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まあ、あの約束は、まだ有効だったのですか?

作者: 赤林檎
掲載日:2026/07/13

 ――きっと君を迎えに来る。

 従兄キュリロスのその言葉は、わたくしの心の支えだった。

 この五年間、ずっと……。


 王宮の最奥にある茨に囲まれた宮が、わたくしの住まいだった。

 最小限の侍女と下男、下女、庭師は与えられている。

 生活に支障はない。

 今の暮らしが、わたくしに相応しいものかどうかは、わからないけれど……。


 わたくしは侍女を伴い庭に出る。

 庭師のコスタスと、その息子のシメオンが、作業の手を止めてお辞儀をする。


「楽にせよ」

 わたくしは二人に声をかけた。

 先王の第一王女らしく――。


「そろそろ向日葵は咲きそうか?」

 わたくしは二人に問いかけた。

 向日葵という植物は、わたくしの背丈よりも高く育っていた。


「へえ、そろそろでさ」

 シメオンが、麦わらでできた帽子を脱いで答えてくれた。

 短い赤毛が夏の風に揺れ、緑色の瞳が、わたくしをまっすぐに見つめる。

 シメオンの笑みを浮かべた顔は、なぜか、わたくしの胸を苦しくさせた。

 シメオンは、袖なしの白い綿のシャツと、薄汚れた灰色のトラウザーズ姿。

 肉体労働者らしい身体は、力強く、頑丈そうだ。


「楽しみだわ」

 わたくしは、シメオンから目を逸らす。

 キュリロスとの約束を、守らなければならないから……。


 わたくしはシメオンに背を向けると、宮の唯一の門に向かった。

 茨の巻き付いた、黒い鉄柵門。


 五年前、キュリロスは、その向こうに立っていた。

 王族の証たる黄金の髪に、紫の瞳。

 わたくしと同じ色彩を備えた、簒奪王の第一王子――。


「こんなことになって、ごめん」

 キュリロスは門の向こうで泣いていた。

 門の柵を握りしめて。


「あなたのせいではないわ」

 わたくしもまた泣きながら、キュリロスの手に触れた。

 悪いのは、王弟エウメネス。

 父母と兄たちを殺し、王位を奪った、あの男。

 あの男は、わたくし一人を生かした……。


「イオアンナ……」

 キュリロスは、自分の首に下げていた金のネックレスを外した。

「いつか私が王位に就く日が来るだろう。その時には、イオアンナを妃にする。必ず、ここから出す。約束する」

 そう言いながら、キュリロスは柵の間からネックレスを渡してくれた。


「ありがとう、キュリロス」

 わたくしは震える指で、ネックレスを身につけた。


「第一王子殿下、こんな場所にいたのですか!」

 男の声がして、わたくしはビクリと身を縮めた。


「もう行かなくては……」

 キュリロスは拳で涙を拭った。


「キュリロス……」

「きっと君を迎えに来る」

 キュリロスは力強い声で言ってくれた。


 ――少年と少女の幼い約束。


 そんなものを信じて、わたくしは、キュリロスをずっと待っていた。


 しかしながら……。

 限度というものがあるのでは?


 最近のわたくしは、疑問を抱きがちだ。


 あれから五年が経過した。

 その間、キュリロスは、ここを一度も訪れていない。

 簒奪王の息子の言葉を信じるなんて、無理があったのでは?

 キュリロスの言葉が支えだった時期も、たしかにあったけれど……。

 それも、そろそろ限界だった。


 ――少年だったシメオンは、五年で、たくましい青年になった。

 キュリロスは、どんな青年になったのかしら?


 第一王子殿下は、王太子になられたと、侍女が教えてくれた。

 それは、つまり、キュリロスが王位に近づいたということ。

 ここから出られる日が、近づいたということ。


 ――本当に……?


 わたくしは侍女や門番に、キュリロスへの手紙を託した。

 それらは届いたはずなのに、キュリロスからの返事はない。

 キュリロスが会いに来ることも、一切ない。

 もはや、わたくしを忘れていると判断しても良いだろう。


「イオアンナ様……」

 シメオンが遠慮がちに呼びかけてきた。

 その声に、心臓が大きく跳ねる。

 わたくしは物思いに耽るのを止めて、ゆっくりと向き直った。


「こいつは……、東方の朝顔ってぇ植物です」

 シメオンは、木の棒が刺さった妙な鉢植えを持っていた。

 頭を下げて、素焼きの茶色い植木鉢を突き出してくる。

 わたくしはシメオンに近寄り、植木鉢を自ら受け取った。


「朝顔……?」

「日当たりの良い場所に置いて、水やりをしていると、芽が出て、育って、そのうち花が咲くんでさ」

「まあ」

 わたくしは植木鉢の中の土を見た。

 今はまだ、なにもないように見える。

 けれど、この土の下には、朝顔なる植物の種があるはずだ。


 日当たりの良い場所。

 ちゃんと水をやる。

 花が咲く――。

 それが自然界の理。


 シメオンは、植物の育て方の話をしている。

 けれど、わたくしには、別な意味を持って聞こえた。


 日陰に置かれて。

 水も与えられなければ……。

 芽すら出ない。

 種をまいた者だって、そのことを忘れてしまう。

 ――キュリロスが、わたくしを忘れてしまったように……。


 向日葵のように地面に植えられていたら、もうどこにも行かれない。

 大木や建物の影から、逃れられない。

 けれど、この朝顔のように鉢植えならば……。

 日の当たる場所に移動させることができる。


 ◇


 わたくしは宮にある自室へと戻った。

 今後のことを考えなければならない時期が来たのだ。


 ――キュリロスは迎えに来ないだろう。


 一度も会いに来ない以上、期待などできるはずがない。

 キュリロスの様子を探ったりすることは労力の無駄だ。


 侍女や下男、下女、門番は、数日や数か月単位で入れ替えられている。

 彼らの誰が信頼できるのか、わたくしには判断できない。


 コスタスとシメオンだけは、入れ替えられることなく、この宮に通い続けている。

 叔父上の手先だから……?

 それとも……。

 あの二人は、調べる価値があるだろう。


 わたくしは再び庭に出た。

 赤毛の二人の男は、黙って植物に水やりをしていた。


 水やりは重労働だ。

 井戸から桶で水を汲み、別な桶に移す。

 小さな植物には小さな器で。

 木々には桶から直接。

 水を与えている。


 照りつける太陽の下、二人の額から頬へと、汗が流れ落ちる。

 ――彼らは、この五年間、ここに通い続けている。

 その間、力強い彼らが、わたくしに襲いかかってくることはなかった。 

 わたくしを傷つけるつもりはないはずだ。


 シメオンが、わたくしの視線に気づいたのだろう。ゆっくりとこちらに目を向けた。

 木の葉のような深い緑色の瞳が、わたくしを映している。

 シメオンはコスタスに声をかけ、二人でわたくしの前まで来た。並んでひざまずき、わたくしから話しかけられるのを待っている。


 わたくしも五年前までは、王女教育を受けていた。

 だから、わかる。

 二人は貴族の作法を知っている。

 平民のような下卑た話し方をしているけれど、平民ではない可能性が高い。

 二人は五年もの間、打ち捨てられた王女を軽んじることなく、礼を尽くしてきた。


「楽にせよ」

 わたくしは、いつものように許可を出す。

 二人は滑らかな動作で立ち上がった。


「二人とも、水分はしっかり摂っている?」

「へえ、のどが渇いたら、桶から直接飲めまさあ!」

 シメオンが豪快に笑って、桶を持ち上げて飲んでみせてくれた。


 侍女はわたくしの斜め後ろに、ぴったり張りついている。

 邪魔だわ……。


 わたくしはシメオンに好意を抱き始めている。

 侍女たちも、きっと勘付いているはずだ。

 年頃の男女なのだ。そういうこともある。


「シメオン……、少し一緒に歩かない?」

 わたくしは控え目にほほ笑んでみせた。

 ――これで誰かに消されるならば、シメオンも、そこまでの男だ。

 胸の奥の痛みは、無視することにした。


「えっ、へえ」

 シメオンは驚いてから、ふにゃりと笑顔になった。


「ダフネ、少し離れていてくれないかしら?」

 わたくしは恥じらいながら侍女に命じる。

 侍女は黙って距離を取った。


 わたくしは自らシメオンに近寄った。

 シメオンが少し慌てて、わたくしの隣に立つ。


「植物の話を聞かせてほしいの」

「へえ……、もちろんでさ」

「トレントというのは、本当にいるの?」

「そいつは、物語に出てくる魔物で……。木の化け物で、根っこを使って歩きまわるんでさ」

「ここには樹木がたくさんあるが、歩き出すものはおるか?」

 シメオンが貴族であれば、この意味がわかるはずだ。


 ――わたくしと共に歩む者はおるか?


 ここにいるのは、先王の第一王女。

 わたくしを推戴し、簒奪王を討つ者はおるか?


「ドライアドが呼びかけるなら、そりゃあ、どいつもこいつも、土から這い出て、歩き出しまさあ」

 ドライアドは、樹木の精霊だ。

 緑色の髪を持つ、美しい女の姿をしていると言われている。


「壮観でしょうね」

 わたくしは歩き出した。

 シメオンも、並んで歩いてくれる。


「朝顔の芽は、いつ出てくるのかしら?」

 わたくしは話を変えた。

 知らぬ者には、そのように聞こえただろう。


「あっという間でさ」

 シメオンが短く答える。

 この男は、わたくしの意図を理解している。

 この日のために、厳しい労働に耐えて、待っていてくれた。

 キュリロスとは違う。わたくしに会いにも来ない、あの男とは――。


「シメオンのことが知りたいわ」

「いやあ、困ったな」

 わたくしとシメオンは、見つめあってから、うつむいた。

 わたくしたちの間を、熱い夏の風が吹き抜けていく。


「好きな色なら……、菫色でさ」

「まあ……」

 これはおそらく、わたくしの瞳の色だと言いたいのだろう。

 どこまでがこの場に合わせた演技で、どこからが本心なのか……?

 わたくしは胸の奥で、密かに考えていた。


 ◇


 コスタスが身代わりの娘を連れてきたのは、落ち葉の舞い散る頃になってからだった。

 その娘は、侍女の姿で宮に紛れ込み、わたくしと服を交換した。

 わたくしは他の侍女らと共に宮から、王宮から、出ることができた。


「エヴァ」

 シメオンは王宮の門の外で、わたくしを偽名で呼んだ。


「お待たせ」

 わたくしはシメオンに駆け寄り、手を繋ぐ。


「早く所帯を持ちてえな」

「うん」

 門番たちに聞かせるための、恋人同士の会話。

 庭師見習いと侍女は、堂々と王都の街並みに消えた。


 そして、冬を越え。

 春が来て。

 若葉が陽光に煌めく頃――。

 わたくしは王都の北門の前にいた。


 着ているものは、騎士服を元にした白い衣。

 腰には、王家に伝わる金のレイピア。


 わたくしの白馬を引いてきてくれたのは、男爵家の三男シメオン・ネロー。

 ネロー男爵家の寄り親は、ヴロンディ侯爵家だという。

 六年前、父上の死と共に失脚した宰相の家だ。


「ご武運をお祈りしてまさ……」

「ありがとう」


 シメオンは、わたくしより背も高く、力も強い。

 そんな男が、涙目になって、馬上のわたくしを見ている。


 実に愛らしいではないか。


 わたくしは、やるべきことをやって、すぐに戻ってくるつもりだ。

 ――だから、シメオン、安全なところにいるのだぞ?


 わたくしは手綱を操り、人々の前へと馬を進める。

「我ら、簒奪者を討つ者なり! わたくしこそ、この国の正統なる統治者! この国に、正義と秩序を取り戻すのだ!」

 わたくしは金のレイピアを掲げた。

 人々がわたくしの呼びかけに応え、進軍を開始する。


 閉じられていた王都の門も、王宮の正門も、内側から開かれた。

 六年も準備に費やしたからな。


 わたくしが玉座の間に到着した時には――。

 すでに簒奪王エウメネスも、王太子キュリロスも、一つの柱に縄で縛りつけられていた。


 彼らの頭上には、一枚の貼り紙。

『愛する姫君に、最後の贈り物でさ』

 誰がやったのかくらい、すぐわかる。

 シメオン……。


 この戦いを経て、わたくしはこの国を統べる女王となる。

 男爵家の三男では、決して手の届かない地位にまで上るのだ。


「イオアンナ、貴様……!」

 簒奪王がわたくしをにらみつけた。

 二人とも、かなり痛めつけられている様子だった。


「なぜ、こんなことを……! なぜ、私を待っていてくれなかったのだ……!?」

 おそらくキュリロスと思われる男の問いかけに、わたくしは小首を傾げる。

「キュリロス……?」

「そうだ、私だ! 約束しただろう!」

「そんなこともあったわね」

「君は何度も手紙をくれたではないか! 覚えているはずだろう!」

「あら、わたくしの手紙は届いていたのね。返事がないから、どこかで握り潰されていたのかと思ったわ」

 わたくしが驚いてみせると、キュリロスは顔を歪めた。


「私は王太子となるべく励んでいたのだ! 君は私の初恋の相手だ! 私は愛する君のために全力を尽くしていた! なぜ、わからないのだ!? 手紙の返事などと……! 私には、そんなものに割く時間はなかった!」

 そんなもの。

 わたくしが待ち焦がれたものは……。

 キュリロスにとっては、そんなもの、だったのね……。


「約束を違える者に、一国を統べる資格はない!」

 簒奪王がわたくしを非難する。


「まあ、あの約束は、まだ有効だったのですか?」

 わたくしは冷たく二人を見下ろした。

 六年の間、放置されていた約束。


「当然だ! 私は君のために王太子にまでなっただろう! これが私の君への愛だ!」

「この六年間、キュリロスの愛など、一度も感じられなかったわ。ご自分のために王太子になったのでは?」

「私の愛には行動が伴っているだろう! 君のために、立太子されるという結果を出している! それを疑うのか!」


「昨年の秋、スキア筆頭公爵家の次女アルシノエが、王太子妃になりましたわね。そのことについても、なに一つ、ご説明いただけなかったわ」

 わたくしは身代わりの娘に確認したのよ。

 キュリロスが説明するために訪れたかどうか……。

 手紙の一通くらいは、届いたのか……。


「イオアンナを正妃にするとは言っていない!」

「そういえば、そうでしたわね」

「妃には迎えるつもりでいた! なにを説明する必要があったのだ!?」


 側妃の一人として、お傍においていただける、と……。

 あの言葉は、そういう意味だったの……。

 それが、キュリロスの考える『初恋の相手』に対する扱いなのね……。


 わたくしは、首から下げていたネックレスを外した。


「わかったなら、さっさと縄を解け!」

「すぐにキュリロスと婚姻させてやる! それでいいだろう! 嫉妬に振り回された娘は、なにをしでかすかわからんな!」

 簒奪王も、唾を飛ばして怒鳴っている。


 わたくしは、キュリロスにネックレスを投げつけた。

 いつか、こうするために、いまだに身につけていたのよ。

 さようなら、わたくしの初恋の王子様。


 わたくしは二人に背を向ける。


「処刑の準備は整っておるか?」

 わたくしは元宰相であるヴロンディ侯爵に訊いた。


「はい。すでに刑場には、民が詰めかけております」

 ヴロンディ侯爵の言葉を聞き、簒奪王とキュリロスが怒鳴り散らす。

 命乞いならば、言葉を選んだらどうなのだ。

 うるさくてかなわぬ。


「静かにさせろ」

 わたくしは近くの騎士に命じた。

 こちらは、この後も予定が詰まっている。

 こんなところで消耗するわけにはいかぬのだ。


 ◇


 シメオンは、わたくしにとって大樹だった。

 その枝葉で木陰を作り、陽射しを防いでくれた。

 太い幹に寄りかからせてくれた。


 だが……、トレントだったようだ。

 わたくしの大樹は、自らの足で歩いて、姿を消してしまった。

 わたくしたちは、なんの約束もしていなかったしな……。


 シメオンは、最近ずっと思いつめた顔をしていた。

 なんとなく悪い予感がしていたのだ……。

 だから、シメオンには、こちらの陣営にいる『王家の影』を付けておいた。


 ――ネロー男爵領とは、王都を挟んで反対側の辺境地帯。

 シメオンは、そこで一兵卒として戦っているらしかった。

 愛する女の統べる国を守りたい、などと考えているのだろう。


 困った奴よ……。


 わたくしは辺境伯と数人の騎士たちを従えて、山道を進む。

 辺境伯は、この地方を治めている厳つい中年の元騎士だ。


「もうすぐ宿舎が見えてきます」

 辺境伯が声をかけてきた。


「そうか。……ここは実に過酷な土地だな。よく治めてくれて感謝する」

「女王陛下にお褒めいただけるとは、この上なき幸せにございます」


 そう、わたくしは女王となった。

 わたくしには、王都で果たすべき務めが山ほどあった。

 戴冠式だのなんだのと、いろいろ……。

 それらを片付けていたら、半年も経ってしまったわ……。


「あちらです」

 辺境伯が、わたくしの横に並んだ。


 辺境軍宿舎の門は大きく開かれていた。

 宿舎の前では、縄で縛られた軍服姿の男が、兵士たちに囲まれていた。

「俺がなにをしたというのかっ!」

 シメオンは、兵士たちに怒鳴っていた。


「そう怒るな」

 わたくしは女王らしい口調でシメオンに話しかけた。


「あ……」

 シメオンの目が見開かれる。


「我が王配よ、この女王自らが迎えに来たのだ。王都に帰るぞ」

「え……、あ……、いや……、え……? 王配……?」

 辺境伯が馬を下り、シメオンの前でひざまずく。


「辺境伯閣下……?」

「簒奪王とその息子を捕らえた英雄シメオン・ネロー王配殿下にご挨拶いたします」

 辺境伯は、己のやるべきことを心得ている。


 シメオンが口を開けたり閉じたりしていた。

 自分のやったことが、ようやく理解できたといったところか?

 ――隠し通路から王宮に入って、国王と王太子を逃げ出す前に捕らえる。

 そんなことをしたら、英雄と呼ばれるに決まっているだろうが。


「いや、しかし、俺は……」

「我が夫となるのは不服か?」

 シメオンとは恋仲になったと思っていたが……。

 まさか、シメオンは、わたくしとの結婚は考えていなかったのか……?


「そんな……、俺なんざ男爵家の三男で……、下賤な庭師の息子の真似をしていたような男で……、イオアンナ様とは釣り合わねえ……」

「下賤な庭師の息子? わたくしが言ったのか? そんなことを言ったことがあったか……? 誰か他の者が言ったのか? 誰だ? 首を刎ねてやろう」

 わたくしは眉根を寄せて問いかけた。


 シメオンはその『下賤な庭師の息子』に身をやつし、わたくしの傍にいてくれた。

 その行いが、すでに英雄譚にうたわれるものだと思うが……。


「俺とイオアンナ様が結婚するなんざ……。ただのトレントと……、ドライアドが結婚するようなもんでさ」

「それは……、あれか……? 世界樹のトレントの話をしているのか……?」

 わたくしにも、世界樹のトレントなどというものがいるかはわからぬが……。


「世界樹の……トレント……?」

 シメオンも戸惑っていた。


「女王の幽閉時代を庭師に身をやつして支え、さらに簒奪王と王太子を捕らえたのだからな……。そのへんに生えているトレントとは、レベルが違うだろう」

 わたくしはシメオンに丁寧に教えてやった。


「言われてみりゃあ……、俺、すごいな……」

 シメオンにしてみたら、どちらも簡単にやってのけたのだろう。

 それが比類なき功績であるなどとは、まったく思わなかったのか……。

 英雄というのは、こういうところがあるから困る。


「そうだろう」

 わたくしは大きくうなずいた。


「女王陛下と結婚しても……、おかしくない……? よな……?」

「むしろ結婚しない方がおかしい。――縄を解け。我が王配を連れて帰る」

 わたくしが宣言すると、兵士たちがシメオンの縄を解いた。


「辺境伯、辺境軍の兵士たちは、よくシメオンを捕らえられたな」

「王配殿下には、子供たちと共に『軍法会議ごっこ』をしてもらったのですよ」

 シメオンも、それでは縄を打たれても抵抗できないか……。


 騎士の一人がシメオンの前に進み出て、引いてきた黒馬の手綱を渡す。

 シメオンがその馬に乗り、わたくしの隣に並んだ。


「また共に王宮で植物を育てようではないか。薔薇に、向日葵、朝顔……。他の季節の花も」

 それが、この国の英雄とやることなのかはわからぬが……。

「御意」

 シメオンがうれしそうだから、良いことにしよう。

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― 新着の感想 ―
シメオンが最後まで言葉遣いがラフなのがいい!とてもいい、すごくいいです。素朴で誠実で実行力のある性根がうかがえてほっこりします…一緒に仕事した人はみんな、彼の美点にメロメロになっているのではあるまいか…
キュリロスは可哀想なヒロインを見捨てないでいる俺(キリッ)に酔ってただけなんだろうな~。 幼心に初恋にすがる気持ちもありつつも、現実的に行動を起した主人公は男前でかっこいいし、シメオンは有能な上に優し…
実際シメオンがやった事は凄いことですからね その功績と献身に見合う分、どうか新女王と幸せになっておくれ
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