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人形の館  作者: 蒼井七海
第三章 解決への糸口
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2

 ステラは思わず固まった。ミシェールとは話すうさぎ人形の名前だ。(チェルシー)のことすら分からない人に、そんなのを訊いてどうする、というのが正直な意見である。周りを見るとほかのみんなもそう思っているらしく、わけがわからん、というような顔で真剣なレクシオをながめていた。

 一方、老人の方は再び記憶の糸を辿っているようだ。レクシオはそれに対してせかすような真似をせず、じっと答えを待っている。やがて……老人が顔を上げた。同時に「おお!」と声を上げる。何か重大なことを思い出したような表情だ。

(まさか……)

 ステラが思って、老人の方を凝視する。

 そのまさかだった。彼の口から発せられたのは、完全に予想外の一言。

「そういえば、おったぞ! ミシェールという名の娘っ子が! この山の付近に住んでいる感じではなかったが……背中の真ん中くらいまである金の髪に、目は青色のべっぴんさんじゃった」

 これだけ聞いただけでも、十分に驚いた。が、ステラはさらにあることを思い出して驚愕した。『金の髪に、目は青色のべっぴんさん』。目の前の老人は、確かにそう言った。そして同じような容姿の子に、覚えがある。

(まさか、夜中のあの子――!)

 そう。深夜にミシェールとして喋っていた女の子は、まさに話通りの容姿だったではないか。それに気付いたステラが軽くレクシオの方を見やると、彼も少しばかり驚いたように瞠目していた。だが、老人の衝撃的な話はまだ続く。

「活発な良い子でな、ある時からふらっとこの山にやってきて――そうじゃ、あの屋敷に入っていきおったわい。それで夕方になると、楽しそうな顔で山を下りていくんじゃ。あの閉鎖的な家の中で何をしてきたのかは分からんかったが、悪いことではなかったようだぞ」

 それから老人はいったん言葉を切り、「じゃが……」と、重々しく続けた。

「それがもう何十回と続いとったある日から、急に、屋敷の前で立ち止まってから引き返すようになったんじゃ。その表情はとても寂しそうでの。何があったのかいささか興味はあったが、あの子の表情を見ておると、訊くにきけなくなった。

そして、じゃ。これまたある時から姿を見なくなってしもうたんじゃ。そう、まさに忽然と姿を消した感じじゃった」

 ここで、老人の話は終わった。ちら、と再び幼馴染の方に目配せすると、何やら確信した様子でしきりにうなずいていた。それから老人に「どうじゃったかの?」と訊かれると、いつもの無邪気な笑顔を浮かべて返した

「ああ、よく分かりました。ありがとうございました」

 そして大人しく引き下がる。その表情はどこか険しかった。何を知ったのか早速聞きたいところだったが、今は場所が悪すぎるので諦めた。

 この後改めてトニーがお礼を言い、五人で元来た道を歩く。手を振る老人に向け、トニーが「ありがと! また話に行くね、フェンじーちゃん!」と叫んだことから、老人の名前がフェンであることが発覚した。


 そんなこんなで館へ帰り着くと、さっそくジャックがレクシオに尋ねた。

「で、何か分かったのか?」

 この期に及んで物思いにふけっていたらしいレクシオは、慌てて顔を上げてからうなずいた。喜色満面の笑みを浮かべる団長。それを抑えるかのように、眼前の幼馴染は「ただ」と付け加える。

「まだ、仮説の段階だ。みんなを混乱させないためにも迂闊に話さない方がいいと思うんで、今はネタばらしをやめとくよ」

 この言葉の後、明らかに残りの三人ががっかりとした様子で肩を落とす。それから、自分が持ってきている鞄をあさりだしたトニーが訊く。

「その『仮説』とやらを立証するには、どうしたらいい? できることがあれば俺たちも協力は惜しまないよ」

『そうそう!』

 本当に、本当に珍しく、ジャックとナタリーの声が重なった。なぜかとても必死だった。だが、レクシオがゆるゆると首を振る。

「いや。残念だけど、おまえらにしてもらうようなことはひとつもない。そして、できることならその『立証』の現場には立ちあってほしくないんだよな。同行を許可できるのは――ステラくらいか」

『――はぁ?』

 ジャックとナタリーとトニーが仲良く言う。だが、これ以上レクシオは答えず、ただ傍観するステラをちらっと見た。いつもの彼にはない、鋭い眼光が彼女を射抜く。

 そこで気がついた。

(あいつは……あたしの同行を『許可してる』んじゃない。あたしに、あたしだけに『同行してほしい』と思っているんだ)

 今までにも何回か、このようなことがあった。そして、そんな時にレクシオがやることといえば、いつも決まっている。と、ここで――唐突にある言葉がよみがえってくる。


『レク君の力が、ひょっとしたら役に立つかもしれないわ……』


 養母、ミントおばさんの呟きだ。これだけ聞けば意味のわからないただの呟きだが、その瞬間にステラはひらめいた。

(まさか、おばさんの言ってた『力』って――!?)

 ひとつ、ひとつ、繋がっていく。レクシオの仮説の内容も、大体想像がついた。なぜ彼があそこでミシェールの名を出したのかも。フェンおじいさんがなぜその名前を持つ女の子を知っていたのかも。そして、この怪談話の真実も、ぼんやりと見えた。

 ステラは黙って、居住まいを正す。そして訊いた、ただ一言。

「今から?」

 幼馴染は少しだけ胡散臭そうな目でこちらを見てから、にやりと笑う。

「そーだなぁ。できるだけ早いうちにやった方がいい。だが、その前に」

 言葉を切って、彼は残る三人――魔導科の面々に、視線を走らせた。笑みを崩さないまま問う。

「おまえら、魂を別の器に移す魔導術とか知ってるか?」

 最初、三人はわけのわからないことを、と言いたげな顔をしたが、何かを思いついたらしいジャックが少し長い前髪を手で払って説明を始めた。

「今現在、そのような魔導術は発見も開発もされていないよ。だけど、その『逆』ならある」

『逆……』

 みんなの言葉が重なる。その時、ナタリーが思いついたように手をうった。「あ!」と叫んでからジャックを指さす。

「魂を“元に戻す術”のことね? 確かにあれも高度だけど、魂引っぺがすよりは簡単だものね」

「その通り!」

 ジャックがウィンクをして応じた。一連のやりとりを見たレクシオは、嬉しそうに目を細める。ぽつりと、「それならいけるぞ」と呟いた。なんのことか――訊くまでもなかった。彼の『事情』を知っているステラは、少なくともこの中では一番、彼の考えていることがよく分かる、と自負している。

 だがその時、ナタリーが不敵に笑うのが見えた。ステラが目をやると、彼女は面白そうに言う。

「はっは~ん? そういうこと。あんたらの考えてること、読めてきたわ」

「ええっ!?」

 ステラは、思わず立ち上がって叫んだ。すると同胞はつまらなさそうに黒髪をかきあげ、「だって、私魔導術の知識と勘だけはしっかり備わってるもの~」と偉そうに言うのであった。

 レクシオと思わず顔を見合わせ、それからうなずく。二人して立ち上がった。

「そんなら話は早い。ナタリー、他言するなよ?」

 幼馴染は、ウィンクしてナタリーにそう言う。彼女はOKを意味するマルを、指で作ってきた。それを見届けて、ステラは『あの部屋』へ向かう。後ろからはしっかりと、幼馴染がついてきていた。


「なあなあ、何が分かったというんだい?」

「教えられないわよ~。さっきレクと約束しちゃったもん♪」

「ケチ」


 こんなやり取りが背後から聞こえてきたが、もはや知ったことではなかった。


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