【sideレオン―傍観者として―】
――君さえいなかったら、皆傷付かずに済んだのにね……?
あたしが、いなかったら……?
――君が存在している限り、みーんな傷付いちゃうんだよ。
あたしのせいで……みんなが……
――僕も苦しいよ、だから君も苦しめてあげるね?
あの時みたいに……ね。
ねぇ……なにしてるの……?
――みーんな君から解放してあげるんだよ。
やだ……やめてっ……いやああぁぁぁぁぁぁぁあっ!!
「キイ様!!」
騒ぎを聞きいて駆けつけたウォルヴァスとレオンが寝室の扉を乱暴に開け放つと、ベッドに横たわったままもがき、叫び続けるキイと顔を真っ青にして必死に呼び掛ける双子の侍女が目に入った。
「いやああぁぁぁっやめてぇぇぇぇぇえ……!!」
「キイ様! どうなさったんですか!? お目覚め下さい!!」
「やめ、やめてっ……いやぁぁ……ぁ……!」
姉のメィサが必死に呼び掛けながら肩を揺するが、更に怯えた様に暴れ、ついにキイの身体は痙攣を起こし始めた。
「……っどけ!」
レオンは焦ってメィサを押し退けると、キイに向かって掌をかざして詠唱し始める。
徐々に魔方陣が現れ回転を始めると痙攣を起こしていたキイが徐々に落ち着きを取り戻す。
体勢を崩したメィサを支えていたウォルヴァスは、落ち着いた寝息をたてるキイの傍に歩み寄ると安心したように息を吐く。
「落ち着いたようだな……何をしたんだ?」
「鎮静の術だ」
レオンが言って息をつくと、魔方陣が消え去った。
ウォルヴァスはキイに毛布をかけ直し、侍女達に退室するように命じた。
キイが王宮に来てから半月が過ぎようとしていた。
眠りについてうなされることは何度かあったものの、今日ほど酷い事は今まで一度もなかった。
きっとキイの喪われた過去に何かあったのだろうと思ってはいたが、もはやこんな状態になるとは誰も予想もしていなかったのだ。
まさにミシュリアムスの予言通りの状況で唐突に現れたキイ。
彼女が予言に関係していることは、ウォルヴァスも否定できなくなっていた。
記憶が無いと言い張るが、しかしその表情は何かを隠しているようにさえ見えた。
ウォルヴァスもレオンも既にキイのことは他人とは思えなくて、その彼女がこうして苦しんでいる姿はやはり見映えの良いものではない。
いつもの明るさからは想像できない程静かに寝台に横たわるキイを見つめ、二人共に表情を曇らせた。
「ん……」
重い瞼を開けると、ベッドの横には団長さんとレオンさんが立っていた。
その表情は酷く心配げで、こっちまで不安な気持ちになってくる。
「……何ですか? 二人してお葬式みたいな空気ださないでくれます?」
キイの言葉に、ウォルヴァスが片眉をあげる。
「オソウシキ……とは何だ?」
「葬儀ですよ、葬儀! 死んだ人を葬るための儀式ですよ! その暗い空気が重いってことですよ! ほんっとにもー目覚めの悪い朝ですよまったく」
「小娘……お前は……」
レオンさんがなにやらピキピキと額に青筋を浮かべているが、そっちはスルーして団長さんへと視線を向ける。
「ところで、あたし、動けないんですけど……あ、もしかしてレオンさん何か盛りました?」
「盛るか!!」
再びレオンさんに視線を戻して眉根を寄せるあたしの頭がスパーンと叩かれる。
ぬぅ……デジャブ……
「気にするな。直に体も動かせるようになるだろう」
「そうですか。そういえば団長さん達は何故ここに?」
あたしの言葉に、レオンさんが溜め息を吐いて至極不機嫌そうな顔でこちらを見る。
「お前何も覚えてないのか? 人の苦労も知らないで……」
なにやらぶつぶつと呟きながら頭をボリボリと掻いて部屋を出ていってしまった。
部屋に残された団長さんは、少し居心地が悪そうに視線を游がせ。
「……もう、大丈夫なのか?」
「へ? 何がですか?」
「……いや、いい。ゆっくり休め」
それだけ言うと、踵を返して部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送っていると、少し体が動くようになってきていたことに気付く。
自分の身に起こったことを想像してみるが、どーせいつもみたいにうなされてたんだろうと再び目を閉じる。
その後3時間程眠り続けたあたしは、目覚めた時再び重苦しい雰囲気の侍女達に迎えられたのだった。
「キイ、ウォル達から聞いたよ。大丈夫?」
「あれ、レイ。まぁた仕事さぼってるのー?」
突然あたしの部屋を訪れたレイに、あたしが呆れたように言うとレイの後方にいたレオンさんに物凄い形相で睨まれた。
やだね~怖い怖い。
「陛下はお前のことを心配していらっしゃったんだぞ」
「いいんだよ。僕がよく執務を抜けてここに来てるのは事実なんだしね」
そう言って微笑みながら、レイは私と自分の分のお茶を侍女に頼んでソファーに腰を降ろす。
やっぱりサボりにきたんだな、この人……
「どう? そろそろ王宮での暮らしにもなれたでしょ?」
「ああ、うん。こんなに良くしてもらっていいのかは分からないけどね」
そう言ってあたしがカップに口を付けると、レイはクスクスと笑いながらカップに手を伸ばす。
正直言って、レイはよく笑うと思う。いや、むしろ、ゲラに近い。
ゲラゲラ笑わずにお上品に笑うのであまり不愉快ではないのだが、あたしにはレイの笑いのツボが全く理解できない。
そういえば、部屋に入ってくるなりいきなり笑いだした時もあったな……と遠い目をしていると、カチャリとカップが置かれ、真剣な表情をしたレイと目があった。
「ところでキイ」
突如話を変えたレイに驚きつつ、「なに?」と答える。
「……ケーキは好き?」
「「……は?」」
思わず、あたしとレオンさんの声がリンクする。
「……好きだけど」
「そっか! じゃあ今度美味しいケーキを買ってくるよ! じゃあまたね! おやすみ!」
そう言って慌てたように出ていくレイをレオンさんが呆然と見ていた。
そしてハッと我に帰ると、急いでその後を追って出ていってしまった。
さわがしいなぁ……と思いつつも、レイが買ってきてくれるであろうケーキに想いを馳せるあたしだった。
Side.レオン
「小娘にお聞きにならなくてよかったんですか?」
「……あんなに可愛らしい顔でみつめられたら、聞くに聞けないだろう!」
陛下はそう言うと、執務室に入ってそのままソファーに項垂れてしまった。
少し赤みがかったその顔は、恋をしている男そのものだった。
レオンはそんな様子の陛下を見ながら、"小娘"の顔を思い浮かべていた。
あの小娘が来てから、陛下はよく笑うようになられたと思う。
皇太子の頃は、よく笑う人だとしか思っていなかったが、国王の座に就いてからは周りの大臣達からのプレッシャーで次第に固い表情を貼りつけるようになった。
それが、あの小娘が来てからは毎日のように愉快げに笑っておられる。
執務中に仕事を放り出して娘の部屋を訪れたり、やれぬいぐるみややれ菓子やと小娘の好きそうな物を贈ったりと、やけに楽しげだ。
そんな様子なので、王宮の者は皆陛下が小娘に恋をしている事に気付いているし、後宮の女共はさぞ慌てているだろう。
それなのにウォルときたら、無自覚ながらも着々と小娘への想いを育んでいっている。
陛下と同じ相手を好きになったと気付いた時、奴はどんな反応をするだろうか。
「見ものだな……」
――――至極小さな声で呟きながら、自分もそれに片足を突っ込み始めているとは気付かずに自分は決して巻き込まれないようにしよう、と心に決めたレオンだった。
読んで下さって有り難うございます!
今回は少し短くなってしまいました。
次回は、なかなかシリアスに仕上げるつもりです。
いよいよキイの秘めた力が……?
次回も読んで頂けると嬉しいです!