其の者の真名
「……目覚めたか」
「ぅわっ……あれ、あたし……?」
目覚め一発目にジークさんの綺麗な顔に驚きながらも辺りを見渡すと、あたしは大きな木にもたれるようにして座っていた。
背中とかお尻とか痛い……
あたしが顔を顰めて背中を擦っていると、ふと目の前にサクが腰を降ろした。
赤い前髪の奥からきらりと金色の瞳が覗く。
「お前急に倒れっからさぁしょーがねぇから気がつくの待ってたんだよ」
そういえば何かすごく身体がだるくなってそのまま気を失っちゃったんだっけ……
今はまだましだけど、やっぱり何か重い気配が身体中に乗っている気分がする。
そういえば、気を失っている間何か夢を見ていたような……
―――……
「……呼んでる……」
「……何だ小娘」
「呼んでるんです、あたしを……」
「呼ぶ……? 誰がだ?」
「分からないんです……けど、確かに何かがあたしを呼んでいるんです……」
怪訝そうな顔を向けるジークさんにそう告げると、あたしはふらふらと立ち上がる。
微かに感じる何かに引き寄せられるように無心で足を動かす。
後ろをジークさんとサクが何かを言いながら付いてきているが、よく耳に入らない。
それ程に、段々と強く何かの気配があたしの五感を支配しきっていた。
ふと足を止めて前を見ると、目の前には大きな湖が広がっていた。
そしてその中央にある島のような所に続く一本の石造りの橋があたしの正面に伸びていた。
その光景の全てが神聖さに溢れていて、声も出さずにすう、と息を呑む。
けれど、あたしはこの先の何かに引き寄せられている。
意を決して一歩踏み出そうとすると、ふとさっきからジークさん達の気配を感じないことに気付いた。
不思議に思って振り返ると、二十メートル程先に二人は佇んでいた。
この先のことが気になったけど、取り敢えず二人の方に駆け寄る。
「どうしたんですか?」
「小娘、どうやってそっち側に入った!!」
「え……そっち側……って?」
あまりに血相を変えて怒鳴るジークさんに若干引きつつ、恐る恐る聞き返す。
すると、ジークさんがふとあたしの前に手を伸ばし、あたしの目の前でその手がバチっと強く弾かれた。
「……俺達はこれ以上前に進めない」
「え……どういう事ですか?」
「そこにある湖を囲うように強い結界が施されているのだ。この俺でも破れない程の結界がな」
湖を見ながら言ったジークさんは、その目を細めてあたしに向ける、
「……それを小娘……お前はいとも簡単にすり抜けた」
そして先程まで感じていなかった警戒の眼差しを再びあたしへと向けて僅かな殺気を滲ませる。
「昨夜も聞いたが……もう一度聞く。お前は一体何者なのだ?」
何者? あたしはただの人間だし……あれ、もしかしてあたしが異世界の人間だから……?
なんだかよくわかんないけど……
これってもしかして逃げるチャンス!?
予想以上に早く訪れた逃亡の機会に内心驚きつつ、にんまりと顔を緩ませる。
「ね、いったでしょう? 必ずあなた達から逃げてみせるって」
「小娘……!」
「じゃあお二人ともお元気で!」
そう大きく手を振って言うと、背後の島に向かって勢いよく走り出した。
いや~まさかこんなに早く逃げれるなんてね!
なんだかよく分からないけど、取り敢えずはこの先に進むしかないよね?
あたしあんまり冒険とか好きじゃないんだけどね。
この際仕方ないよね。
とか言いつつ既に橋は渡りきって目の前には洞窟らしき……洞窟が。
いや、あたしぶっちゃけ洞窟とか暗い場所もあんまり好きじゃなくてね?
いや、うん、分かってるよ、進むしかないって。
だけどさすがにこの中には入りたくないなぁ……
とか言いつつ既に洞窟の中で。
頭の中では抵抗してるはずなんだけど、何故か身体だけが自分のものじゃないみたいに勝手に動く。
そして何かの気配が段々と近付いてきているのも事実で……おや?
なにやらものすごいイケメンが目の前に……
長いしっとりとしたシルバーグレイの髪を緩く編んで右肩から垂らした、身長の高い20代後半ぐらいの男の人が目に入る。
近づくに連れてその美貌が明らかになり、やっぱりこの世界には美形が多すぎると実感する。
驚くことに、切れ長の目は片方ずつ瑠璃色と琥珀色の宝石が埋め込まれたような美しいオッドアイで涼しげな輝きを放っている。
ふと、微笑みを湛えていた薄めの唇が静かな口調で言葉を紡ぐ。
「お待ちしておりました」
…………
……
「……ぇ、え? あたし?」
「はい。貴女様ですよ」
「あの……あなたは?」
「シュウガ・ウルムと貴女様に名付けて頂きました」
そう言ってシュウガと名乗る男の人はにこりと微笑んで綺麗に腰を折った。
あたしが……? どういうこと?
「数ヵ月前貴女様が神が加護せし森に降り立った時からずっとお呼びしていたのですが……なにやら厄介な人間達に捕らわれてしまったようで。再び貴女様が森にいらっしゃったので、思わず誘導してしまいました」
いや、そんな「てへっやっちゃった☆」みたいなノリで言われても非常に困るんだけど……
まぁあの人達から逃げられたんだし、良い……のかな?
それより、数ヵ月前ってことは厄介な人間達って団長さん達のことかな?
……そもそもこの人何者?
「シュウガ、キイは記憶を無くしているんだ。取り敢えずは僕が説明するから君は一回皆の元に戻っておいて」
「ああ、いらしてたんですか? ならお任せ致します」
そう言ってシュウガさんは再びあたしに向かって腰を折り、闇に消えていった。
……て、いうか
「何でルシファーがここに?」
あたしの隣にはいつの間にかルシファーが寄り添っていて、あたしは肩に回された手をぺっと払いながら問いかける。
「言ったでしょ? 僕はずっと君の傍で君の事を見てるって」
にこにこといつもの調子で話すルシファーに少しの安堵を覚えながらさっきの話に疑問を感じる。
「記憶が無くなってるって……?」
「うん……実際には、僕が消したんだけどね」
そう言ったルシファーの横顔はいつもとは違っていて、少し影が落ちているように見えた。
暫く視線を落としていたルシファーは、近くの岩場に腰を降ろしてその隣を軽く叩く。
あたしは促されるがままにルシファーの隣に腰を降ろす。
「キイ、君にある昔話をしてあげよう」
「昔話?」
「今から約千年前の事です」
「いきなり始まるんだ」
「ミシュアという、自然豊かな美しい世界がありました。
その世界には神の力を授かった神獣と呼ばれる生き物が生息していて、世界の自然を守護していました。
ある日、その世界の創造神であるミシュリアムスという男は世界の様子見がてらの散歩途中にある二人の赤ん坊を拾いました。
彼はその赤ん坊を女の子をリェン、男の子をロウェンと名付け育てる事にしました。
自らの神力を与えながら育てた二人の子供は幼いながらも立派に彼の力を引き継いでいました。
そこで彼は考えました。この二人のどちらかを人間界に送り、ミシュアの人々を神の申し子として良き道に導かせようと。
その為には、神に最も近い強い力を持つ方を見極めなければなりませんでした。
すると、二人の力の差は一目瞭然。
ロウェンよりもリェンの方が遥かに力も技術も勝っていました。
そうなると、リェンをもっと育て上げ、いずれは人間界に送ることになります。
しかし彼は気付いてしまいました。
ロウェンは、リェンに恋をしていたのです。
しかし血の繋がった者同士の恋を許すことは彼にはできませんでした。
二人の仲を引き裂こうとする彼に対して、次第にロウェンは反抗心を示すようになりました。
そんなロウェンに対し、リェンも少しずつ淡い恋心を育んでいました。
痺れを切らした彼は、リェンの中のロウェンの記憶だけを消して人間界に送ってしまいました。
それを知ったロウェンは、酷く悲しみ、そして彼を恨みました。
悲しみの大きさに感情を無くしてしまったロウェンは、恨みの心だけを胸に次第に闇の道へと外れていきました。
彼はそれには気付けず、ただリェンを見守ることに熱心でした。
そんな中、人間界に送られたリェンは東の国の若き国王陛下と恋に落ちました
神の申し子として地上に降り立ったリェンは教会の人間を伝って国王陛下と出会っていたのです。
そして、ついに二人は婚儀を行い、リェンは東の国の王妃となりました。
人々は神の申し子であり王妃であるリェンを心から崇めました。
そんなある日子供も授かり幸せに暮らしていた二人の前に、一人の男が現れました。
それは、心を闇に支配されたロウェンでした。
彼はすぐに人間界に降り立ち、ロウェンを止めようとしました。
しかしたどり着いた時には既に遅く、リェンの夫である国王陛下と子供は無残にもロウェンによって亡き者とされた後だったのです。
リェンは泣き狂いました。愛する夫と子供を目の前で殺された悲しみは大きく、彼女の心を壊してしまいました。
その後ロウェンは王宮の人間に、国王陛下と皇太子暗殺の首謀者はリェンだと囁きました。
国王陛下とその継承者を一度に亡くし絶望に包まれていた人々は、ロウェンの言う事を信じ切ってしまいました。
そして、リェンを殺してしまったのです。
それを知って怒りを湛えた彼は世界から光を奪い、自然を守護していた神獣達までをも深き眠りに落としてしまいました。
光を奪われた世界はたちまちに深き闇に包まれて天災が起こり、穏やかだった人々の心をも闇に染めて争いが絶えなくなりました。
人々は伏して彼に赦しを乞いましたが、彼は聞き入れませんでした。
彼は迷いました。ロウェンは既に闇に囚われ、もう彼にはどうする事も出来なかったのです。
しかし、大事に大事に育ててきたロウェンを消滅させるのはどうしても出来ませんでした。
人間界で殺されたリェンは神界に引き戻されていましたが、感情の全てを無くしてしまっていました。
見ていられなくなった彼は、リェンに千年後に別の世界に生まれ変わるよう輪廻述を施し、深い眠りに落としました」
話し終えたルシファーは少し悲しげに瞳を揺らした。
「……その話、前に王宮の図書室の本で読んだ……けど、確かロウェンって人はリェンを妬んでたんじゃなかったっけ?」
「それは王宮の人間が間違った解釈をして書いたんだ。さっきのがあの昔話の真実」
そう言ってルシファーはくすっとあたしに笑顔を向ける。
「けど……それがどうしたの?」
「この話には続きがあるんだ」
「続き?」
「……千年後、リェンはある別の世界に生まれ変わり、優しい家族に囲まれて健やかに育ちました。
ようやく言葉を話せる程まで育った時、幼いリェンの前に同じく幼い少年が現れたのです。
それは紛れもなく、ロウェンでした。
しかしリェンはロウェンの事を覚えていませんでした。
それに怒りを湧きあがらせたロウェンはリェンの目の前で彼女の家族を惨殺してしまいました。
そしてリェンは再び泣き狂い……その小さな身体に潜ませた膨大な力が暴走してロウェンを消滅の一歩手前まで追い込んでしまいました。
深手を負ったロウェンは仕方なく元の世界に戻り、傷を癒す事に時を費やしました。
ずっと生まれ変わったリェンを見守っていた彼は再びロウェンの愚行を目の当たりにし、急いで彼女の家族達を蘇らせました。
そして再びリェンの中のその日の記憶だけを消し去り、その後のリェンの成長を見守り続けました。
ついにリェンは成人し、それと共に愛する者との婚儀を取り行うことに決めました。
そしてその当日……自らの身体をそっちの世界へ送れないロウェンはリェン自体をミシュアに引き込んでしまいました」
「……ちょっと待ってよ……それって……」
「……もう分かったよね?
僕の真名は、ルシファー・アルテ・ミシュリアムス。
この世界の創造神だよ」
「嘘、嘘でしょう? そんな……」
「そして君の真名は……リェン・リジュアルテ・ミシュリアムス。僕の娘だ」
「血は繋がってないけどね」と、ルシファーは寂しげな笑みを浮かべた。
読んで下さって有り難うございます!
最近更新率順調です(*^^*)
ちょっと寝不足ですが…。
ではでは、次話もよろしくお願いします(^-^)/