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千年の眠り―金色の花嫁―  作者: 天豆
第一章~東の国-イーシュア-編~
10/23

其の者対、後宮の女達 【其の一】





 あたしが王宮に来て、もう二ヶ月程経っていた。

双子侍女のメィサとリィサや護衛騎士のアルともより一層仲良くなったし、一応国王陛下のレイは相変わらずあたしの部屋にサボりにくるし団長さんとレオンさんとの距離も心なしか縮まった気がする(本当に心なしだけど)。

早く元の世界に帰らなきゃいけないのになに馴染んでんだとか思いながらも、今日もまたミシュアでの平凡な時を過ごしていた。


 いつも通りレイのサボりに付き合った後、これまたいつものように図書室へと足を伸ばす。

図書室には元の世界へ帰る方法の手掛かりでもと通っているのだが、この誰もいない静かな空気が好きだったりもする。

 日本で平凡に生活している時は本なんか好き好んで読んだりしなかったんだけど、こうも毎日暇でケータイもパソコンもテレビもなくて……ってなるとね。

やはり延々と気が遠くなるほど文字が羅列された本でも読みだしたら面白く感じてしまうのだ。

都合の良い事に、こっちの世界の文字は明らかに日本語じゃないのに頭で理解して読めてしまう。

まぁ、言葉も最初から理解できてたしね。これぐらいのことは予想してたよ。


 なんて考えながらぼーっと本棚を回っていると、ふと、下段を見るために落としていた視線の先に女性のドレスの裾が映る。

それを辿って視線を上げると、なんとも美しい顔の女性が侍女を従えて微笑みを湛えて立っていた。

はて、どこかで会ったっけ? と首を傾げるが、あたしに向かって微笑んでいるという事はあたしに用事があるのだろう。

取り敢えずあたしも曖昧に微笑んでみるが、女性は一向に口を開かない。

おかしいなぁ、と思いつつ通り過ぎようとすると、クスッと微かな笑い声と共に、信じられない程憎たらしい声があたしの耳に届いた。


「やっぱり下賤な人間はまともに挨拶もできないのね」


 女性は、クスクスと厭らしい笑い声を響かせながらしゃなりしゃなりと気取った足取りで図書室を出て行った。

少しむっとしながらも、いや、あんたもでしょ? と言いたい気持ちを堪えてあたしは再び本棚巡りを再開することにした。

 意味の分からない中傷に邪魔されながらも数冊気に入った本を見つけたあたしは、ほくほくとした気持ちで図書室を後にした。

借りた本を小脇に抱え、歩き慣れた廊下をスタスタと歩いていく。

するとまたもや、右前方十メートル先ぐらいに煌びやかなドレスを身に纏った女性が侍女を脇に従え佇んでいる。

そもそもこの王宮に侍女付きの女性がいる事は滅多にないので、やはりさっきの女性もこの女性も後宮のいわゆる側室というものだろう。

と、既に目の前まで来ていた女性の綺麗な顔をしげしげと見ながら悠長に考えていると再びあの蔑む様な含み笑いを向けられる。


「陛下はこんな貧相な小娘がお好みなのかしら?」


 侍女と共にクスクスと笑いながら、あからさまにあたしの胸へと視線をずらして再びお上品な含み笑いを見せる。

さすがにあたしがギッと睨むと、「あら、怖い怖い」と言ってしゃなりしゃなりとお上品に去って行った。

あたしは沸々と湧きあがる怒りを抑え込み、足早に自分の部屋へと歩みを進める。


 今この手に持っている本の内容がどうしても気になって、早くゆっくり読みたいという気持ちに押され階段を駆け上がる。

すると、またもや煌びやかなドレスを身に纏った女性が階段を降りてきて、さっとその華奢な足を横に突き出す。

その姿に見とれていたせいか、咄嗟にかわすことが出来なくてまんまとその足に引っ掛かり勢いよく階段に倒れ込む。

本を抱えていたせいでろくに手を出す事も出来ず、思い切り顔を階段に打ち付けてしまった。

その場に蹲って悶えていると、横をカツンカツンとヒールの音が通り過ぎて行くのが分かった。


「階段を駆け上がって転ぶなんて……本当に下賤な民のする事ね」


 クスクスと言って去って行くが、そんなことはどうでもいいぐらいに顔が痛い。

もはやスライディングの勢いでずっこけた為、顔全体がずきずきと痛みと熱を帯びている。

さすがに顔はひどすぎる……後宮の女の人って皆こんな人なの!?

怒りよりも恐怖が湧きあがり、背筋にゾワッと何かが這い上がるのを感じた。




「っ……たた、いた、いたいっ……うぅ……」


 ズキズキヒリヒリと痛む己の顔面をぴと、ぴと、と慎重に確認するように触れながら人通りの多い廊下を用心深く歩いていると、正面五十メートル程先に今一番会ってはいけないであろう人物ランキングの上位に入っている人物を発見してしまった。

もし顔に傷なんかできてしまっていたとして、そんな状態を見られたら確実に問いただされて余計ややこしくなるであろうランキング第二位の人物だ。

 瞬時にその顔を判別すると、ぐるんと向きを九十度変えて小走りに元来た道を戻って行く。

あんな遠くからだと、多分気付かれてはいないだろう。

もはやあたしだって本人かどうかも分からないまま逃げ出してきたのだ。

その割には徐々にスピードを上げてまるで逃げるかのようにバタバタと廊下を走って行く。

すれ違いざまに刺さる視線なんかもうどうでもいい。とにかくこの廊下を抜けて、あの角を曲がって……


「……何故逃げるんだ、キイ」


 低い…低ぅぅぅぅい囁き声と共に、あたしの肩ががしっと掴まれた。

ひいぃぃぃぃ……ッ!

ちょ、声低ぅぅぅっ! 怖ァァッ!

追ってきたよ! てか追いついてきたよ!! 五十メートルのハンデも虚しく!!

しかもすでに怒ってるみたいなんだけど……何故!?

背中にゾクリと冷たい視線を感じながら、既に使い物にならない程がくがくと震えている足に力を込める。


「あの……お手洗いに……」


 冷や汗を垂らしながら、残念な言い訳を口から漏らす。

いや、お手洗いて。

この状況で便所行きたいですってか。

自分の中でツッコミを入れながら、肩を掴んでいる手を外しにかかる。

もちろん、振り返らずに。


「ほう……それならば俺の部屋の方が近い。そんなに急いでいるなら貸してやろう」


 ぎゃぁぁっ!やっぱり見抜かれてる!!

てか何でそんなに怒ってるのかが分からない……

あの距離じゃ人物を判別するのもままならないのに顔の状態を見分けるなんてあり得ない。絶対。

あたし他に何したんだよぉぉぉぉ……!


「や……それは、遠慮しまぁぁぁぁぁす!!!」


 一瞬の隙をついて手を振り払うと、渾身の猛ダッシュを繰り出す。

……が、呆気なく腕を掴み取られるっていう物凄い恥ずかしいパターンに。

そのままズルズルと腕を引かれながら、脱げそうになる靴に気を使いつつ絶対に顔は見せない、と心に決めるあたしだった。


 結局彼の部屋であろう一室に引きずり込まれ、渋々お手洗いをお借りする事に。

そのやり取りの際も顔を隠し、ささっとお手洗いへと身を隠す。

まぁ、取り敢えずついでなので一応用も足して。

手を洗ってふと顔を上げると、悲鳴をあげそうになる口をやっとのことで抑え込んだ。

逃亡中に感じた視線は、これのせいか!!

あたしの顔は、額からは微かに血も滲み頬や顎にまで青痣が出来ている。

なんてこった……こんな顔見せられない。絶対に。


 扉を開けて部屋の様子を伺い、近くにいない事を確認すると音を立てずにゆっくりゆっくりと部屋の扉の前へと移動する。

物音ひとつ聞こえないので、既に部屋にはいないのだろうがそれでも一歩一歩慎重に踏み出し、やっとのことでノブに手をかけ扉が半開きとなった瞬間……

ガチャン。……という音と共に虚しく扉が閉じられた。

おや? と顔を上げると、あたしの頭の横から伸びた手が扉に押し付けられている。

いや、あのね? 漫画とかドラマとかだったらきゅんっ……てくるシーンなのかもしれないけど、コレ、何もときめきません。

もう、恐怖しか感じません。はい。

物凄く振り向くのが恐ろしいです。冗談抜きで。


「……何故逃げる、と言ったはずだが?」


 その言葉と共に、身体ごと振り向かされ扉に押し付けられる。

やばい、油断して顔を見られ……見ら……あれ? 何で驚かないの?


「あの……顔、驚かないんですか……?」


「……俺が何故追いかけたと思ってる」


 見えてたんですかぁぁぁーーーーーッ!

あなた、あの距離から見えてたんですかァァァァッ!

驚愕の事実に心の中で叫びながら、目の前にある某ランキング第二位に君臨する団長さんの顔を青ざめた表情で見つめる。

……ていうか、近い、近いよ。そして怖いよ。

団長さんの腕は、左が扉へ右があたしの左肩へと伸ばされている。

そして自身は屈み込むようにあたしと視線を合わせている。


「キイ……何故逃げた?」


 目をじっと見据えられて低く囁かれた声に、不覚にもゾクリと身体が反応してしまう。

男の人がこうして怒りを抑えている姿って、ある意味魅力的だな…なんて下らない事を考えながら波打つ心臓を抑えようとするが、無理っぽいです。


「だって……あの、後宮の人にされたなんてもしレイに知れたら……ていうか、言うでしょ? 団長さんはレイに……だから……」


 おずおずと躊躇いがちに言った言葉に、団長さんがふと目を細める。


「ほう……それは側室の女達にやられたのか」


 そこはバレてなかったんかーーーいッ!

余計な事言っちゃったわーーーいッ!!


「……側室達には気を付けろ、と言ったはずだが?」


「え……?」


 団長さんの言葉に、はて、と首を傾げる。

その動作に、団長さんの眉がぴくりと反応すした。

し、しまった……


「そうか、また話を聞いていなかったのか……」


 怖ッッッ……! 何、その低い声! 怖ッッッ!

あたしがそろぉりとくぐり抜けようとすると、それを阻もうと団長さんの腕が伸びる。

が、幼い頃から鬼ごっこが得意だったあたしは見事それをすり抜けなんとか走って部屋の奥へと逃げる。


「ごめんなさいィィィ……!!」


「っ……待てキイ!!」


 怒鳴り声と共に団長さんが走って来て、結局捕まってその場で揉み合いになる。


「ごめんなさいって!!」


「お前はどうしていつも人の話を聞かないんだ……!!」


「だから謝ってるじゃないですか……ぅあ、ちょ、……っ」


「謝って済むか……う……っ!」


 揉みくちゃになって後ずさりをした瞬間、真後ろのベッドに膝裏が突っ掛かってそのままの勢いで団長さんと共に倒れ込んでしまった。

ギシッとバウンドして倒れ込み、当然のようにあたしが押し倒されている状態に。

コンコンっと軽快な音が鳴り、お互いがハッとした時にはもう遅くバーーンッ!と爽快に扉が開かれた。


「ウォル、この資料に書いてる地名って……」


 資料片手に部屋へ一歩踏み込んだレイは、そのままの形で動きを止めた。

穏やかだったその表情は徐々に冷やかな怒りを示し始め、あたしは本日三度目の身震いをする。


「ウォル……それにキイ、何を、してるのかなぁ……?」


「ち、違うんだ、これには訳が……」


「訳……そう、たっぷり聞かせて貰うよ……?」


「「……っっっ!!」」




 皆さん、軽快なノック音の時にはご注意下さい。

大抵の場合は、直後に人物が入室してきます!


神塚喜癒の豆知識っ☆










「小娘……お前は俺の手を煩わせる為にいるのか?」


「ごめんなさい……」


 あたしの顔の傷を治癒魔法で治療しながら毒を吐き続けるレオンさんに、あたしはひたすら謝り続けていた。

たしかにレオンさんにはお世話になりっぱなしな気もしないこともない。

徐々に痛みも引いていき、痣も綺麗に治っていった。

レイが、申し訳なさそうに声をかける。


「ごめんね、キイ……」


「いや、レイは悪くないよ! あたしが階段駆け上がりさえしなかったらあんなのに引っ掛からなかったんだから」


 慌てて言ったあたしの言葉に、レイが首を振る。


「いや……許せないね。いっそのこと後宮ごと排除してしまおうか……」


「ちょ……だから言うのやだったんだよ! 絶対そう言うと思ったんだもん!!」


「いや、この機会に排除すべきですよ、陛下」


「……そうだな。俺もあの女達のやり口は気に入らない」


「ちょ、えぇっ? レオンさんも団長さんまで何言ってんですか!」





 ……というやり取りを延々繰り返し、ひたすら説得するあたしの気持ちを買って後宮を無くすのは辞めてもらえることに。

というより、何故あたしがこんなに必死にならないといけないの、痛い目にあったのに。

僅かな不満を持ちつつも、極力ややこしい事態は避けたいあたしは黙っておく事にしたのだった。





読んで下さってありがとうございます!

とうとう側室達が動き始めます。

次話はもっと卑劣になっているかも…?


それでは、また次話も読んで頂けると嬉しいです(*´ω`)ノ

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