19. セリアの戦い
議会から突きつけられた絶対的なタイムリミットまで残り二十四日。
目標であるセレス・マイナーまでの片道超高速航行に十二日、現地で星を牽引し、目標宙域まで帰還するのに六日。そこから逆算すれば、俺たちに許された船の物理的な準備と航路計算のための猶予は、わずか六日間しかなかった。
第七重工業区画の地下工廠は、再び灼熱のプラズマ溶接光と、金属を削り出すマシニングセンタの絶叫が支配する、狂気と熱気に満ちた野戦病院へと姿を変えていた。
「Mark-51のメイン自律制御基板と、不要な観測ユニットの物理パージ完了! できたぞ、ここにレオンの制御シートと生命維持ポッドを力技でねじ込む!」
バルカスが、プラズマトーチの青白い閃光を浴びながら、油と煤にまみれた顔で吠えた。
彼の手によって、ナノマシン精密制御用の無人実験機だった全高わずか十五メートルのMark-51は見るも無惨に解体され、そして世界で最も悪趣味で強固な有人機へと強引に造り変えられていく。
「パイロットシートの背後と足元の隙間という隙間に、酸素ボンベ四本と合成食料のペーストチューブ、それに排泄物の完全循環リサイクルユニットをパッキングする! 一度座ったら最後、二十四日間、お前は姿勢すら変えられないぞ!」
「上等だ! 宇宙一速い拘束衣だと思って楽しむさ!」
俺はバルカスと共に極小のコックピットに潜り込み、配管をひん曲げながら、機体の深部へ俺の脳波とメインフレームを直結させるための太いバイパスケーブルを這わせていく。
「それから、これが一番の難題だが……機体の後部に、一兆トンの星を丸ごと覆い尽くすための巨大なナノマシン・タンクを直接ドッキングさせる!」
バルカスが、クレーンで吊り上げられた巨大な円筒形のタンクを指差した。
Mark-51のスマートな機体に対して、タンクはあまりにも巨大で不格好だった。
「光速の〇・二パーセントという悪魔的な速度を出した瞬間、タンクの質量が少しでもブレれば、機体は真っ二つにへし折れる。だから、ジョイント部の周囲をナノカーボンのショックアブソーバーでガチガチに固める。そして、機体の装甲だけでなく、タンクの外殻にまでトポロジカル慣性相殺フィールドの発生網を限界まで這わせる! お前とこの巨大なタンクを、物理的にも次元的にも完全に一つの剛体として空間を滑らせるぞ!」
バルカスの改造は、既存の航空宇宙工学の常識を完全に見下した狂気の荒業だった。
だが、その手際は恐ろしいほどに正確で迅速だった。
友を絶対に死なせない、という悲壮な執念が、彼の太い指先に神がかった精度を与え、物理的なハードウェアの壁を次々と殴り壊していた。機体の改修は、六日後の射出に完璧に間に合うペースで進んでいた。
だが――地下管制室の反対側。
データ・アーカイブ室のメインコンソールに一人張り付くセリアの顔は、日を追うごとに蒼白になり、その美しい眉間には深い絶望と疲労のシワが刻まれ続けていた。
「……ダメだわ。またエラーよ……! どうやっても、計算が途中で破綻する……!」
セリアが血走った目で、ホログラムに展開された無数の数式を乱暴に払い除け、頭を抱えた。
彼女の机の上には、空になった医療用合成カフェインのチューブが山のように散乱している。
光速の〇・二パーセント。地球圏から小惑星帯のセレス・マイナーまで、十二日間で一直線に到達する究極の直行軌道。
その一本の矢を放つための初期ベクトルを弾き出すのが、軌道力学の魔女である彼女の役目だ。
だが、その計算は、彼女がこれまで挑んできたどんな複雑な重力スイングバイ軌道よりも、遥かに高く、絶望的な壁として立ちはだかっていた。
「どうした、セリア。太陽系の全天体の公転による重力干渉の予測なら、お前のアルゴリズムで完璧に補正できるはずだろう?」
俺が徹夜明けの重い頭を抱えながら尋ねると、セリアはギリッと奥歯を噛み鳴らし、血走った目で俺を睨みつけた。
「ニュートン力学に基づいた重力計算だけなら、目隠ししたって引けるわよ! 問題はそこじゃない! トポロジカル慣性共鳴則そのものよ!」
彼女はコンソールをドンッと叩き、真っ赤なエラーが点滅するシミュレーション結果を激しく指差した。
「機体とタンクの慣性を完全にゼロにして、通常空間と次元の境界を滑るように超高速で飛ぶ。理論上は美しいわ。でも、実際にその状態で長距離を移動したデータなんて、人類の歴史上どこにも存在しないのよ!」
本来、このステラ・ウィンチ計画は、無人の牽引艦アトラスを使って小惑星を動かすことで、その次元空間における超高速移動時の変動データを初めて採取し、安全な航行モデルを検証・確立するための実証実験なのだ。
だが、アトラスは星ごと木っ端微塵になり、そのデータは永遠に失われた。
俺たちは一度のテスト飛行すら経ずに、ぶっつけ本番でこの超高速航法に挑もうとしているのだ。
「宇宙空間は、完全に平坦な真空じゃないのよ。太陽風によるプラズマの密度変化や、木星や火星が引き起こす微細な重力波のさざ波によって、次元の境界は常にカオスに揺らいでいるわ」
セリアの空間タイピングする指先が、かすかに震えている。
「光速の〇・二パーセントという速度でその次元の揺らぎに突っ込んだ時、船の軌道がどう干渉を受け、どう曲がるのか。それを補正するためのパラメーターをどう設定すればいいのか。……過去の実測データが一切ない以上、すべて推論だけで数式を組むしかないのよ!」
慣性を失った物体は、外部からの極めて微弱な次元の歪みに対して、致命的なほど敏感になる。
一度出発してしまえば、途中でブレーキを踏むことも、軌道を修正することも物理的に不可能だ。
「もし私の設定した次元補正パラメーターが、実際の宇宙空間の歪みとコンマ一マイクロでもズレていれば……」
セリアは絶望的な声で宣告した。
「その誤差は、十二日間の超高速航行の中で指数関数的に増幅される。結果……あんたが乗ったMark-51は、目的地のセレス・マイナーから数千万キロメートルも離れた虚空へ弾き飛ばされるわ。」
セリアの声が震える。
「安全に戻ってくるためのV7エンジンなんてものはないのよ……。もちろん帰りのトポロジカル慣性共鳴フィールドを展開するためのナノマシンは積んでいくわ。でもその時成功する保証なんてどこにもない。何より食料が持たない」
アーカイブ室に、重く冷たい沈黙が落ちる。
「誰にも見つけられず、冷たい棺桶の中で酸素が尽きるのを待つだけの、永遠の迷子。二度と地球圏へは帰ってこれないのよ」
彼女の抱える重圧は、計り知れないものだった。
俺の命、ミナの未来、そして一億人の生存。そのすべての運命が、彼女がこれから引くたった一本の数式に懸かっているのだ。
推論だけで人の命を賭けることは、完璧主義の彼女にとって最も恐ろしく、許しがたい敗北だった。
「……セリア。俺はお前の計算を信じる。お前の直感が弾き出したパラメーターなら、俺は喜んでそれに命を預ける」
俺が彼女の華奢な肩に手を置き、静かにそう言うと、セリアは弾かれたように顔を上げ、涙ぐんだ目で俺を睨みつけた。
「バカなこと言わないで! 科学は直感じゃダメなのよ! 確実なデータと裏付けがなきゃ、あんたを迷子にさせる引き金を私が引くことになるのよ……!」
彼女は両手で顔を覆い、震える肩を抱いた。
それからの三日間、セリアは文字通り魂を削って演算に没頭した。
彼女は、アトラスが火星の大気圏を跳躍した際の一瞬のテレメトリデータや、過去の月面での基礎実験の断片的なログ、そしてヘイムダルが爆発する直前に送ってきたカオスの揺らぎのノイズなど、ありとあらゆる不完全なデータをパズルのように繋ぎ合わせ、狂気じみた情熱で次元変動の補正項を構築していった。
エラー音が鳴るたびに髪を掻き毟り、自らを罵倒しながら数式を一から組み直す。
その鬼気迫る姿に、俺もバルカスも声をかけることすらできなかった。
未知の物理法則という巨大な壁を、彼女は自らの知性と意地だけで穿ち続けたのだ。
そして、出発予定時刻のわずか五時間前。運命の六日目の朝。
「……出たわ」
セリアが、椅子から崩れ落ちるようにして、掠れきった声で呟いた。
ホログラムモニターの中心で、バラバラに分岐していた何十億本もの予測線が、一本の極めて細く、そして鋭利な直線へと完全に収束していた。
「宇宙空間の次元変動を加味した、トポロジカル・シフトの補正パラメーター……納得解を得たわ。太陽系の全天体の重力干渉と、プラズマ密度の偏りを完全に相殺する軌道よ。……これで、あんたを絶対に迷子になんてさせないわ」
彼女は荒い息を吐きながら、血走った虚ろな目で、だが確かに誇り高く微笑んだ。
「よくやった、セリア」
俺は彼女の肩を強く抱きしめ、すぐにその軌道データをMark-51のメインフレームへ転送し始めた。
バルカスも安堵の息を深く吐き、機体の最終チェックに入った。
そして迎えた、運命の出発時刻。 月の暗黒面、巨大なクレーターの縁に建造されたマスドライバー発射台。
そこには、流線型の機体の後部に巨大なナノマシン・タンクを無理やり結合された、異形の機体Mark-51が据え付けられていた。
居住区画など存在しない、純粋な速度と空間制御のためだけに作られた冷たい鉄の棺桶。
俺は極寒の無重力服に身を包み、機体の極小のハッチから、身を滑り込ませた。
バルカスが言った通り、身動き一つ取れない。
◇
俺を載せたMark-51は、月の暗黒面、巨大なクレーターから一次発出され、月から千キロメートル離れた実行ポジションへ移動した。
制御シートの周囲には酸素ボンベと合成食料のチューブが隙間なくパッキングされ、俺の頭部には、機体のメインフレームと直結する分厚い脳波ダイブ・デバイスが固定されている。
『レオン、聞こえるか』
通信越しに、バルカスのくぐもった声が響く。
「ああ」
『Mark-51の全システム・オンライン。ナノマシンタンクのドッキング・ラッチ、正常。生命維持装置、正常。……最悪の空間だろうが、絶対にひしゃげさせねえぞ』
「ああ。感謝するよ、バルカス」
俺は脳波デバイスを通じて、機体のすべてのセンサーと神経を同調させていく。
『軌道計算テレメトリ、最終同期完了』
セリアの声が続く。
『初期ベクトルの次元補正パラメーター、機体コアへ転送済み。マスドライバーの射出角、ロックしたわ。……これであんたは、絶対に真っ直ぐ飛べる』
「了解した。俺の脳波も、トポロジカル慣性共鳴フィールドの展開準備に入った」
出発のカウントダウンが始まる。
『カウント一分前、六十秒。五十九秒……』
無機質なシステム音声が極小のコックピットに響く中、俺は深く息を吸い込み、バイザー越しに眼前に広がる星空を見つめた。
セリアの引いた軌道は完璧だ。あとは俺が十二日間、次元の境界を滑り続けるだけだ。
「……ん?」
ふと、俺は極度の緊張を紛らわせるためか、顔のすぐ横の壁面にパッキングされた荷物の一つを横目で見やり、通信マイクへ何気なく口にした。
「なあ、バルカス。お守りって信じるか?ミナが作ってくれたんだ。このMark-51の鉄の塊が無事に進めるように、縁起を担いで砂鉄が入っているらしい。これがあれば絶対大丈夫だってさ。揺れているお守りを見ていると実際に心が安らぐのが不思議だ」
俺の何気ない、本当にただの雑談としての軽い愚痴だった。 だが、その言葉が量子通信機越しに管制室へ届いた瞬間。
『……ん?ちょっと待て』
通信の向こうで、バルカスの低く、ひどく強張った声が響いた。 『レオン、今……なんて言った?』
「え? ミナからお守りを貰ったって……」
『違う!! そこじゃねえ!!』
バルカスの怒鳴り声が、突如として悲鳴のような響きを帯びた。
『……おい、まさか。お前の目の前にあるお守り……揺れてるって言ったのか!?』
「ああ、そうだが?それがどうした?」
『馬鹿野郎!! 宇宙空間でどうやって揺れるってんだ!!』
俺はハッと息を呑む。
バルカスが、管制室のコンソールを叩き割らんばかりの勢いで数値を引き伸ばした。
『船体後部の、ナノマシン・タンクを強引にドッキングさせた超伝導電磁ラッチだ!! 接合部の固定力を限界まで高めるために異常な出力で増設したが……突貫工事で重量を削るために、磁気シールドの被膜をギリギリまで薄くした! そのせいで、接合部から磁束リークが、キャビン内に漏れ出してやがるんだ!!お前の真横にある砂鉄が入っているお守りが、磁力線に引っ張られて揺れてるんだよ!!』
バルカスの顔が青ざめる。
『ちょっと待てレオン、今調べる!!……あぁ、数レベルのごくごく微小な束リークだ。これならば渡航には何の問題も無い。しかも船内だけで船外にも漏れてねぇ。計器や生体には一切影響が出ない完全な誤差範囲だからアラートが鳴らなかったんだ』
そのバルカスの安堵を聞いた瞬間、隣のアーカイブ室で軌道計算の最終チェックを行っていたセリアの、キーボードを叩く凄まじい音が、ピタリと止まった。
『……船内で……磁場が漏れ出している……!?』
セリアの声が、絶対零度のように冷え切った。
「どうした、セリア?」
『レオン、今すぐナビゲーション・コアの初期起動をストップして!!』
セリアが泣き叫ぶように自らを罵倒した。
『ウソでしょ……!!』
「どういうことだ! 俺も今計器を見たが、たかだか数マイクロテスラの磁気リークだぞ!?」
『その磁気よ!! 私が六日間死に物狂いで計算した究極の直行軌道! あれは、太陽系の多次元重力干渉テンソルと次元の歪みをベースに構築した純粋な天体力学の数式よ! 電磁ラッチの磁気遮蔽が完璧だって前提で組んだのに、もしあんたの乗るMark-51自体が、船内のごく微弱とはいえ磁気双極子を帯びたまま飛ぶなら、話は全く別じゃない!!』
俺は背筋に氷を突き立てられたような悪寒を感じ、極度の疲労状態にあった思考が一瞬完全にフリーズした。
「船全体が、微弱な磁気双極子状態で飛ぶ……ハッ!」
『宇宙空間は完全に平坦な真空じゃないわ! 太陽から絶え間なく吹き付ける高エネルギーの恒星風プラズマと、巨大な惑星間磁場ネットワークが存在している! 私は軌道力学の専門家だから、重力と質量のテンソル計算には絶対の自信があった! でも、磁束が漏れているなんて想定してないから、量子電磁力学の変数なんて入れてないわ!! もし微小でも磁気を纏った船が、光速の〇・二パーセントという悪魔的な速度で惑星間プラズマ磁場を横切ったらどうなるか!!』
「……超相対論的電磁流体偏向か!!」
俺の脳内のシミュレーターが、瞬時に絶望的な物理現象を弾き出した。
「超高速でプラズマ磁場を横切る磁化物体には、空間の電磁場と反発して進行方向に対し垂直に莫大な非対称量子偏向ベクトルが働く! 普通なら完全に無視できる微細な力でも、トポロジカル共鳴で慣性を完全にゼロにしている今の状態じゃ、その偏向という目に見えない横殴りの暴風をモロに受けて……!」
「軌道がひん曲がるわ!!」
セリアが絶叫した。
「出発した瞬間から、空間の磁力線に引っ張られるように横滑りして、セレス・マイナーどころか、何千万キロも離れた虚空へ弾き飛ばされる! 二度と帰ってこれないわ!!」
出発直前、残り数十秒というタイミングでの致命的なエラーの発覚。
地下管制室は完全なパニックに陥った。
『どうするんだセリア!』
バルカスが血相を変えて吼える。
タイムリミットまで、残り三十五秒。
『今回のマスドライバーの優先射出枠は、強引に通した一回限りのパスだ! もし今のカウントダウンを逃してウィンドウが閉じれば、次の射出申請が通るのは早くても三日後になる! そうなれば議会が突きつけたタイムリミットに物理的に間に合わなくなるし、何より三日も待てば太陽系の天体配置そのものが変わる。お前が六日かけて引いた今回の軌道データも全部計算し直しでパーになるんだぞ!!』
『分かってるわよ!これもバルカス、あんたの雑な突貫工事のせいよ!!』
セリアは泣きそうな声でバルカスと自分を罵倒しながら、狂ったような速度でキーボードを叩き始めた。
『星間電磁流体力学なんて基礎中の基礎じゃない!!今すぐ電磁テンソルの変数を代入し直して、偏向ベクトルによる横滑り分を完全に相殺するカウンター・パラメーターをゼロから再計算する!』
「あと二十五秒しかないぞ!?」
俺は身動き一つ取れないシートの中で、冷や汗にまみれながら叫んだ。
『足りさせるわ!! 私を誰だと思ってるの!』
セリアの荒い息遣いと、キーボードを叩き割らんばかりの凄まじい打鍵音だけが響く。
彼女の脳波が臨界点を超えてメインフレームと同期し、六日間かけて組み上げた美しき天体力学の数式を、たった数秒で強引に変数を編み直していく。
発射直前の極限状態。俺は鉄の船の中で祈るように目を閉じ、彼女の計算が間に合うことを信じた。
『十秒……』
無機質なシステム音声が響く。
「頼む、セリア……!」
『九……八……七……』
セリアのキーボードを叩く音が、まるでバルカン砲のように管制室に響き渡る。
彼女の脳内で、太陽系の重力テンソル、次元の揺らぎ、そして秒速六百キロメートルで横切る星間プラズマ磁場というありとあらゆるカオスな変数が、極限の量子演算速度で再び一つの美しい数式へと収束していく。
『五……四……』
「……終わったァァァ!!」
セリアが絶叫と共に、血の滲む指でエンターキーを叩き伏せた。
『軌道パラメーター、更新完了。完全同期』
Mark-51のコンソールが、発射のわずか四秒前に、美しいグリーンの光を放った。
電磁気的な横滑りさえも完全に相殺する、修正された真の究極の直行軌道のパラメーターが、機体のナビゲーション・コアに叩き込まれる。
「……助かった。ミナのお守りに、命を救われた」
俺は極限の緊張状態から一息つき、バイザーの中で冷や汗を拭いながら笑った。
『本当にね……バルカス、突貫工事は感謝するけど、帰ってきたらあんたの頭カチ割ってあげるわ。……レオン、今度こそ完璧よ。必ず生きて帰ってきなさいよ!』
セリアの声は激しく震えていたが、そこには確かな信頼と祈りが込められていた。
『二、一……ローンチ』
機械音のトリガーと同時に、トポロジカル慣性共鳴則が全開で展開された。
フッと、機体と後ろの巨大なタンクにかかっていたすべての物理的な重さ慣性が、宇宙から完全に消失する。
直後、マスドライバーの莫大な電磁加速がMark-51を蹴り出し、青白いプラズマの閃光を放った。
古典的なニュートン力学の常識を完全に置き去りにし、Mark-51は一瞬にして光の槍と化して暗黒の深宇宙へと突き刺さっていった。
光速の〇・二パーセント。
人間の認識速度を遥かに超えた、悪魔的な加速。
太陽系の重力網と、目に見えない巨大な星間磁場のうねりさえもすり抜ける、たった一本の狂気の軌道を進む。




