其の者対、後宮の女達 【其の二】
結局あたしに足を引っ掛けたのが誰なのかは分からず終いで(あたしが後宮に赴けば分かるんだけど面倒だからね)、それから何も起こらず平和に一週間が過ぎていた。
「意外に諦めいいんだなぁだなんて甘い考えを持っていたあたしが悪かったんだと思いますよ。けど、まさかここまでするとは誰も思わないじゃない? あたしが今まで男沙汰で揉め事に巻き込まれた事がないからそう思うのかもしれないけど。だってさ、あたし自分で言うのもなんだけどあまり綺麗なわけでもないでしょう? ……え? いや、不細工とまでは言ってませんよ。まぁちょっと平凡だし少ーし胸は小さめだったりするけど……まぁそんな話は置いといて、やっぱりこの平凡な見た目と気の抜けたような性格……え? 馬鹿とまで言ってないでしょう! さっきから何なんですか! ……で、そのおかげで今まで女の人から恨まれる事なんて無かったわけ。だから男絡みの女の人の恐さなんて知る由もないんですよ。そんなあたしだからさ、もうあれだけやったんだから気が済んだだろう、って思ってたわけですよ。……分かってますよ。そりゃ一国の王陛下、しかもあんな美男子が絡んでんだから一般人の男沙汰の揉め事とは訳が違うことぐらい。けど、やっぱりさすがにこれはやり過ぎなんじゃないかな、と、思うんですけど………………如何思います?」
至極真剣な眼差しで、目の前の黒ずくめの男性に問い掛ける。
黒ずくめと言っても、黒いタンクトップに黒いアームウォーマーのような物に黒いズボンと黒いブーツを身につけているだけで、無用心にも顔は丸出しだ。
しかも赤髪に金の瞳の超美男子。
まぁ、少し野生的なオーラを醸し出しているけど……
ま、そんな目立つ容姿をさらけ出しても良い場所にいるんだから何の問題もないってか?
そんなことを呑気に考えているあたしは、今この男性と何やら薄暗くてじめっとした洞窟的な…………洞窟にいる。
まぁ簡単に言うと、拉致られ監禁されてますなうってやつですね。
「知らねぇよ、女共の事情なんか。俺ぁ金さえ貰えりゃなんだっていーんだよ」
と、バリバリと頭を掻きながら、面倒臭そうに話す。
ま、そりゃそうだわな。
まさかあたしの悲惨な状況に心打たれて解放してくれるなんて更々思ってませんよ。
半ば投げやりになりながら、溜め息をついて辺りを見渡す。
出口の見えない暗い洞窟で、赤髪の彼が魔法で浮かべる火の玉だけが唯一の明かりになっている。
何故か簡易ベッドやら食べかすやら生活した痕跡があるのは…もしやここは彼のご自宅でしょうか?
……まぁそれは置いといて、あたしが何故こんな状況に陥っているのかと言うと……
あたしは今から数時間前、いつものように図書室にいた。
この間借りた本を早くも読み終わり、新しい本を借りに来たのだ。
でもさ、なぁぁんかおかしいのよ。(稲川淳二風)
空気がね、ひゅぅぅぅって冷えたみたいにね、冷たいの。(稲川淳二風)
そしたらさ、ハッて気が付いたらそこには……真っ暗な洞窟が広がってたんだよぉぉっ!
意味分かんないよね?あたしも意味分かんないもん!!
つーか有り得ないもん!!
で、そこに現れた赤髪の彼に聞いたら幻術だとかなんとか難しい話し出すしさぁ……
まぁ、そんなこんなであたしはこれから殺されるみたいです。
勿論、後宮の彼女達の依頼で、赤髪の彼に。
ははっもう笑うしかないってぇの。本当に迷惑極まりない。
だってあたし、レイとは本当に何も無いのに勝手に仲を勘違いされて殺害依頼までされて……
わけも分からないうちに呆気なく殺される身にもなってよ、まったく。
沸々と湧き起こる怒りを抑えることもなく、ひたすらイライラと後宮の女達の顔を思い浮かべる。
すると突如、目の前の赤髪の彼が腰に携えている剣を抜いて臨戦状態に入った。
「え、もう殺すんですか!?」
「お前……普通の女じゃねぇな?」
「失礼な! あたしはれっきとした女で……」
「そうじゃない。その力は何だって言ってんだよ」
力……? はて、と首を傾げると、赤髪の彼がばりばりと頭を掻いてあたしの周囲を手元の剣で指し示した。
頭にはてなマークを浮かべながら周囲を見渡すと、あたしの周りに無数の小石が浮き上がっていた。
驚いて身を引くとその小石達は一気に地面に落ち、その場に妙な静寂が訪れた。
すると突然、風を斬る音と共に赤髪の彼が物凄い速さであたしに斬りかかってきた。
驚いて両手を前に突き出し、いずれ訪れるであろう痛みを待ちながらきつく目を瞑る事しかできない。
こんな知り合いがいない寂しい場所で死ぬのは嫌だ……!!
そう強く願った瞬間、ゴゥンッという大きな重低音が洞窟内に鳴り響いた。
一向に訪れない痛みに目を開くと、あたしの一歩手前で剣を振り下ろした状態の赤髪の彼が目に映った。
冗談だったのかな? そのまま動こうとしないし……
……違う。彼の剣は、あたしの突き出した掌に沿うように広がっている半透明の膜のようなものに阻まれているんだ。
その膜はバリバリと音を鳴らしながら剣を弾き続けている。
しかし赤髪の彼も負けじと剣を持つ手に力を込めて膜を突き破ろうとしている。
ちょっとでも気を緩めれば膜が破れそうだ……そう思い、ギュッと全身から絞り出すように突き出した両手に力を込める。
するとそれに反応したのか膜が強い光と共にバシィッと赤髪さんごと弾き飛ばしてしまった。
ポカーンと自らの掌を眺めるあたしと、岩壁に叩きつけられた身をゆっくりと起こす赤髪さん。
一瞬妙な空気が流れたが、この人は本気で自分を殺そうとしているんだと言う事を思い出して再び真剣な眼差しで見据える。
すると、赤髪さんがククッと僅かに肩を揺らした。
「その様子じゃまだ使いこなせてないみたいだな……」
「……っ」
「図星……か」
その言葉を聞いた瞬間赤髪さんの金の瞳が鋭い光を放ったと思ったら、あたしの意識はそこで途絶えてしまった。
「殺すのやーめた。珍しい力持ってっしどっちかの国に高く売れんじゃね?」
こみ上げる笑いを口元に浮かべながら、今さっき気を放って気絶させた女を担ぎあげる。
まずはあの人の元に連れてかねぇとなぁ……
クックと抑えきれない笑いを漏らしながら己の従うべきお方の元へと足を進めた。
「キイがいなくなったってどういう事……!?」
先程までの平和に過ごしていた時間とは一転、俺とレイとレオンは血相を変えてキイの部屋に駆け込んでいた。
つい今までレイと共に執務室にいたのだが、キイがいなくなったという知らせを持って騎士が飛び込んで来たのだ。
急かすように言ったレイの問いに、顔を青ざめさせた双子侍女の片割れが口を開く。
「それが……図書室に行くと言ってからもう三時間も帰って来ないんです……っ」
「どうせまた庭園かどっかほっつき歩いてるんじゃないのか?」
「しかし副団長、自分もキイ様の気を探ってみたのですが、この王宮のどこにも感じないのです」
護衛騎士のアースノルドが放った言葉に、その場にいた全員が顔を強張らせる。
アースノルドは、人間の気を探る能力が非常に長けているが、戦闘には向かないのでキイのお守役にと付けていた騎士だ。
だからアースノルドが王宮の中にキイがいないというのなら、十中八九間違いない。
ならばどこに……?
キイは王宮の外に無言で出て行くような軽率なことはしないはずだ。
「……ウォル、レオン、後宮に行くよ」
至極真剣な眼差しで言ったレイに、俺とレオンは無言で頷き合って後に続いて部屋を後にした。
常にレイの近くにいるキイを煩わしく思った馬鹿な女共がはした金で適当な傭兵でも雇って連れ去らせたのだろうか。
しかしこの王宮に侵入することも王宮から人間を連れ去ることも容易なことではない。
むしろ普通の方法なら不可能に近いのだ。……例外もいるが。
まさかあいつが……? いや、でもあいつはキイの元に今でも毎日のように現れているが、連れ去ろうなどという気配は全くなかったはずだ。
ならば誰がどのよな方法で……?
様々な考えを巡らせていると、いつの間にか後宮に着いていた。
連絡を入れずに国王陛下が訪れたのにあたふたとしている侍従長等を視線で制しながらレイがずかずかと中に踏み入って行く。
その後第二妃から第十二妃まで全員の部屋を回ったが、半数の人間が口を揃えて言った。
“国に帰らなければいけないと言っていた”……と。
「奴らの言う事が本当だとでも思っているのか?」
あれから執務室に戻り、一歩も外に出ようとしないレイに言葉を放つ。
キイの安否が確認できてない今、どうしても焦りが消せずキツい口調になる。
きっとレオンも同じことを言おうとしていたのだろう。俺と同じようにレイに視線を向けていた。
レイは視線を落としながら、ゆっくりと口を開く。
「……もし、キイが記憶を取り戻していたら?」
「……っ」
それは俺がどうしても考えたくなかった事実だった。
もう、キイがここにきて二月も経っている。
失くしたというキイの記憶が戻ってもなんらおかしくない時間が経っているのだ。
前に一度、何故毎日足繁く図書室に通っているのだと聞いた時、自分の産まれた国に帰りたいからと言って寂しそうに笑っていたのを思い出す。
と言う事は、今日、図書室で国への帰り方を知って……?
いや、それでは何故俺たちに一言も言わないのだ。
レイに言えば馬車でも騎士団でも何を使ってでも無事に送り届けるだろうに。
「実はもうずっと前から記憶を取り戻していて、けど僕達に言いだせなくて……自力で帰る方法を見つけて、僕達に言うと別れが辛くなるから何も言わずに出て行った」
「……あいつの考えそうな事ではありますが……しかし攫われていないという確証もないのでは、」
「この王宮に侵入して見つからない程の輩が?」
遮るようにレイが放った言葉に、レオンがぐっと言葉を詰まらせる。
その時、ふと俺の脳裏にある言葉が浮かんだ。
「闇の白銀……」
闇の白銀というのは、唯一この王宮に簡単に忍びこめるであろう傭兵集団の名前だ。
集団のトップに君臨する男と、その右腕となる男の二人が闇の魔術に長けていて時空を歪ませたり相手を洗脳したりとつい数月前に北のノゥシュア王宮に忍び込み国王を暗殺寸前まで追い込んだのだ。
キイと出会ったのがその件でノゥシュアを訪れていた帰りだったので、簡単な内容は向こうの人間から耳にしていた。
「馬鹿な……後宮の女達があいつらと繋がっていると言いたいの?」
レイが、信じられないというような表情で俺に言い放つ。
確かに、殆ど後宮に閉じこもりっぱなしの女共に奴らとの繋がりなんかあるとは考えられない……
やはりキイは自らこの王宮を後にしたのか……
受け入れたくなくても、もはやその事実を受け入れざるを得ない状況に俺達は唇を噛み締めるしかなかった。
読んで下さって有り難うございます!
やっぱり文章書くのは難しいですね…。
句読点の打ち方がいまいち分かりません(・д・`)
これからももっと上手く文章書けるように頑張ります。
それでは、またお暇があれば次話もよろしくお願いします(^o ^*)