはそっと、絨毯に視線を落とした。胸のあたりをぎゅっとつかむ。
「名前……覚えててくれてたんだね」
「俺はあれかなぁ。記憶をのぞいたときに、個人情報のぞきかえされたかなぁ」
隣でふざけたことを言う幼馴染の表情も、嬉しいような、悲しいような、複雑で曖昧なものだった。
魂の解放が済んだという報せを聞き及んだ二人が部屋に入ると、そこでは魔導科三人組が、魔法陣を消すという作業に勤しんでいた。
「おお、二人か。儀式は今終わったところだよ」
ジャックは相変わらず清々しそうな顔である。だが、その横では、ナタリーが満足げな顔で床をふいていた。
「あ~、すご! あんなでかい魔導術、初めて試したよ! この調査団にいてよかったぁ」
「現金なやつだよな、おまえって」
レクシオがぽつりと突っ込む。まったくだ。ステラはそんな下らないやり取りを見てから、ふとベッドの脇に視線を戻した。そこには、いつの間に戻されたのかうさぎがいた。相変わらず首をもたげているが、そこには最初感じたような不気味さがない。本当に、ただの人形になっていた。
(終わったんだ)
改めて感じる。
数多の噂がささやかれ、恐れられた幽霊屋敷が、本当にただの『人形の館』になったんだ――と。
☆
ミシェールが目を開けると、そこは真っ白な空間だった。首をかしげて辺りを見回すが、何もない。「なんだろ、ここ」と呟いている時、誰かが近づいてくるのを感じた。
「ミシェール」
聞き覚えのある幼い声に、はっと顔を上げる。そこには、予想通りの女の子がいた。相変わらず優しい顔でこちらを見ている。思わず、目を伏せてしまった。
「チェルシー……ごめんね。わたし、ちょっと暴走しちゃったかも」
だが、意外にも親友は怒らなかった。それどころか、申し訳なさそうに言う。
「ううん。あの時、微かにでも怯えを見せた私が悪かったの。それどころか、病気になる前、あなたと過ごした時間さえ忘れて……」
何か言おうとした。けれども、何も言えなかった。そのうちチェルシーが勝手に続ける。
「でも、私はあなたのこと、一度も嫌ったことはない。お母さんやお父さんは、後ろ暗さのせいか喋る人形だったあなたを毛嫌いしたけど、私はそんなことなかった。もちろん、人間のあなたと過ごした時間も、とても幸せで、大好きだった」
「チェルシー……」
名を呼ぶと、親友は温かく微笑んだ。チェルシーだ。昔、一緒にはしゃぎ回った頃のチェルシーがここにいる。
「それに、今ミシェールがここにいるってことは、いい人たちに出会えたんだよね」
いきなり言われて、ミシェールはびっくりした。だが、すぐに笑う。あの帝国学院生の姿を思い出したのだ。
「あ~、うん。ちょっと変わった人たちだったけどね。最後にして、最高の出逢いだったと思う」
「そっか」
返ってきた言葉はそれだけだった。余計な飾り気のない、素直な返事。やはり、あの頃の少女がここにいる。
そして彼女は、幸せな毎日を過ごしていたころと同じ笑顔を見せ、同じようにこう訊いてきた。
「さて。それじゃあミシェール、今日は何して遊ぶ?」




