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千年の眠り―金色の花嫁―  作者: 天豆
第一章~東の国-イーシュア-編~
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【sideウォルヴァス―予言と確信―】



 東の国―イーシュア―の王宮騎士団長であるウォルヴァス・ロビンソンが、王宮からの命で訪れていた北の国―ノゥシュア―からの帰還途中に、それは起きた。

 ちょうど国境を渡った所で野宿用の天幕を張り、警戒のために見回りをしていたウォルヴァス達を突如異常な眩しさが襲ったのだ。

遥か彼方まで広がる大空が一瞬にして金色の光に包まれたその一時は、至極長いように思えたが、実際はほんの一瞬だった。


「なんだ……?」


 ウォルヴァスの呟きに次いで、静寂に包まれていた辺りも次第にざわめきに満ちていく。

暫く呆けていたが、取り敢えず気を落ち着けようと見回りを再開することにした。

 森の中に入った所で、男と女の言い合っているような声が耳に入ったので思わず駆けてそちらへ向かうと、白いきらびやかなドレスを身に纏った娘が目についた。

 本来ならこんな場所にいるはずのないことを不思議に思うのだろうが、何故かその時は娘が纏う神秘的とも言える不思議な空気に暫くその後ろ姿に見入ってしまっていた。




――――side.ウォルヴァス



「何をしている?」


 俺の問い掛けに、すかさず娘の後方にいたレオンが反応する。

娘がこの場所に立ち尽くしていたこと、娘の名前が"カミヅカキイ"という少々変わったものだということ。

 レオンの話を聞きながらも娘の顔に目線を移すと、黒いガラス玉の様な澄んだ瞳とぶつかる。

すると娘は軽く会釈をし、長い黒髪がさらりと娘の頬を撫でた。

この国……いや、この世界で、黒髪に黒い瞳の人間が存在するなど今まで一度も聞いたことがない。

しかし実際ここに存在しているわけで、やはり人との他愛のない話にも耳を傾けるべきだったかと己の知識の浅さを恥じた。


 名の方は"キイ"だと言った娘に国を尋ねると、"ニホン"と聞いたことのない国名を言う。

俺が否定すると、数秒目を見開いた後じんわりと焦りの表情を浮かべる。

 明らかに怪しすぎるその娘に、俺とレオンの表情が強ばっていくのが分かる。

 今度は俺の知識云々に関わらず、実際に、確実に"ニホン"などという国はない。

俺達が生きるこのミシュアには、東の国―イーシュア―、西の国―ウェシュア―、南の国―サゥシュア―、北の国―ノゥシュア―の四国から成っている。

 しかし、娘が村や街の名で答えていたなら俺にはそれが存在しているかなど判断できない。


 そうこうしているうちに、遂に娘は地面にへたりこんだ。

とうとう自ら嘘を吐いたことを謝罪し、命乞いでもするのかと目を細め冷たく見下ろしていると、娘は肩を震わせて泣き始めた。

思わず素早く歩み寄り顔を覗き込むと、その顔は今まさに命乞いをしようとしている者の表情ではなく、悲しみと絶望に溢れていた。

 娘の瞳が俺を捉えるとまるで想い人を見ているかのような切なげな瞳に変わり、震える唇が嗚咽と混じって掻き消されてしまいそうな囁きを紡いだ。



 "会いたい"


 娘は、確かにそう囁いた。

それが俺に向けられていないことぐらい分かっていたが、あまりにも愛しさと切なさに溢れた声と表情に視線を逸らすことができなかった。

自分の心に浮かんだ想いに、驚き僅かに目を見開いた。


 娘の想う相手が羨ましい……など。

自嘲したように首を振って愚かな考えを拭い去ると、泣き崩れている娘を立ち上がらせて天幕へと導いた。




 娘は、自分は記憶喪失なのだと言った。

何故この場所にいるのかも全く覚えていないと。

改めて娘の姿を見ると、白いドレスを身に纏い、頭にはベールを被っている。

ドレスの後方には、長い裾が広がっていて所々土や草がついてしまっている。

 ハンカチで目元を拭う様は、やはりか弱い娘のもので。

娘の話すことには若干の怪しさもあったが、無防備な娘をこんな森に放置するのは気が引けるので取り敢えず王宮に連れ帰ることにした。

陛下なら手厚く扱ってくださるだろうと、レオンと相談しての判断だ。


 そんな話が終わった時、娘は唐突に護衛に置いていた騎士に短剣を求めた。

レオンは即座に警戒して自身の腰に帯している剣に手を掛けたが、それを制すると渡すよう騎士に命じた。

そんな俺を見てレオンは反論しようとしたが、それをも目で制した。

 娘の剣の腕がどれ程のものなのかを見るのも面白い。

言い換えれば、娘に短剣を与えたところで護衛の騎士とすら互角には戦えんだろう。

 面白がるような目を読み取ったのか、レオンは溜め息をついて今しがた抜きかけていた剣を鞘に収めた。

 そんな俺達の思考を知ってか知らずか短剣を手にしてあろうことか自らのドレスの裾を切り裂き、膝丈となった無惨なドレスを見て嬉々としていた娘には、俺とその場にいた騎士も含めレオンまでもが馬鹿みたいに唖然と口を開いていた。



 色々と規格外な娘に緊張を解いた俺は、天幕で娘と共に食事をしていた。

すると、なにやら深刻そうな表情のレオンが二人で話がしたいと申し出てきた。

取り敢えず娘を置いてレオンの天幕へ行くと、レオンは天幕の周囲に軽い結界を施した。


「そんなに深刻な話なのか?」


「ああ、誰にも聞かれる訳にはいかない」


 元々同期で入団した俺達は、二人だけの時は気を緩め、いつも固い口調を解いている。

それが何故かレオンは、口調は戻っているものの明らかに緊張を露にしている。


「なんだ、早く話せ」


 未だに口を開かず、視線を落としているレオンに溜め息混じりに問いかける。


「……ウォル、ミシュリアムスの予言を知っているか?」


「ミシュリアムス? ……ああ、ミシュア神のことか。予言?」


 ミシュリアムスとは、俺達の生きるミシュアを創った創造神だと崇められている神のことだ。

ミシュアを今のような悲惨な状況に追い込んだのもミシュリアムスの怒りのせいだとも言われている。


「"――天に金色(こんじき)の光が満ちた瞬間(とき)、漆黒の髪と瞳持つ者現る。各々(おのおの)が(かつ)ての愚行を悔い、悪しき思を正せば世に光が戻るであろう。"」


金色(こんじき)……?」


 レオンが語った予言の内容は、明らかに今日の夕刻の現象とかぶっている。

と言うことは、"漆黒の髪と瞳を持つ者"というのは……

 そこまで考えたところで、俺はかぶりを振った。

あの娘が神の御遣いだとでも?

あり得ない。神なんか迷信でしかないんだ。


「なんだ、まさかあの娘がその予言に出てくる者だとでも言うのか?」


「馬鹿馬鹿しい」と一蹴し、席を立とうとした俺の腕をレオンが掴んだ。


「待て、最後まで聞け。実は昨日イーシュアを発つ時に新しい予言が降りたらしいんだ」


「新しい予言だと?」


 眉を顰めていた俺は、その後のレオンの言葉に目を見開いた。





「"其の者、神が加護せし森にて金色(こんじき)の衣を纏いて現れん"」




 "神が加護せし森"


 古くからの言い伝えによると、神の怒りを買って自然が崩壊したミシュアだが、イーシュアに一ヶ所だけ、今なお澄んだ空気を纏う森が存在していた。

 木々は真っ直ぐ伸び、花は美しく咲き誇っている。

その森の中心には"聖なる泉"と言われている大きな湖があり、その湖に囲まれた島のような洞窟が存在していて、そこにはかつて世の自然を守護していた神獣達が眠っていると言われている。

 しかし湖の周囲を囲うように人間が施したとは思えないくらいとてつもなく強力な結界が施してあり、未だその真実を確かめた者はいないという。


 そして、"神が加護せし森"と崇められた森が先程俺達が娘を拾った森なのだ。




「そんな馬鹿な……」


「……俺が最初にあの娘を見た時、天から降り注ぐ金色の光の中にいた娘の着ているドレスが金色に光って見えたんだ」


「……!」


 俺がその言葉に驚きを示した直後、娘がいる天幕の方から悲鳴が聞こえた。

反射的に同時に飛び出した俺達が50メートル程離れた天幕に駆け寄り中に入ろうとすると、凄まじい力に弾かれた。


「な、んだ……この強力な結界……!?」


 レオンがそう声を洩らしながら、地面に倒れた俺の腕を引き起こす。

 暫く娘に呼び掛け続けると、さっきまでの尋常じゃない程の結界が跡形もなく消え去り、俺達は慌ててなだれ込むように天幕に飛び込んだ。


 そこには娘しかおらず、娘自身も何が起こったかわからない様子だった。

 娘は侵入者らしき存在を口にしたが、我が国の領地に無断で踏み込み、その上騎士団にまで手を出そうとする程我が国を敵視しているのはウェシュアの者しかいないだろう。

 レオンもそう口にしたが、しかしウェシュアにこれ程の膨大な力の結界を作り出せる人間などいただろうか。

そう考える俺の頭に、ある考えがよぎった。



「お前は……」




"神が加護せし森に存在する強力な結界"



 その言葉と、先程の膨大な力の結界が脳裏をちらつく。 

やはり、この娘は予言にある神の御使いなのだろうか……



「いや、いい」


 まさかと、己の中では既に確信していることに顔を背け、出しかけた問いを掻き消してざわめきに包まれたその場を治めた。





読んで下さって有り難うございます!


もうお気付きかと思いますが、各国名は各方角の英単語の最初の二文字に『ミシュア』の『シュア』をくっつけただけです。

けど、なかなか分かりやすくていいですよね!笑


それでは、次話も読んで頂けたらうれしいです!

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