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人形の館  作者: 蒼井七海
第三章 解決への糸口
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 ボロボロの焼けた屋敷に沈黙が落ちる。そこに聞こえるのは、たまに朽ちた建物の一部が降ってくる音くらいのものだ。

 あらかた事情を話し終えたステラは、だんだんと居心地が悪くなってきて身じろぎする。それから、メンバーの顔を順繰りにながめた。驚愕のあまり言葉も出ない、という感じで家を半開きにして固まるナタリー。意外な展開に目を見開いたままのトニー。そして、わくわくしてきた! と全身で語っているジャック。反応は様々だが、とにかく驚いているのは否応なくわかる。

 今度は救いを求めて隣を見てみるが、幼馴染はつまらなさそうに伸びをするだけ。こういう時はなんて役に立たないの! と悪態をつきながら、渋々ステラが口火を切る。

「で、どう思った?」

『信じらんないね』

 ナタリーとトニーの声がぴったりと重なる。即答だった。

「ですよね~……」

 投げやりに呟き、ステラは身を縮こまらせた。そう思われてしまうのは無理もないことだ。あまりにも現実味がなさすぎる。まあ、ジャックに関してはそういうわけでもなさそうだが。何せ彼だけはもっともらしく腕組みをして、「面白そうなことになってきてるじゃあないか、うん」などと言っているのだ。

 こっちは全然面白くなかったんだが。死にかけたんだが。思わずそう反論しようと口を開きかけたが、「あー……」と、レクシオがそれをさえぎった。彼はそのまま続ける。視線は、ナタリーの方に固定されていた。

「おまえらの信じる信じないは勝手だけどね? 向こうは今夜も現れると言ったんだ。対策を講じないと、あっという間に瘴気にやられてサヨウナラだぜ。ま、おまえらがそれでいいってんなら、俺も何も言わないけどさ」

 彼にしては辛辣な物言いだった。いや、普段からも冗談めかしてこういうふうに言うことはあるが、ここまで真剣な顔で言っているところは初めてかもしれない。最初にミシェールの『予言』を受けただけあって、ほかの誰よりも危機感を覚えているのだろう。

 ちら、とナタリーの表情をうかがってみる。明らかに強張っていた。レクシオの言い方が癇に障ったのだろうか。それでも彼女は抑え、辛うじて言ってくる。

「だって、現実味がなさすぎるもの」

 偶然だろうが先程ステラが考えていたことと同じような内容を口走った。だがそれも、思わぬ人物の一声で否定される。

「魔導科の人間が現実味を求めてどうするんだ?」

――同じ魔導科の、ジャックだ。珍しく内容がまともである。

 武術科が普通の勉強に加えて剣などの戦いを学ぶところならば、魔導科は普通の勉強に加えて魔導術と呼ばれる謎の多い術を学び、日常や戦いに活かすだけの力をつけるところだ。確かに武術科の人間にしてみれば、魔導術というのは幽霊と同じくらい現実感のないものである。ゆえに、ナタリーの発言は少しばかり矛盾しているところがあるのだ。

 ちなみにだが、ステラとレクシオが武術科、ほかの三人は全員魔導科だ。

 さすがにジャックのその指摘には参ったのか、ナタリーが押し黙る。そこでレクシオがフォローを入れた。

「ま……。こっちも、実物を見てない人間に無理矢理信じろなんて言いたくないんだけどさ」

「それも、そうだよね」

 はっとして、ステラも同意した。もしこれを見ているのがジャックで、彼に熱く語られてもきっとなかなか信じられないだろう。それと同じことだ。この館にいる時点で命を握られている、というのが判明して、少しばかり急ぎ過ぎていたのかもしれない。

 そんなわけでステラが思考していると、誰かが手を打った。その方向を見てみると、意外なことにトニーがいる。彼は言った。

「まあ、とりあえず調査してみようよ。それが俺らの活動でしょ?」

……今日は、意外な人がまともな意見を口にする日なのかもしれない。

「それはいいんだけどさ。調査っつっても何を調査すんの」

 レクシオが頭をかきながら問う。う~ん、と考え込んでから、トニーはこう続けた。

「魔導科で広く知られている怪談でもあったからさ、俺、ちょっと調べてたんだよね。そしたらこの話の時代設定が、今から約五十年ほど前だってことが分かったんだ。まあそうはいっても怪談は怪談だから、ホントに『設定』かもしれないけど。

でも、実際に来てみて思ったんだよね。その怪談話は事実、あるいは事実になぞらえて作られた物語なんじゃないか、って。実際館は焼け焦げちゃってるわけだし、うさぎのぬいぐるみも存在する。仮にステラとレクシオの言うとおり夜間にミシェールが現れて、人を殺すことで『友達を作ろうとしていた』っていうのならなおさらだ。そこで」

 いったん、もったいぶるように言葉を切る。それから彼は細い目でステラたちの方を順繰りに見てきた。「なになに、早く言って!」とナタリーがうながしたところでようやく口を開く。その表情は自信に満ちていた。

「五十年前に現役バリバリで、かつこの辺に住んでいた人に話を聞けばいいんじゃないかと思うんだ。館のこととか、チェルシーのこととか」

「なるほど!」

 ステラは思わず声を上げる。そういう考え方があったか、と素直に感心した。当時を生きていた人間に訊けば、奇妙な館を皮肉るために作った物語なのか、それとも事実になぞらえてある話なのか、それだけでもはっきりするかもしれない。

 だが、ナタリーは不満げな目つきでこう指摘する。

「でも、そんな人がこんな山奥にいるわけないでしょ。話を聞くなら一回下りなきゃ」

 だが、トニーはちゃめっけたっぷりの笑顔で、ちっちっ、と指を振った。彼でもこんな表情を見せる時があるというのが、驚きだった。

「その辺はぬかりないよ。俺、実は小さい頃から時々この山に遊びに来ててさ。その時からずっと、あるじーちゃんを見てきたんだ。そのじーちゃんは毎日特定の時間になると、いっつも山菜を採りにこの山へやってくる。言うまでもないと思うが、今もご存命だよ」

 ジャックが最後の一言二言のあたりで表情を輝かせた。話が終わると同時に、訊く。

「おお! さすがはトニー君だ! で、そのご老人が山にやってこられるのはいつのことなんだ」

「えー……っと」

 トニーはうなりながら、どこから持ってきたのか分からず大層怖い懐中時計を茶色ズボンのポケットから引っ張り出す。ふたを開いて時刻を確認した。

「もうそろそろ、この辺にくるかなぁ」

 ステラとナタリーが弾かれたように立ち上がる。なんだかんだで行動が早いのが、調査団の女性陣だった。

「じゃあ、さっそく行きましょうよ」

 ナタリーが張り切って言う。

「せっかくの山菜採りを邪魔しちゃうのは、ちょっと悪いけどね」

 そこへステラが付け加えた。すると、のんびり支度を始めたレクシオに「ホントのことを知るためさ」と軽い調子で言われてしまった。


 一歩踏み出すごとに、ガサガサと音がする。脚のほんの少し露出した部分に、針を刺したような感覚がある。足元をちらりと見ると、丈の長い草が覆っていた。孤児院時代に野山を駆け巡っていたステラはこういうのを気にしたことがないが、隣ではナタリーが顔をしかめているので、普通の女の子にはこういうのがこたえるようだということが分かった。

 そして、その不快そうなナタリーが先頭のトニーに訊いた。

「そのおじいさんとやらは、まだ見つからないわけぇ?」

 彼はちょっとだけ首を傾げると、のんびりとした口調で答える。

「多分そろそろ見つかるよ。いつも、この茂みを抜けた先にいるんだ」

 人の気配すらないところから考えて、それが本当なのかは怪しい。だが、ステラが獣のように敏感に気配を感じ取れているわけではないし、嘘だろうが本当だろうが今はトニーの言葉を信じるしかないのだった。

 それからは、全員が黙り込む。ただ草をかきわけ、踏む音だけが不規則にその場に響いた。こんな時間が続いたのはそう長いことではなかっただろうが、ステラにはこれが何十時間にも感じられてならなかった。――そんな、長いようで短い時間を経て、五人が茂みを抜ける。すると、心地の良い草の絨毯が全員を出迎えた。ずっと不満そうにしていたナタリーのため息が聞こえる。思わず苦笑した。それからふと顔を上げて、

「おぉ?」

 思わず声を上げた。

 視線の先に、人が一人いたのだ。麦わら帽子を深くかぶり、タオルを首にさげ、半そでの白シャツを着た男の人。ちなみに、その背には大きめの籠を背負っている。

 まさか、あの人が? ステラがそう悟ると同時に、トニーが声を上げた。

「おーい、じーちゃん!」

 すると、男の人は振り向いた。確かに「じーちゃん」の呼び名にふさわしい顔だ。しわがたくさん刻まれた、優しげな顔立ちの老人である。

(うちのおじいちゃんとはえらい違いだ……)

 一瞬、ステラの脳裏に祖父の顔が過る。眼光鋭くこちらを睨む老人、その手にはいつも剣が――

(ええい、やめだやめだ!)

 髪が荒ぶるほどに強く頭を振り、嫌な回想を振り払う。再びトニーと老人の方を見ると、もうすでに会話を始めていた。

「おやぁ、久し振りじゃないか。トニーや。後ろの子らはお友達かい?」

 トニー以上にのんびりとした口調で話す老人に、彼はゆっくりうなずいた。

「そうだよ。ところで、じーちゃんに訊きたいことがあるんだけど」

「ほう。訊きたいこと、とな?」

 老人の目がきらりと光った。獲物を見つけた狼のようだ。だが、そんな目をみてもトニーに様子の変化は見られない。いつものことなのだろうか。と、ここで、ジャックが前に出てきた。まずは一応礼儀正しく名前を名乗ると、ある方向を指さした。

「あの館のこと、ご老人は何かご存じですか?」

 彼の細い指の先には、小さくなった館が見える。黒い影でしかなかったが、目を凝らすと壊れている部分がへこんでいるのが分かった。その館を凝視しつつ、老人が顎をなでる。彼は少しうなった後に、楽しそうな顔でこういった。

「おぉ! あの焼けちまったお屋敷か、懐かしいのぅ。昔はあそこもそりゃあ大層きれいな建物で、一組家族も住んでたんだが……今じゃ見る影もない」

 一組の、家族。それを聞いてステラは目を瞬いた。本当に、あの館には人が住んでいたんだ。彼女がジャックに素早く目を走らせると、彼は少し振り返って不敵に笑い、再び老人に視線を戻した。

「そうですか。僕もその頃の館を見てみたかったですけどねぇ。……ところで、さっき館に一組家族が住んでいる、と仰っていましたよね」

 確認のため彼がたずねると、老人は「そうじゃ、そうじゃ」と楽しそうにうなずいた。話に耳を傾けてくれたのが、よほど嬉しいらしかった。

 ジャックは少し得意げな顔で質問する。

「では、そこに住んでいたチェルシーという女の子をご存じありませんか?」

 また、老人がうなり始める。今度は少し長かった。彼の表情も険しい。記憶をたどっているのだろう、と思い、ステラは大人しく待った。

 やがて口が開かれる。が、表情はさっきより寂しげだった。

「いや、わからんのぅ。もしかしたらそんな名前の子が住んでおったのかもしれんが、いかんせんあの家が閉鎖的だったからの。旦那の顔すら、一度くらいしか見たことないわい。まして娘など……話に聞いたこともなかった」

『えっ』

 全員の声が重なる。これには、さすがに驚いた。最新の、しかも詳細な情報である。やはり当時の人間に訊いてみたのは正解だったかもしれない。

 ちょっぴり心の中で喜んだ時、どうでもいいことがステラの脳裏によぎった。

(ていうか、この年の人って、結構昔のこと忘れてるってイメージがあったんだけど……。このおじいちゃん、記憶力よすぎじゃない!?)

 そこまで考えて、慌てて元の道に戻った。それから気付く。さっき、老人はチェルシーを知らないといった。家庭が閉鎖的だったというのも十分に珍しい情報で、怪談が事実だと裏付けるには十二分くらいなのだが、結局自分たちの一番知りたいことは闇の中、ということではないだろうか?

 ほかの面々も同じことを思ったのか、渋い顔をしている。「そっか」と小さく呟いたのはトニー。彼は老人に向き直ると頭を下げた。

「オッケー。俺ら、それが知りたかったんだ。ありがと」

「あ、待った!」

 珍しく丁寧にお礼を言う彼の声を、別の誰かがさえぎった。調査団の人間はぎょっとして声のした方を見た。そこには、挙手をしたレクシオの姿が。目を大きく開いて、今まさに何かひらめいた、という顔である。

「ちょっと。水を差さないでよ、レク」

「いや、悪い。……あの、おじいさん。今思いついたことで、個人的に質問させてもらっても良いスか?」

 しかりつけるナタリーに軽く詫び、彼は老人の方へ歩み出た。彼はにこやかにひらひらと手を振っている。

「いいよー。わしが答えられることならなんでも」

 この人、話し相手がほしかったんだろうか……。ぼんやりそう思って、ステラは苦笑した。レクシオも困ったように曖昧な笑みを浮かべて、「じゃあ遠慮なく」と言った。こうして彼が発した質問というのが――いつも以上に、理解不能なものであった。

「チェルシーって子はわかんないんですよね。じゃ、ミシェールっていう名の女の子は知りませんか?」


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