3
もうすっかり見慣れた部屋に踏み込んで、ステラはため息をついた。子供部屋らしいかわいらしい絨毯やベッドは既に瓦礫と化している。そしてそのそばには、件のうさぎ人形が首をもたげて座っている。ほとんど変わっていない風景。変わったところといえば、昨日の戦いの痕が生々しく残っている壊れた扉くらいのものだ。
今回で三度目の、チェルシーの部屋。初めて来たときは二度と入りたくない、などと思ったのだが、人生そう甘くはなかった。
幼馴染と一緒に部屋へ踏み込む。彼はぐるりと部屋を見回すと、うさぎの前にしゃがみこんだ。そして、目を閉じる。
「じゃあ、今からやるからしっかり見といてな」
彼はそれだけ言ってきた。ステラも、うん、とだけ返す。
その時、彼の手を淡い緑の光が包んだ。彼の瞳と同じ色。ステラは、思わず息をのんだ。
これを見るのは今回でやっと五回目くらいだろう。『読み取り』の魔導術――
☆
これはまだ、二人が学院に入ったばかりの時のこと。一年生の鍛錬合宿の際に起こったハプニングで、戦えなくなったレクシオをステラが助けたことがあった。その後に見たのが、『読み取り』の魔導術である。武術科生のくせに魔導術を使うものだから、とても驚いた。
『それ、なんでみんなに秘密にしてるの?』
ある日、院内の食堂でお昼時、ステラは眼前のレクシオにこんな質問をした。それは、正直な疑問だった。なんのための術かはよく分からないが、あれのおかげで事件に巻き込まれたみんなが救われたのは事実だ。せっかくすごい術を持っているんだから、もっと使えばいいのに。
しかし、スパゲッティをフォークに巻いていたレクシオは苦笑して、左手の人差し指を振った。
『いろいろと都合ってもんがあるんだよ。おまえらは過去の大戦のことを詳しく知らないからなんとも思わないかもしれないけど、先輩とかにばれたらおっかないことになる。だから話さないんだ』
『へぇ……あの力、大戦と関係があるの?』
その手の歴史の授業が当時大嫌いだったステラは、先生の話をまともに聞いていなかった。もしかしたら豆知識程度に出されたかもしれないが、全く知らない。
そんな訳で問うと、彼は曖昧な表情を浮かべて「まーな」という。ステラは、大人しく引き下がった。
――こういう顔をするときは、何か悲しいことを思い出した時だ、というのを彼女は知っている。
レクシオと付き合い始めてからまだ日が浅いものの、そのくらいのことは分かってきた。こいつはだいたい何を考えているか分からない顔をしていることが多いが、それでもわかりやすい時はわかりやすいという非常にややこしい性格の奴だ。
もしかしたら今後も付き合うには根気がいるかもしれない。
そう思ったステラは、気付かれないようにひっそりとため息をついた。それから、自らが今日のメニューに選んだオムライスをスプーンで割りつつ、ふと思ったことを訊いてみた。
『そういえばさ、レクシオの能力ってどんなものだっけ?』
相手は麺を中途半端にくわえた姿勢で顔を上げる。ちゅる、とそれを吸い込んでから、肩をすくめた。
『合宿中に軽く話しただろうが』
『ごめん、忘れちゃった』
ステラが即座にそう返すと、彼はわざと分かるようにため息をついて、しょうがねぇな、と呟いた。再びフォークで麺をいじりながら、一言で説明する。
『触れた物自体や、持ち主、あるいはその“魂”の記憶をのぞく力――それが、俺の読み取りだ』
合宿中に話してくれた時とほとんど同じ言葉だったが、最後の意味不明な一言にステラは首をかしげた。どういう意味なの、と少し追及してみたが、それ以降は何も答えてくれなかった。




