まあ、あの約束は、まだ有効だったのですか?
――きっと君を迎えに来る。
従兄キュリロスのその言葉は、わたくしの心の支えだった。
この五年間、ずっと……。
王宮の最奥にある茨に囲まれた宮が、わたくしの住まいだった。
最小限の侍女と下男、下女、庭師は与えられている。
生活に支障はない。
今の暮らしが、わたくしに相応しいものかどうかは、わからないけれど……。
わたくしは侍女を伴い庭に出る。
庭師のコスタスと、その息子のシメオンが、作業の手を止めてお辞儀をする。
「楽にせよ」
わたくしは二人に声をかけた。
先王の第一王女らしく――。
「そろそろ向日葵は咲きそうか?」
わたくしは二人に問いかけた。
向日葵という植物は、わたくしの背丈よりも高く育っていた。
「へえ、そろそろでさ」
シメオンが、麦わらでできた帽子を脱いで答えてくれた。
短い赤毛が夏の風に揺れ、緑色の瞳が、わたくしをまっすぐに見つめる。
シメオンの笑みを浮かべた顔は、なぜか、わたくしの胸を苦しくさせた。
シメオンは、袖なしの白い綿のシャツと、薄汚れた灰色のトラウザーズ姿。
肉体労働者らしい身体は、力強く、頑丈そうだ。
「楽しみだわ」
わたくしは、シメオンから目を逸らす。
キュリロスとの約束を、守らなければならないから……。
わたくしはシメオンに背を向けると、宮の唯一の門に向かった。
茨の巻き付いた、黒い鉄柵門。
五年前、キュリロスは、その向こうに立っていた。
王族の証たる黄金の髪に、紫の瞳。
わたくしと同じ色彩を備えた、簒奪王の第一王子――。
「こんなことになって、ごめん」
キュリロスは門の向こうで泣いていた。
門の柵を握りしめて。
「あなたのせいではないわ」
わたくしもまた泣きながら、キュリロスの手に触れた。
悪いのは、王弟エウメネス。
父母と兄たちを殺し、王位を奪った、あの男。
あの男は、わたくし一人を生かした……。
「イオアンナ……」
キュリロスは、自分の首に下げていた金のネックレスを外した。
「いつか私が王位に就く日が来るだろう。その時には、イオアンナを妃にする。必ず、ここから出す。約束する」
そう言いながら、キュリロスは柵の間からネックレスを渡してくれた。
「ありがとう、キュリロス」
わたくしは震える指で、ネックレスを身につけた。
「第一王子殿下、こんな場所にいたのですか!」
男の声がして、わたくしはビクリと身を縮めた。
「もう行かなくては……」
キュリロスは拳で涙を拭った。
「キュリロス……」
「きっと君を迎えに来る」
キュリロスは力強い声で言ってくれた。
――少年と少女の幼い約束。
そんなものを信じて、わたくしは、キュリロスをずっと待っていた。
しかしながら……。
限度というものがあるのでは?
最近のわたくしは、疑問を抱きがちだ。
あれから五年が経過した。
その間、キュリロスは、ここを一度も訪れていない。
簒奪王の息子の言葉を信じるなんて、無理があったのでは?
キュリロスの言葉が支えだった時期も、たしかにあったけれど……。
それも、そろそろ限界だった。
――少年だったシメオンは、五年で、たくましい青年になった。
キュリロスは、どんな青年になったのかしら?
第一王子殿下は、王太子になられたと、侍女が教えてくれた。
それは、つまり、キュリロスが王位に近づいたということ。
ここから出られる日が、近づいたということ。
――本当に……?
わたくしは侍女や門番に、キュリロスへの手紙を託した。
それらは届いたはずなのに、キュリロスからの返事はない。
キュリロスが会いに来ることも、一切ない。
もはや、わたくしを忘れていると判断しても良いだろう。
「イオアンナ様……」
シメオンが遠慮がちに呼びかけてきた。
その声に、心臓が大きく跳ねる。
わたくしは物思いに耽るのを止めて、ゆっくりと向き直った。
「こいつは……、東方の朝顔ってぇ植物です」
シメオンは、木の棒が刺さった妙な鉢植えを持っていた。
頭を下げて、素焼きの茶色い植木鉢を突き出してくる。
わたくしはシメオンに近寄り、植木鉢を自ら受け取った。
「朝顔……?」
「日当たりの良い場所に置いて、水やりをしていると、芽が出て、育って、そのうち花が咲くんでさ」
「まあ」
わたくしは植木鉢の中の土を見た。
今はまだ、なにもないように見える。
けれど、この土の下には、朝顔なる植物の種があるはずだ。
日当たりの良い場所。
ちゃんと水をやる。
花が咲く――。
それが自然界の理。
シメオンは、植物の育て方の話をしている。
けれど、わたくしには、別な意味を持って聞こえた。
日陰に置かれて。
水も与えられなければ……。
芽すら出ない。
種をまいた者だって、そのことを忘れてしまう。
――キュリロスが、わたくしを忘れてしまったように……。
向日葵のように地面に植えられていたら、もうどこにも行かれない。
大木や建物の影から、逃れられない。
けれど、この朝顔のように鉢植えならば……。
日の当たる場所に移動させることができる。
◇
わたくしは宮にある自室へと戻った。
今後のことを考えなければならない時期が来たのだ。
――キュリロスは迎えに来ないだろう。
一度も会いに来ない以上、期待などできるはずがない。
キュリロスの様子を探ったりすることは労力の無駄だ。
侍女や下男、下女、門番は、数日や数か月単位で入れ替えられている。
彼らの誰が信頼できるのか、わたくしには判断できない。
コスタスとシメオンだけは、入れ替えられることなく、この宮に通い続けている。
叔父上の手先だから……?
それとも……。
あの二人は、調べる価値があるだろう。
わたくしは再び庭に出た。
赤毛の二人の男は、黙って植物に水やりをしていた。
水やりは重労働だ。
井戸から桶で水を汲み、別な桶に移す。
小さな植物には小さな器で。
木々には桶から直接。
水を与えている。
照りつける太陽の下、二人の額から頬へと、汗が流れ落ちる。
――彼らは、この五年間、ここに通い続けている。
その間、力強い彼らが、わたくしに襲いかかってくることはなかった。
わたくしを傷つけるつもりはないはずだ。
シメオンが、わたくしの視線に気づいたのだろう。ゆっくりとこちらに目を向けた。
木の葉のような深い緑色の瞳が、わたくしを映している。
シメオンはコスタスに声をかけ、二人でわたくしの前まで来た。並んでひざまずき、わたくしから話しかけられるのを待っている。
わたくしも五年前までは、王女教育を受けていた。
だから、わかる。
二人は貴族の作法を知っている。
平民のような下卑た話し方をしているけれど、平民ではない可能性が高い。
二人は五年もの間、打ち捨てられた王女を軽んじることなく、礼を尽くしてきた。
「楽にせよ」
わたくしは、いつものように許可を出す。
二人は滑らかな動作で立ち上がった。
「二人とも、水分はしっかり摂っている?」
「へえ、のどが渇いたら、桶から直接飲めまさあ!」
シメオンが豪快に笑って、桶を持ち上げて飲んでみせてくれた。
侍女はわたくしの斜め後ろに、ぴったり張りついている。
邪魔だわ……。
わたくしはシメオンに好意を抱き始めている。
侍女たちも、きっと勘付いているはずだ。
年頃の男女なのだ。そういうこともある。
「シメオン……、少し一緒に歩かない?」
わたくしは控え目にほほ笑んでみせた。
――これで誰かに消されるならば、シメオンも、そこまでの男だ。
胸の奥の痛みは、無視することにした。
「えっ、へえ」
シメオンは驚いてから、ふにゃりと笑顔になった。
「ダフネ、少し離れていてくれないかしら?」
わたくしは恥じらいながら侍女に命じる。
侍女は黙って距離を取った。
わたくしは自らシメオンに近寄った。
シメオンが少し慌てて、わたくしの隣に立つ。
「植物の話を聞かせてほしいの」
「へえ……、もちろんでさ」
「トレントというのは、本当にいるの?」
「そいつは、物語に出てくる魔物で……。木の化け物で、根っこを使って歩きまわるんでさ」
「ここには樹木がたくさんあるが、歩き出すものはおるか?」
シメオンが貴族であれば、この意味がわかるはずだ。
――わたくしと共に歩む者はおるか?
ここにいるのは、先王の第一王女。
わたくしを推戴し、簒奪王を討つ者はおるか?
「ドライアドが呼びかけるなら、そりゃあ、どいつもこいつも、土から這い出て、歩き出しまさあ」
ドライアドは、樹木の精霊だ。
緑色の髪を持つ、美しい女の姿をしていると言われている。
「壮観でしょうね」
わたくしは歩き出した。
シメオンも、並んで歩いてくれる。
「朝顔の芽は、いつ出てくるのかしら?」
わたくしは話を変えた。
知らぬ者には、そのように聞こえただろう。
「あっという間でさ」
シメオンが短く答える。
この男は、わたくしの意図を理解している。
この日のために、厳しい労働に耐えて、待っていてくれた。
キュリロスとは違う。わたくしに会いにも来ない、あの男とは――。
「シメオンのことが知りたいわ」
「いやあ、困ったな」
わたくしとシメオンは、見つめあってから、うつむいた。
わたくしたちの間を、熱い夏の風が吹き抜けていく。
「好きな色なら……、菫色でさ」
「まあ……」
これはおそらく、わたくしの瞳の色だと言いたいのだろう。
どこまでがこの場に合わせた演技で、どこからが本心なのか……?
わたくしは胸の奥で、密かに考えていた。
◇
コスタスが身代わりの娘を連れてきたのは、落ち葉の舞い散る頃になってからだった。
その娘は、侍女の姿で宮に紛れ込み、わたくしと服を交換した。
わたくしは他の侍女らと共に宮から、王宮から、出ることができた。
「エヴァ」
シメオンは王宮の門の外で、わたくしを偽名で呼んだ。
「お待たせ」
わたくしはシメオンに駆け寄り、手を繋ぐ。
「早く所帯を持ちてえな」
「うん」
門番たちに聞かせるための、恋人同士の会話。
庭師見習いと侍女は、堂々と王都の街並みに消えた。
そして、冬を越え。
春が来て。
若葉が陽光に煌めく頃――。
わたくしは王都の北門の前にいた。
着ているものは、騎士服を元にした白い衣。
腰には、王家に伝わる金のレイピア。
わたくしの白馬を引いてきてくれたのは、男爵家の三男シメオン・ネロー。
ネロー男爵家の寄り親は、ヴロンディ侯爵家だという。
六年前、父上の死と共に失脚した宰相の家だ。
「ご武運をお祈りしてまさ……」
「ありがとう」
シメオンは、わたくしより背も高く、力も強い。
そんな男が、涙目になって、馬上のわたくしを見ている。
実に愛らしいではないか。
わたくしは、やるべきことをやって、すぐに戻ってくるつもりだ。
――だから、シメオン、安全なところにいるのだぞ?
わたくしは手綱を操り、人々の前へと馬を進める。
「我ら、簒奪者を討つ者なり! わたくしこそ、この国の正統なる統治者! この国に、正義と秩序を取り戻すのだ!」
わたくしは金のレイピアを掲げた。
人々がわたくしの呼びかけに応え、進軍を開始する。
閉じられていた王都の門も、王宮の正門も、内側から開かれた。
六年も準備に費やしたからな。
わたくしが玉座の間に到着した時には――。
すでに簒奪王エウメネスも、王太子キュリロスも、一つの柱に縄で縛りつけられていた。
彼らの頭上には、一枚の貼り紙。
『愛する姫君に、最後の贈り物でさ』
誰がやったのかくらい、すぐわかる。
シメオン……。
この戦いを経て、わたくしはこの国を統べる女王となる。
男爵家の三男では、決して手の届かない地位にまで上るのだ。
「イオアンナ、貴様……!」
簒奪王がわたくしをにらみつけた。
二人とも、かなり痛めつけられている様子だった。
「なぜ、こんなことを……! なぜ、私を待っていてくれなかったのだ……!?」
おそらくキュリロスと思われる男の問いかけに、わたくしは小首を傾げる。
「キュリロス……?」
「そうだ、私だ! 約束しただろう!」
「そんなこともあったわね」
「君は何度も手紙をくれたではないか! 覚えているはずだろう!」
「あら、わたくしの手紙は届いていたのね。返事がないから、どこかで握り潰されていたのかと思ったわ」
わたくしが驚いてみせると、キュリロスは顔を歪めた。
「私は王太子となるべく励んでいたのだ! 君は私の初恋の相手だ! 私は愛する君のために全力を尽くしていた! なぜ、わからないのだ!? 手紙の返事などと……! 私には、そんなものに割く時間はなかった!」
そんなもの。
わたくしが待ち焦がれたものは……。
キュリロスにとっては、そんなもの、だったのね……。
「約束を違える者に、一国を統べる資格はない!」
簒奪王がわたくしを非難する。
「まあ、あの約束は、まだ有効だったのですか?」
わたくしは冷たく二人を見下ろした。
六年の間、放置されていた約束。
「当然だ! 私は君のために王太子にまでなっただろう! これが私の君への愛だ!」
「この六年間、キュリロスの愛など、一度も感じられなかったわ。ご自分のために王太子になったのでは?」
「私の愛には行動が伴っているだろう! 君のために、立太子されるという結果を出している! それを疑うのか!」
「昨年の秋、スキア筆頭公爵家の次女アルシノエが、王太子妃になりましたわね。そのことについても、なに一つ、ご説明いただけなかったわ」
わたくしは身代わりの娘に確認したのよ。
キュリロスが説明するために訪れたかどうか……。
手紙の一通くらいは、届いたのか……。
「イオアンナを正妃にするとは言っていない!」
「そういえば、そうでしたわね」
「妃には迎えるつもりでいた! なにを説明する必要があったのだ!?」
側妃の一人として、お傍においていただける、と……。
あの言葉は、そういう意味だったの……。
それが、キュリロスの考える『初恋の相手』に対する扱いなのね……。
わたくしは、首から下げていたネックレスを外した。
「わかったなら、さっさと縄を解け!」
「すぐにキュリロスと婚姻させてやる! それでいいだろう! 嫉妬に振り回された娘は、なにをしでかすかわからんな!」
簒奪王も、唾を飛ばして怒鳴っている。
わたくしは、キュリロスにネックレスを投げつけた。
いつか、こうするために、いまだに身につけていたのよ。
さようなら、わたくしの初恋の王子様。
わたくしは二人に背を向ける。
「処刑の準備は整っておるか?」
わたくしは元宰相であるヴロンディ侯爵に訊いた。
「はい。すでに刑場には、民が詰めかけております」
ヴロンディ侯爵の言葉を聞き、簒奪王とキュリロスが怒鳴り散らす。
命乞いならば、言葉を選んだらどうなのだ。
うるさくてかなわぬ。
「静かにさせろ」
わたくしは近くの騎士に命じた。
こちらは、この後も予定が詰まっている。
こんなところで消耗するわけにはいかぬのだ。
◇
シメオンは、わたくしにとって大樹だった。
その枝葉で木陰を作り、陽射しを防いでくれた。
太い幹に寄りかからせてくれた。
だが……、トレントだったようだ。
わたくしの大樹は、自らの足で歩いて、姿を消してしまった。
わたくしたちは、なんの約束もしていなかったしな……。
シメオンは、最近ずっと思いつめた顔をしていた。
なんとなく悪い予感がしていたのだ……。
だから、シメオンには、こちらの陣営にいる『王家の影』を付けておいた。
――ネロー男爵領とは、王都を挟んで反対側の辺境地帯。
シメオンは、そこで一兵卒として戦っているらしかった。
愛する女の統べる国を守りたい、などと考えているのだろう。
困った奴よ……。
わたくしは辺境伯と数人の騎士たちを従えて、山道を進む。
辺境伯は、この地方を治めている厳つい中年の元騎士だ。
「もうすぐ宿舎が見えてきます」
辺境伯が声をかけてきた。
「そうか。……ここは実に過酷な土地だな。よく治めてくれて感謝する」
「女王陛下にお褒めいただけるとは、この上なき幸せにございます」
そう、わたくしは女王となった。
わたくしには、王都で果たすべき務めが山ほどあった。
戴冠式だのなんだのと、いろいろ……。
それらを片付けていたら、半年も経ってしまったわ……。
「あちらです」
辺境伯が、わたくしの横に並んだ。
辺境軍宿舎の門は大きく開かれていた。
宿舎の前では、縄で縛られた軍服姿の男が、兵士たちに囲まれていた。
「俺がなにをしたというのかっ!」
シメオンは、兵士たちに怒鳴っていた。
「そう怒るな」
わたくしは女王らしい口調でシメオンに話しかけた。
「あ……」
シメオンの目が見開かれる。
「我が王配よ、この女王自らが迎えに来たのだ。王都に帰るぞ」
「え……、あ……、いや……、え……? 王配……?」
辺境伯が馬を下り、シメオンの前でひざまずく。
「辺境伯閣下……?」
「簒奪王とその息子を捕らえた英雄シメオン・ネロー王配殿下にご挨拶いたします」
辺境伯は、己のやるべきことを心得ている。
シメオンが口を開けたり閉じたりしていた。
自分のやったことが、ようやく理解できたといったところか?
――隠し通路から王宮に入って、国王と王太子を逃げ出す前に捕らえる。
そんなことをしたら、英雄と呼ばれるに決まっているだろうが。
「いや、しかし、俺は……」
「我が夫となるのは不服か?」
シメオンとは恋仲になったと思っていたが……。
まさか、シメオンは、わたくしとの結婚は考えていなかったのか……?
「そんな……、俺なんざ男爵家の三男で……、下賤な庭師の息子の真似をしていたような男で……、イオアンナ様とは釣り合わねえ……」
「下賤な庭師の息子? わたくしが言ったのか? そんなことを言ったことがあったか……? 誰か他の者が言ったのか? 誰だ? 首を刎ねてやろう」
わたくしは眉根を寄せて問いかけた。
シメオンはその『下賤な庭師の息子』に身をやつし、わたくしの傍にいてくれた。
その行いが、すでに英雄譚にうたわれるものだと思うが……。
「俺とイオアンナ様が結婚するなんざ……。ただのトレントと……、ドライアドが結婚するようなもんでさ」
「それは……、あれか……? 世界樹のトレントの話をしているのか……?」
わたくしにも、世界樹のトレントなどというものがいるかはわからぬが……。
「世界樹の……トレント……?」
シメオンも戸惑っていた。
「女王の幽閉時代を庭師に身をやつして支え、さらに簒奪王と王太子を捕らえたのだからな……。そのへんに生えているトレントとは、レベルが違うだろう」
わたくしはシメオンに丁寧に教えてやった。
「言われてみりゃあ……、俺、すごいな……」
シメオンにしてみたら、どちらも簡単にやってのけたのだろう。
それが比類なき功績であるなどとは、まったく思わなかったのか……。
英雄というのは、こういうところがあるから困る。
「そうだろう」
わたくしは大きくうなずいた。
「女王陛下と結婚しても……、おかしくない……? よな……?」
「むしろ結婚しない方がおかしい。――縄を解け。我が王配を連れて帰る」
わたくしが宣言すると、兵士たちがシメオンの縄を解いた。
「辺境伯、辺境軍の兵士たちは、よくシメオンを捕らえられたな」
「王配殿下には、子供たちと共に『軍法会議ごっこ』をしてもらったのですよ」
シメオンも、それでは縄を打たれても抵抗できないか……。
騎士の一人がシメオンの前に進み出て、引いてきた黒馬の手綱を渡す。
シメオンがその馬に乗り、わたくしの隣に並んだ。
「また共に王宮で植物を育てようではないか。薔薇に、向日葵、朝顔……。他の季節の花も」
それが、この国の英雄とやることなのかはわからぬが……。
「御意」
シメオンがうれしそうだから、良いことにしよう。




