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千年の眠り―金色の花嫁―  作者: 天豆
第二章~西の国-ウェシュア-編~
22/23

其の者と白き王






「あのー、ここってどこなんですか? まさかほんとにウェシュアじゃないですよね?」



「……」



 何度話し掛けても無表情で無言を貫く相手に、小さく溜め息を漏らす。

せっかく美人なのに、もったいないなぁ。

ブロンドの髪を一つに束ねた彼女は、エリーナさん。

ここの侍女をしているらしくて、散々話し掛けて聞き出せた情報はそれだけ。

このお堅さ、どことなくレオンさんに似てるなぁなんて考えていると、綺麗なスカイブルーの瞳がこちらに向いた。



「……何故ここがウェシュアではないと思われるのですか?」



「何でって……だってあたし、イーシュアにいたんですよ? 目が覚めたらウェシュアでした、なんてそんな話……」



「ジーク様は魔術に長けております。貴女様を此方に引き込む事ぐらい、造作もない事のように思えますが」




 そう無表情で言うと、エリーナさんは再び口を閉ざした。

つまんないなぁ、と呟いてだらりとソファーに項垂れる。

 あたしがここに連れてこられてから、もう一週間は経とうとしている。

それにも関わらず、ジークさんは一度たりとも顔を見せていないのだ。

一体あたしはなんのためにここに連れてこられたのか、と疑問に思いながら深い溜め息を漏らす。

 そんな時、不意にカツカツと数人の足音が聞こえてきて扉の前で止まったかと思うと、ノックもなしに扉が大きく開かれた。

驚いてそちらに顔を向けると、あたしは目を見開いた。




「久しいな。長い間会いに来れなくてすまなかった」



 微笑みを浮かべながらそう言って此方へと歩いて来る人物に、思わずギョッとして後ずさる。



「寂しい思いをさせたな。しかし大事な手続きがあってな」



 困ったような笑みを浮かべて更に距離を詰める男に、あたしの顔からサーっと血の気が退いていくのが分かる。



「だが良い知らせがあるのだ。お前を余の側室にする事になった」



 その一言に、見開いていた目を更に見開いてあたしはついに声を上げた。



「はい!!!!!? ちょ、ちょ、待って下さい、側室!!!!!? 何考えてんですかあんた!!!!!」



 レイが着ているような、所々金の刺繍やら装飾やらがついた白い煌びやかな衣装を身に纏った男。

白銀の長髪は綺麗に後ろで結われており、鋭さと冷たさのみを滲ませていたはずの紫色の瞳はアメジストのように淡い輝きと憂いを含んでいるが、その容姿はまさしくジークさんそのもので。

冷徹さの塊だと認識していた彼は、あろうことかあたしに柔らかい微笑みを向けているのだ。

 と、そんな彼の後ろにいた小太りの貴族のような出で立ちの男が物凄い剣幕であたしを見た。



「貴様小娘……! 陛下に向かってなんという口の聞き方をしておるのだ!」



「よい、きっと動揺しておるのだ。それも仕方ない、お前達少し下がっていてくれないか」



 すかさずジークさんもどき(?)がそう言うとその後ろに控えていた騎士達とエリーナさんまでもが退室し、部屋にはあたしのジークさんの二人きりになってしまった。

その途端、柔らかい微笑みを浮かべていたジークさんは、驚くほどの無表情へと変化していた。




「え、あの……ジークさん、ですよね?」



「見れば分かるだろう」



「へ、陛下ってまさか……それに、側室って……?」



「お前の察する通り私はこの国の王だ。今日からお前は私の側室としてこの城に正式に迎え入れる。異論はないな?」



 い、いや、ないな?っていうか、ないだろう。と言われているようにしか感じないんですけど!!!!!?

むしろ異論だらけなんですけど!!!!!!!!?

て、てゆうかジークさんが国王陛下!?ウェシュアの!!!!!?



「ほう……私のする事に異論があると言うのか、小娘?」



 頭の上にはてなマークを飛ばしまくっているあたしに、ジークさんは口元に薄ら笑いを浮かべて冷たく目を細める。

し、しまった、また口に出ていたのか…



「あ、ありありですよ! 大ありですよ! 何なんですかいきなり側室だなんて!」



「何故? 神の御遣いであるお前には秘められた膨大な力があるはずだ。それを我が手にしようと考える人間などそう少なくはない筈だが?」



「……何で知ってるんですか」



「お前は私の目の前でいとも簡単にあの結界を越えて見せたであろう。あれを目の当たりにして気付かない阿呆はおらぬ」



 ぐっと詰まるあたしに、ジークさんは背を向けて扉へと足を踏み出した。



「お前の後宮入りはもう決定した事だ。無駄な足掻きはせぬことだな」



「勝手に決めないで下さい!」


「ならお前は東の国に帰るとでも言うのか? 己の囲い主に対して愚弄するような言葉を吐いておいて?」



 振り返って蔑むように言い放ったジークさんの言葉に、自分がレイに向かって言った言葉がまざまざと蘇ってきた。

レイの見開いた目が、酷く傷付いた様な表情が。



「所詮あれらも"神の御遣い"が持つ膨大な力を手放したくなかっただけであろう。誰一人として"お前自身"を求めていた訳ではない。あれらと私がどう違うと言うのだ」



 そう言い残したジークさんは、踵を返して部屋を出ていってしまった。

残されたあたしの頭には、ジークさんの言葉がぐるぐると何度も流れていた。























「……またか、小娘」



「……」



 仁王立ちのジークさんに冷ややかな目で見下ろされながら、あたしは地べたに正座をしていた。

痺れた足がじんじん痛むけど、動かずにじっと耐え忍ぶ。

いや、動かないんじゃなくて、動けないんだ。

頭上から放たれる異様なほどの膨大な気に、身体が固定されたように動かない。



――本日、第十二回目の脱走作戦に失敗致しました。



 あれから三ヶ月の月日が流れ、あたしは週に一回の頻度で華麗な脱走劇を繰り広げていた。

ある時は侍女達に紛れ、またある時は騎士団に紛れ。

そしてある時はボヤ騒動を起こし、またある時は偶然城に進入しようとしていた反乱軍に紛れたりもした。

そして本日、切って繋げたカーテンを身体に繋いでバルコニーから飛び降りるっていう強行突破作戦に出たものの、降りた先で涼しい顔で待っていたジークさんに捕まってしまったというわけで。



「お前はどれ程余の手を煩わせれば気が済むのだ? 小娘」


「ここを出るまで、一生。ひたすらに、です」



 しれっとした態度で言ったあたしに、ジークさんは小さく鼻で笑って、再びあたしに視線を落とした。

ていうか、本当に見下ろすのが好きだなこの人。

見下ろされる側はとっても不愉快なのだけれど。

 痺れた足の痛みに耐えながらそんなことをぼんやりと考えていると、不意にジークさんがあたしの前にしゃがみ込んだ。

そして、すらりとした綺麗な指であたしの顎を捉える。



「十分な広さの部屋も上質な服と食事も与えている。一体何が不満なのだ」


「不満も何も、むしろ不満じゃない事なんかありやしませんよ。侍女さんは無愛想だし女官と大臣は小煩いし自分の部屋以外録に出歩かせてくれないしそもそもこんな監禁みたいな真似されて喜ぶ人なんかいるんですかねぇ? いるなら是非ともお会いしたいですよまったく。ていうか何でジークさんが"穏やかで優しくて寛大な国王様"で通ってるんですか? まずそこから理解し難いで――――」


 つらつらと文句を並べるあたしに、ジークさんはす、と目を細めた。

そしてぐいっとあたしの顎を指で押し上げ、ゆっくり顔を寄せる。


「側室としての義務を果たさないでいられるだけでもましだと思え。余がその気になればいつでもお前の部屋にその身を奪いに行けるのだぞ」


 ぐ、とあたしは眉を寄せる。

いくらイケメンだからって、好きでもない男と身体を合わせるなんて死んでもごめんだ。


「それはなんとしても回避したいですね」


「ならば大人しくしていろ」





 てな感じで。

さすがに十二回も脱走失敗した挙げ句あんな脅しをかけられちゃ、さすがのあたしでも部屋に引き籠るしかないじゃないか。


 一人でいるこの広い部屋は、少し寂しい。

だけど、あたしの唯一の世話係である侍女のエリーナさんは終始無言で用を済ませてさっさと引き上げちゃうから、まともな会話なんてできるはずもなく。

イーシュアの王宮のあの部屋には、いつも話し声が聞こえていた。

双子侍女のメィサとリィサも護衛騎士のアルも、いつも笑顔であたしとの会話に花を咲かせてくれていた。

それに、執務をサボって部屋に来るレイとそれを追ってきたのに一緒になってお茶をする団長さんとレオンさん。

いつだって、あの人達はあたしの周りを温かい空気で包んでくれていた。


 こうして一人で部屋にいると、ついイーシュアでの暮らしを思い返してしまう。

溢れていた笑顔も、温かい午後のお茶の時間も、気の許せる人達とのじゃれ合いのようなやりとりも。

ここには、何一つないんだ。

そう考えては、目に溜まった涙を拭って鼻を啜る。

絶対に弱味は見せたくないからジークさん達の前では強気でいるけど、本当はずっと寂しくて苦しくて死んじゃいそうなんだ。


 一番最後にレイと交わしたやりとりが、今もあたしの胸を苦しめる。

どうして、あんな言い方しか出来なかったんだろう。

レイはいつでも優しくて、温かくて、あたしを想っていてくれたのに。

レイの傷付いた表情も曇った声色も全てが脳裏に焼き付いて離れない。

離れて、くれない。

どれだけ後悔しても、もう遅いんだ。


 ふと、団長さんの温かい表情が蘇る。

そして、あの夜の言葉も。

きっと彼はあたしにレイとの婚約を勧めてくれたのだろう。

そして、あたしはそれに拒否反応を示した。

レイとの婚約云々じゃなくて、団長さんの口からその言葉を聞きたくなかったんだ。

だって、あたしは知らず知らずの内に彼に惹かれていたから。

それは、元の世界に残してきた婚約者に似ているから?

――――分からない。

だけど、今思い浮かぶ顔は厳しい顔の団長さんと、優しげな表情の団長さんで。

 あたしの脳内からは、徐々に元の世界の婚約者の存在が薄れていっているのも気付いていた。

気付いていて、見ないふりをしていた。

少しでも元の世界の何かを想い縋っていないと、もう戻れなくなってしまうような気がして。

自分の中から元の世界での記憶が薄れていっていることが、怖くて仕方がなかった。



 ベッドの上で座って、小さく息をつく。

ほら、気を抜くとすぐに涙が溢れ出してくる。

部屋でじっとしていればしている程、異常な程の喪失感と寂しさに心を支配されていく。

もう拭う気力もないあたしは、声を押し殺して涙を流し続けた。








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