【sideウォルヴァス―其の者の行方―】
執務室を出た後応接室で暫く半寝状態で項垂れていた俺達は凄まじい勢いで部屋へと押し入って来たレイによって無理矢理現実に引き戻された。
「いつまで項垂れてるの? 早く行くよ」
「行くってどこにだ?」
「決まってるでしょ? 国王を欺こうとしたことを後悔させに行くんだよ」
口元にのみ笑みを浮かべて言ったレイに、俺とレオンは口を閉ざして顔を見合わせた。
今まで色々なレイを見てきたが、ここまで怒りを露わにしたのは初めてだ。
キイがいなくなったことに関係している人間は俺も憎いが、この様子のレイを見るとどこか同情の気持ちさえ芽生えてしまう。
結局終始無言で付いて行った先は、後宮の一室だった。
笑み一つ浮かべていないレイとその後ろに俺とレオン、そしてその正面に至極怯えた顔の女が一人。
この女はキイが故郷に帰ったと証言した女の一人だ。
やはり嘘を吐いていたのか……
「……最後にもう一度聞くけど……キイは故郷に帰ると言って出て行ったんだね?」
いつもよりワントーン低めの声で静かに言ったレイに、女は声すら出さずただただ頷いている。
その様子にまた少し部屋の温度が下がったような気さえするほどレイの身体から怒りが溢れ出す。
「……せっかく最後にチャンスを与えたのに、君は尚も嘘を付き通すつもりなんだね」
「へ……陛下っ……私、嘘など……ッ」
女が発した言葉を遮るようにレイが何かの書類を投げつける。
あの穏やかな男が、女の顔めがけて物を投げるなど考えもしなかった俺達は驚きのあまり僅かに目を見開く。
当の投げられた本人は、訳が分からないとでも言う様な呆けた顔をしている。
「その書類にはね、君と君のお父上がとある傭兵集団に依頼を持ちかけた記録が記されているんだ」
そんな物を作成できる者と言ったら……ライアンか。
あの男もなかなかずる賢く至る所に手を回しているからな……そのうえ宰相という地位まで持っているのだからあいつに隠し事をするのはまず不可能に近い。
下に優秀な大臣達を従えて気にかかることはありとあらゆる手を使って調べ上げるんだ。
王宮で一番恐ろしい人間だ、と俺は思っている。
噂をすれば部屋に中年太りの男を引き連れたライアンがやってきた。
俺達の顔を見るなり口元ににやりと嫌な笑みを浮かべる。
「大臣に連れて来てと言っていたんだけど……ライアンの方が頼り甲斐があっていいね」
いきなりのライアンの登場に少し驚いたレイだが、くすりと意味深な笑みを浮かべる。
それに対してライアンまでもが答えるように怪しい笑みを湛えて腰を折る。
この二人相手じゃあこいつらももう終わりだな……と、半ば任務を放り出すように背後の壁へと身体を預ける。
その時、ライアンの連れてきた男が冷や汗を額に浮かべながらおずおずと口を開く。
「陛下……私と娘に何かご用が……?」
「単刀直入に聞く。キイはどこにいる?」
先程の態度とは裏腹の柔らかい口調とは一転、より低く抵抗する事を許さないかのような声を響かせる。
その言葉に続くようにライアンが腰に携えていた剣を引き抜き、男の首筋に当てがう。
……そもそもこの男、宰相のくせに何故剣など携えているんだ?
「なな、何のことでしょうか……私にはさっぱり……」
「侯爵殿……往生際が悪いですね。その戯言ばかりをおっしゃる舌を斬り落として差し上げましょうか?」
にこりと微笑みながら物騒な事を言うライアンに、男は顔を真っ青にする。
そして横でガタガタと身体を震わせていた女が同じく顔を真っ青にしながら口を開く。
「も……申し訳ありませんっ……私、あの娘が陛下の周りをうろついているのが許せなくて……」
「そんな事聞いていない。キイはどこにいる?」
冷やかに言い放ち冷たい視線を送るレイに女はついに顔を両手で覆ってその場に座り込む。
そしてその後に嗚咽と共に漏らした言葉に、俺達は言葉を失った。
「あ……あの娘は、きっと……既に死んでいます……闇の白銀に、始末するように依頼しました……」
「……何……だと……っ!?」
ライアンの剣を奪い取り女の首に突き付けたレイを、レオンが即座に止めに入る。
「陛下、剣をお降ろし下さい。さすがにここで殺すのはまずいです」
「っ……二度と……二度とその顔を見せるな!! 本日中に一族諸共この王都から立ち去れ!!」
吐き捨てるように言うと、少し息をついて持っていた剣を男の方へと向ける。
「お前の爵位も剥奪し財産も没収する。二度と明るみに出てこられると思うな」
それだけ言うと、俺達に目配せをして部屋の外へと歩き出す。
レイから剣を受け取ったライアンは剣を鞘に納めると、静かにレイの後を歩いて行った。
レオンも後を追って出て行くと男は床に崩れるようにして座り込み頭を抱えた。
俺が同じように座り込む二人の前に立つと、二人は助けを請う様な目を向ける。
そんな哀れな二人を見降ろし、俺は静かに口を開く。
「殺されなかっただけましだと思うんだな」
「…………ぇ……」
「俺なら躊躇せずに殺していた」
「……っ!!」
剣に手を添えながら言った俺に男とその娘は大きく目を見開いた。
「……キイが死んだって信じる?」
執務室に戻って暫くソファーに腰を降ろして黙していたレイがようやく発した言葉に、その場にいた全員が視線を落とす。
誰も答えないでいると、ライアンが溜息をついて口を開いた。
「今はなんとも言えませんね」
「……そうだね。でも……奴らは仮にもプロだし、情に負けて依頼任務を放棄するなんてことは考えられない。だから少なくともキイが無事じゃないって考えるのが妥当だよね」
「それにしても闇の白銀とは……厄介ですね」
顎に手を当てて考えるライアンにレイが意外そうな目を向ける。
「ライアンにも厄介な物ってあるんだね」
「奴らは特殊ですからねぇ……。闇の魔術を使う奴らは本来関わらないにこしたことはないんであまり干渉してこなかったんです」
「じゃあやっぱりキイの安否を確認するのは不可能に近いね……」
「安否なら確認できるんじゃないか?」
ふと俺が発した言葉に、俺以外の三人の視線がこちらに向けられる。
「アースノルドだ。奴は人の気を探るのに長けている。この国の中にいるのなら少なくとも生死ぐらいは確認出来るだろう。国外にいるのなら話は別だがな」
「……ウォル、意外に頭良いね」
「……"意外"?」
眉をピクリと上げ呟いた俺を気にする事もなく、レイはアースノルドの元へと部屋を飛び出して行った。
読んで下さって有り難うございます!
ちょっと時間が時間なので睡魔に負けて微妙なとこで切ってしまいました…。
もしかしたらミスも色々混じっているかも…?
おかしな所を見つけたら是非言って下さい(ΩдΩ)
ではでは次話もよろしくお願いします!