其の者と紅白まんじゅう
――ドサッ
「……いっ……!?」
いきなり地面に身体を打ち付けられるような痛みが走り、驚いて目を覚ます。
仰向けになっていた身体を上半身だけ起こし、痛みに耐えながら辺りを見渡す。
狭い木造の室内とベッドが目に入り、どうやらあたしはこのベッドから落ちたらしい。
ようやく痛みが落ち着いたので身を起こし、ふと人の気配がして振り返るとそこには赤髪の美青年が立っていた。
「くくっ……ベッドから落ちる女なんか初めて見た」
肩を揺らして馬鹿にしたように笑って、腰に手を当ててこちらを見下ろしている。
……なんだこの偉そうな男。
あたしは取り敢えずその男を無視して立ち上がり、部屋の中をぐるりと見渡す。
室内には小さな机と椅子がワンセットと簡易ベッドがあるだけで、団長さんの部屋よりもこざっぱりして見える。
とにかく、王宮じゃないことは確かだね。
「飯、食うから降りてこいよ」
「……ていうかあなた誰ですか?」
白い目を向けながら放ったあたしの一言に、赤髪の男が目を丸くする。
「は? 覚えてねぇの?」
「は? はこっちの台詞ですけど」
「じゃあ自分が攫われて俺に殺されかけたのも?」
「攫われて殺されかけ…………ああっ!!」
そういえばあたし、この赤髪さんに殺されかけたんだった!
え、あたしの記憶力ちょっと儚すぎない?
悲しくなってくるんだけど……
「……で、ここはどこですか?」
「んー……俺の隠れ家?」
ああ、赤髪さんのご自宅はあの洞窟じゃなかったんですね。
なんだかちょっと安心。
……て、そうじゃなくて。
「なんでそこにあたしが?」
「っせぇなぁ殺されるよりましだろ?」
……まぁそれもそうだ。
と、まぁその後も上手い具合に赤髪さんに言いくるめられて渋々ご飯を食べに下の階に降りる事になった。
あたしのいた階にはもう一部屋あって、ギシギシ軋む急な階段を降りると割と広めの部屋があった。
大きめのテーブルや椅子があるからダイニングのような部屋なのかな?
きょろきょろと辺りを見渡していると、ふと窓が目に入った。
どうやら外はもう夜のようで真っ暗だ。
「なにしてんだ、座れよ」
未だに突っ立っているあたしにそう言うと、赤髪さんはダイニングテーブルに簡単な食事を並べていく。
固そうなパンと野菜がちらほら入ったスープ。
「質素…………なうえにマズ……」
スープを一口飲んで言ったあたしの言葉に、赤髪さんがにこりと黒い笑みを向ける。
それに抵抗できない何かを感じ、あたしは渋々パンへと手を伸ばし、顎に力を入れて噛みちぎる。
王宮にいた頃にあまりに豪華な食事を頂いていたので、完全に舌が肥えてしまっている。
いかんいかん。贅沢は敵だ。
ふるっと首を振ると、予想通り固いパンを噛みほぐしていく。
「おい、もーすぐジークさんが来るから早く食えよ」
「ジークさん?」
「ああ、俺の兄貴分みたいな人だ」
そう言うと、最後の一口を口に放り込んで席を立つ。
それと同時にあたしの背後でドアが開き、コツリと靴の音が部屋中に響き渡る。
瞬間、ざわりとあたしの全身が粟立った。
振り返らなくても感じる、その存在感の大きさ。
まるで身体中に重い空気が圧し掛かっているような重圧を感じる。
より一層ビリリとした空気を感じ、おそらくあたしに目を向けたのだろうと生唾を飲み込む。
「……この娘は?」
低く妖美な響きを持つ声にゾクリとした感覚が背筋を這う。
思わず身震いをして、振り返らずに意識だけをそちらに向ける。
「東の後宮の女共に依頼された女っすよ」
「後宮の……始末する筈だろう。何故ここに連れてきた」
そっちを見ないでも分かる程の気迫が部屋中に満ちる。
一気に部屋中の温度が下がり、空気が重くなったように感じる。
「それが、この女変な力を持ってるんっすよ。まだ使いこなせてないみたいっすけど、それでも少なくとも俺を弾く程の威力はあります」
「ほう……面白い」
その直後に鋭い殺気を感じ、振り返った時にはあたしに向かって剣を振りかざす白銀の男の姿が目に入った。
咄嗟に赤髪さんの時のように両手を突き出して力を込める。
すると、白銀の男が振り下ろした剣はゴゥンという重低音と共に半透明の膜に遮られた。
男は少し後ろに飛び退いて剣を放り投げると、あたしに向かって手をかざす。
そして何かを唱えるとそこに青く光るいわゆる魔法陣のようなものが現れ、そこから噴き出るように燃え盛る炎があたしに向かって飛び出してきた。
危ない……っ! そう思った瞬間、目の前にあった膜が消え突き出したあたしの掌に吸い込まれるようにして炎が消え去った。
暫しの間、部屋に静寂が訪れる。
息を切らして前を見据えるあたしの目に、目を見開いた白銀の男が映る。
「……詠唱は疎か魔法陣すら無くして無効化の魔法だと……?」
なにやらよく分からないことを口にしている男を見てあたしは目を見開く。
肩につくかつかないかぐらいの美しく輝く白銀の髪に、妖艶な輝きを放つ深い紫色の瞳。
色白の顔にそれはよく映えていて、まるで作り物なんじゃないかと疑いたくなるような完璧に整った顔をしている。
何故この世界にはこうも美形が多いのだろうか……これぞ、まさに逆ハーレム!?
それに背も高いね。ざっと百八十は軽く超えていると思う。
白い中着に黒い甲冑を身につけていて、その上から斜めに白い布を纏っている。
あれだ、某漫画に出てくる心宿さんみたいな感じだね。
やぁ、とにかくかっこいい……ていうよりは、美しい?
「……小娘……貴様、何者だ?」
そう呟きながら、冷たい目を向ける。
その人を怪しむような蔑むような目と失礼な口調…誰かに似てる。
誰だったっけ…すごく近くにいたような……
「……ああ、レオンさんだ」
大袈裟に掌を拳で叩いて言ったあたしの一言に、白髪さんの眉がピクリと上がる。
白銀って要するに白髪でしょう? 違うのかな……まぁ言いやすいし白髪さんで決定。
「……レオン?」
「ああ、王宮で仲良くしていた人です。その人にあなたが似ているなぁって」
あれ、レオンさんって友達? 彼氏ではないし、やっぱり友達なのかな?
けど友達とはちょっと違うような……怒ってばっかだし。
……保護者? ああ、そうか。保護者なのか、あの人は。
「小娘……俺の質問に答えろ」
「はい? 質問?」
顔を上げてはて、と首を傾げると、無表情ながらも明らかに怒りを露わにしている白髪さんが目に入る。
質問、質問……て、あたし何か聞かれたっけ?
「貴様は何者だと聞いているんだ」
白髪さんが、さらりと髪を揺らして少し首を傾げる。
口には微妙に笑みも湛えているが……怖ッ!!
目ぇ笑って無いし、全然……
「何って……ごく普通の女ですけど……」
「戯けたことを。ならばあの力は何だと言うのだ」
「ああ……でも皆さんも魔法を使うでしょう?」
「本来魔法は詠唱によって呼び出された魔法陣とともに発令する。だが貴様は今詠唱も……魔法陣すら無くして無効化の魔法をやってのけた」
「はぁ……あの、無効化の魔法って?」
あたしの言葉に、白髪さんの眉根に皺が寄る。
せっかくの美形が台無しだ……
「貴様……何も知らずに魔法を使っているのか?」
「ね、ジークさん。面白いでしょ? この女。俺的にはどっちかの国に高く売れると思うんだけどなぁ~」
「そうだな……少なくとも西の奴らはいくらでも積むんじゃないか?」
「ままま、待って下さいよ! 売るんですか!?」
あたしが放った言葉に、白髪さんと赤髪さんが口元に怪しい笑みを浮かべる。
売る気だ、この人達……完璧に売る気だ。
やばいよやばいよっ売るって身売りでしょ!?
つまりは貴族のジジィ達の間でマワさ……むぐぐ……。
口にしたくもない……想像したくもないよぉぉっ!!
なんなのこいつら、あたしを物みたいに……!!
白髪ジジィのくせに!! ……ジジィではないけど!
……ていうか白髪と赤髪って……紅白まんじゅう?
ぶふっとあたしが吹き出すのと同時に、白髪さんが白い布を翻す。
「サク、俺は寝るから明日早朝に起こせ」
「はーい。あ、この女はどうするんっすか?」
「俺の部屋で寝かせる。小娘、来い」
そう言って白髪さんはあたしの腕を掴んでずんずんと階段を上って行く。
ももも、もしかして売る前に自らの欲を満たそうと……!?
やだやだやだっあたしには大事な彼がいるのにこんな……こんな……美形……
つい、うっとりと白髪さんの横顔を見つめる。
はぁぁぁあ……綺麗過ぎるっ! こんな美形になら一回ぐらい抱かれてやっても……
いやいや、あたしには彼がいるんだから!
けどけど、こんな美形に迫られたら拒否できないかもぉぉぉぉぉぉっ
そんな馬鹿な事を考えている間にもあたしがいた部屋と向かい側の部屋を白髪さんがガチャリと開け、中に踏み入ると……
目の前には豪華な大部屋が広がっていました。
完
……て、そんな馬鹿な!!!!
だって赤髪さんの部屋はあんなに小さかったのに!!
こんなに大きな……煌びやかな部屋があるはずが……っ
「幻術の一種だ」
「え……何で……」
何で考えてる事が分かったの!?
「小娘……お前の考えている事は口からダダ漏れだぞ」
「……っ!!」
驚いて口を抑え込む。
ダダ漏れ!? ダダ漏れっていつから!?
まさかさっきの廊下で考えてたことまで……
「下にいた時からだ。ダダ漏れだと言っているだろう」
あたしがした何故口に出していない質問の答えを?という表情に後半の一言を付け加える。
ちょっと、待って。ていうことはさっきのもやっぱり……
ハッと我に返って考えるのを辞めて前を向くと、さっきまで数歩先にいたはずの白髪さんがあたしの目の前に立っていた。
驚いて身を引こうとした時にはもう遅く、無情にもあたしの手首は白髪さんによって掴まれた。
「“こんな美形になら一回ぐらい抱かれてやっても”……と言ったな?」
白髪さんがにやりと妖艶な笑みを浮かべる。
やっぱり聞こえてたかぁぁぁぁぁぁっ!
一瞬目を細めた白髪さんはあたしの手を強く引くと、大きなベッドに押し倒した。
ギシッとベッドの軋む音が部屋に響く。
鼻先と鼻先が付くんじゃないかっていうぐらい近くまで顔が近づく。
「ならば俺の欲をお前で満たそうか」
全部聞こえてる!! まるっきり全部口に出してたの!? あたし!!
ていうか無理無理無理!! ほんとに無理!!
だってだって、あたしには結婚を決めた彼がいるんだからっ!!
あたしを抱いていいのは彼だけなんだからーーーーーーーっ!!!!
「くっ……」
「……?」
突然聞こえた笑いを噛み殺すような声に、ぎゅっと瞑っていた目を開ける。
「安心しろ。お前の様な凹凸のない小娘を相手にする程女に不自由はしていない」
肩を揺らして笑いを漏らしそう言うと、白髪さんは身体を起こしてベッドを降りる。
白い布と甲冑を手際よく外しながら紫色の瞳をこちらに向ける。
「“彼”……とは国王の事か?」
「はい? なんであたしがレイと結婚なんてしなくちゃいけないんですか」
今のも聞こえていたのか、とうんざりしながらぶっきらぼうに返す。
これからは声に出ないように気を付けよう。
……ん?もしかして王宮でもこういう事があったのかな……?
……考えないようにしよう。うん。
「お前はイーシュア国王の女だから殺せと後宮の女共に依頼されたが」
「だぁかぁらぁ。ただの思い違いなんですって! 良い迷惑ですよ全く……」
「そうだろうな。もしあの国王の女ならば既に追手が出ているはずだ。王宮に動きがない所を見るとお前の言っている事は本当なのだろう」
甲冑をソファーに放り投げると、ドサリとベッドに横になる。
追手、出てないんだ……
そりゃあさ、突然現れた記憶喪失のあたしが可哀想で王宮に匿ってくれてたのは分かってるけど……
やっぱり近付いたと思ってたのはあたしだけなのかな……
あたしがいないことにはもうとっくに気付いてるはずなのに探しに来ないってことはそういう事なんだろう。
ちょっぴり悲しいけど……仕方ないよね。
あんな怪しいあたしにあそこまでの待遇をしてくれた事だけでもお礼言わなきゃいけないぐらいなのに。
どうせ、あたしも元の世界に帰らないといけないんだ。
いつまでもこっちの人に甘えてたら帰り辛くなるし……いい機会だよね。
「時に小娘」
「……はい?」
「“紅白まんじゅう”とは何だ」
やや、それも聞いてたのか。
ていうか覚えてたのか、この人。
「紅白まんじゅうっていうのは、赤いお饅頭と白いお饅頭がセットになってるやつですよ」
「おまんじゅう……?」
「はい……ああ、こっちにはないのかな……まぁ、めでたい時に食べる甘い食べ物です。まぁあたしは餡子が嫌いなので饅頭も大っ嫌いですが」
「ほう……小娘は俺達をそれに例えたのか」
あれ、なにやら空気が重くなったような…もしや怒ってる?
あたしがそろそろとベッドを降りようと身体を動かすと、ガシッと腕が掴まれた。
「どこへ行く。お前の寝る場所はここだ小娘」
「……はい」
「逃げようなどと考えるなよ? 死にたくはないだろう」
「……はい」
「あぁ、それと俺の名はジークだ。二度とそんな食い物などに例えるな」
それだけ言うと、あたしに背中を向けて眠りの体勢に入った。
くそぅ……紅白まんじゅうのくせに。片割れがいないからただのまんじゅうのくせに!!
じっとまんじゅう……もといジークさんの背中を睨んでいたが、襲ってくる睡魔に負けてぱたりとその場に身体を沈めた。
読んで下さって有り難うございます!
お饅頭の話を書いていたらなんだか食べたくなってきました(´・ω・`)
私、実は紅白饅頭食べたことがないんですよ!
…あれって食べる物なのかな?観賞用?
…ま、取り敢えず次話も近々投稿するので読んで頂けたら嬉しいですっ。
ではでは。