第五話:家族との再会
「はい、離縁されるという醜態を晒して帰参いたしました」
マサエールは落ち着いた声音で言う。父にこのように言われることは当然と思っていたためだ。
彼女をエスコートしていたインスラの身体がいたわしげにぴくりと動く。マサエールを護ろうと一歩前に出ようとしたのだろうが、彼女はそれをとどめるように自身が前に出た。インスラは反論が塞がれ、黙って背後に控える。
「そんな醜態だなどとそんなことはございませんわ!」
逆にそう言って立ち上がったのは兄の嫁だ。他にも何人かの女たちがマサエールを労わろうと口々に話しかける。
「皆様、ありがとう存じます。積もる話もありますが、改めて身内で茶会でも開き、お話をしようではありませんか」
マサエールは笑みを浮かべてそう言った。ボレアリス家の同年代の女たちが彼女の味方と示してくれたのはありがたいことだ。だが、ここには当主たちがいるのである。その不興を買わせるのも本意ではない。
まず最初にマサエールはクロノサと話さねばならぬのだ。女たちも頷き、席に座り直す。
「どうする気だ」
クロノサの問いかけは具体的ではなかった。だがマサエールは明確に答えを返す。
「離縁されることを予期していたとはいえ、突然のこと。まずは今後の身の振り方を考えねばなりません。我が身ひとつであれば今すぐに教会の門を叩くのもよいでしょうが」
言葉の途中、ひっ、と息を呑む者もいた。修道院に入り、俗世と縁を切って祈りの日々を暮らすという可能性をマサエールが示唆したからである。
この時代、離婚された女への風当たりは強い。また死別にせよ離別にせよ、庇護者である夫がいなくなるということである。女一人で生き抜くことは難しいため、教会を頼るという側面もあろう。
だがマサエールは言葉を続ける。
「今のわたくしはひとりの身ではありませんから。出戻り女が厄介をおかけしますが、当座はこちらに滞在させていただければと考えております」
マサエールは振り返る。彼女の視線を受けてインスラが部屋の入り口へと戻り、外で控えていた者たちを招き入れた。
オリザとウンダ、二人の女が静々と足を進める。
オリザは深く淑女の礼をとったが、ウンダは軽く目礼をするにとどめた。彼女の腕の中には、マサエールの子、モンジューが抱かれているからである。
「まあまあまぁ!」
再び女たちがわいわい騒ぎ、赤子の顔を見ようと首を伸ばした。
ウンダは身を揺すりながら、モンジューの顔が見えやすいように床に膝をついた。モンジューは普段と違う部屋が気になるのか、見知らぬ人間が多いのが気になるのか、あうあうと口を動かして宙に手を伸ばした。
「ヨーリオム様とわたくしの子、モンジューと申します。男の子ですわ」
マサエールはラディクスの屋敷でモンジューを産んだ。当然産まれたばかりの幼子を連れて動くのは困難であるから、ボレアリス家にモンジューを連れてきたのは今回が初めてであったのだ。
クロノサや兄など男衆は出産の祝いのために、あるいは戦や会議の際にラディクス家に立ち寄ったついでにマサエールやモンジューと会っているが、女衆にとってはモンジューを見るのも初めてである。
女たちはモンジューに笑みを浮かべたり、手を振り返したりしていた。もちろん孫を見たクロノサの目も細められたが、彼は咳払いを一つ。
「まあ、ヨーリオム殿との間の男児を連れ帰ったことに関しては、良くぞでかしたと言っておこう」
「はい」
マサエールは頷きを返す。
父としても孫が嬉しいのは間違いない。それも長女の子であり、武門の家では特に尊ばれる男児である。さらに離婚したとはいえ名家ラディクス家の血を引く子でもある。
父としても為政者としてもモンジューを連れてきたことには大いに価値があろう。
「男孫を連れて帰ってきたことは確かに喜ばしい。だがもちろん、そもそも離縁されぬことが望ましかったことはわかっておろうな」
「はい。面目次第もございません」
当然である。
いくら二人が貴族の間には極めて珍しい恋愛結婚ではあったとはいえ、結婚とは家と家の結びつきである。平民でもそういったことは多いし王侯貴族ではなおのことだ。
クロノサの隣に座っていた妻が、つまりマサエールの母がクロノサの手に自らのそれを重ねて言った。
「あなた、ヨーリオム殿のお立場もありますし、それに婚姻は解消しましたが、それでも家同士の関係は継続するとおっしゃっていたのでしょう?」
今回の離婚はそもそも本来の家格が違うということが問題であったといえる。それでもヨーリオムはボレアリス家に今後も便宜を図ると約定も結んだのだ。
妻に宥められているクロノサだが、それでおさまるわけでもなく言葉を続けた。
「いくら当家を尊重すると言ってもだ、さらにそれを書面で残してくれたといえどもだ。いずれ破られるのが世の習いよ」
「それはそうでしょうけど……」
約束事はいつか破られる。戦乱の時代にあってはなおのことだ。もちろん婚姻関係にあっても裏切り、離反はあり得るが、やはり思いとどまりやすいのも確かであった。
「これだから結婚には反対していたのだ」
クロノサはそう吐き捨てるが、マサエールは首を横に振った。
「お父様がどう思われるかは存じませんが、わたくしは幸せですよ」
「だが、お主と離縁して別の嫁を迎えるなど不実ではないか!」
その言葉にマサエールの目が座る。彼女の纏う空気が変わったのを、部屋にいる誰もが感じた。クロノサの言葉は竜の逆鱗に触れたのである。
ξ˚⊿˚)ξこう、ヨーロッパ風異世界なのに、なぜか和を感じる。
次話が前半のハイライトです。





