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今日の夜空は晴れ渡っていた。瓦礫だらけの部屋に首をもたげる人形から、ミシェールはす~っと抜け出す。昨日と同じように、生前の自分の姿になっていた。それから妖艶に微笑み、一人呟いた。
『ふふ。お友達を作るにはちょうどいい日よりね』
それからゆったりと進み始めた。だが、足を動かしてはいない。ただ滑るように動いているだけだ。物音も、一切しない。
ミシェールは今、部屋を出た。そして驚きのあまり目を見開く。今は人がいるはずのそこに、誰もいないのだ。それどころか元々そこにいた形跡すらない。あの若者たちが来る前の屋敷に戻ってしまったかのような静けさである。
まさか……逃げだしたか?
そんな考えが脳裏をよぎり、途端にがっかりした。ほう、とわざとらしくため息をつく。せっかく、肉体が消えうせたことで得た『霊力』を、存分に使いかたったのに。――だが、そこで意表をつくように足音が聞こえてきた。ふと顔を上げて、音のした方を見る。そして、口元に笑みを刻んだ。
少女の予想は、いい意味で外れたのだ。
『そう。逃げるんじゃなくて、正面切って戦いを挑もうというのね?』
視線の先には、昨夜も見た、栗色の髪の少女が立っていた。右手には少し太くて長い木の枝がにぎられている――。
『いい、実にいいわ、人間! その棒っきれでどこまでやれるか、わたしに見せてちょうだい!』
☆
ミシェールの哄笑を聞いて、ステラは眉をひそめた。が、不思議とそこに恐怖の感情はない。真実を知ってしまったからなのか、覚悟を決めたからなのか、それは分からないが。
とにかく、真っすぐに向き直った霊体少女を見て、口を開いた。
「ねえミシェール。あなたは今の自分、どう思っているの?」
彼女がきょとんとしている。質問の意図を測りかねたのだろう。だが、すぐに自嘲的な笑みを作って答えてきた。
『そうね。一言で表せば、醜さの塊ってところかしら』
(ああ、そうか……)
一応武器として持ってきた木の棒をだらりと下げながら、ステラは少女を見つめた。
醜い。おそらく、人形になり果ててしまった自分が。
醜い。元凶である女性の歪んだ行動が。
醜い。憎しみと悲しみのあまり、霊力をもってして屋敷を焼いてしまったその行いが。
「ねえ」
ステラは再び、口を開く。ミシェールが訝しげに眉をひそめている。時間稼ぎか何かか、と勝手に解釈したのだろう。まあ、そう言うことにしておいても別に構わない。続ける。
「本当に、これでよかったの?」
館の居間を指で示し、問う。昔はきれいな建物で、というフェンおじいさんの言葉が思い出された。ミシェールは何も答えてこない。何を考えているのかも分からない。それでも、言葉をつむいだ。
「ここは、あなたとチェルシーの思い出がたくさんつまった場所だったはず。人形になったことで周囲に不気味がられたのが悲しかったのはわかるけど、だからといってこんなにしてしまってよかったの? それであなたの気は晴れたわけ?」
『黙れ』
ようやく望んでいた声が聞こえた。だが、言葉に従ってやる義理はない。
「もし答えがイエスであるなら、それでいいわよ。あなたの気持ちなんだから勝手になさい。だけど、答えがノーなら話は別。この行為はただのその場しのぎにすぎなかったということ。その場しのぎのせいで、あなたがすべてを失ったということ。この屋敷も、唯一の親友であったチェルシーも。あなたがその手で焼いて、消してしまった」
『黙れ』
「思えば、今やっていることも果たして本心から望んだことなのかしらね? たった一度目を背けられたくらいでムキになって全部消しちゃって、どうしていいのか分からなくなったから、仕方なくこんな血なまぐさいことやってるんじゃないの?」
『黙れ!!』
ほとんど絶叫に近い声をミシェールが吐き出すと同時に、大量の重い何かがステラを襲った。覚えがある。レクシオが「瘴気に似た物」と説明してくれたあれだ。前回一度浴びているせいか、今度はまだ立っていられる。木の棒をそこで構えた。すると、それは淡く青色に光り、重い瘴気もどきを防いでしまった。
『何……』
「今そうして激しているってことは、本心じゃないってことよね?」
驚愕するミシェールに、からかうように言ってやった。少しだけ少女の表情に動揺が走る。だが、彼女は青い瞳でこちらに問うてきた。生来の性格がまだ残っているのか、魂だけになってからそうなったのかは知らないが、気丈なものである。
『貴様、なんだそれは』
「驚いた? 魔導科に所属するうちの団員お手製の武器。ほんっと、こういう時はあいつらがうらやましくなるわー」
この棒を手渡す時に、団長が説明してくれた。「彼女はとうに肉体を、帰るべき場所を失い霊体となっている。ならば、僕らでいうところの『魔力』にあたる『霊力』を持っているはずだ。館を焼いたのも、瘴気もどきも、その霊力によっておこされているものだろう」と。そして面白いことに、魔力には霊力を退ける力があるらしい。それは、今の状況で立証された。
ミシェールが歯ぎしりをする。そして、瘴気を強め、怒鳴りつけてきた。
『どうせわたしは、嫌われた、成り損ないの人形だ。そんなやつがあの子にしてやれることなんて、このくらいしかないんだ!』
低い声だが、今までと違いどこか女の子っぽさが出た気もする。すぐに言いかえした。みしみしと木の棒が軋んだが、気にしていられない。
「チェルシーは本当に、あんたのこと嫌いになったのかしらね? ちょっと不気味なあの状況に、怯えちゃっただけなんじゃないの?」
『うるさいっ!!』
またしてもミシェールの怒声が飛ぶ。本当に容赦がなかった。お友達うんぬんを抜きにして、こちらを消しにかかったのかもしれない。
『デルタの小僧に何をふきこまれたのか知らないが、知ったふうな口をきくな!!』
最初の台詞がレクシオを指していることに時間がかかったし、少しその言い回しが気になったりしたが、すぐにどうでもよくなった。勢いに任せ、ステラは大きく踏み込み――届かないとわかっていても、ミシェールに向かって棒を振りかざした。
「いい加減に……しろ!」
雰囲気が、変わった。
そこに、いつものステラはいない。いるのは、ステラ・イルフォードという名を背負った一人の剣士だった。




