第二十九話:戦勝
ラディクス一門とプレイナム一門の大戦は、ラディクスの勝利に終わった。厳密にはまだ逃亡した残党の追撃もあるが、大勢は決したと言って良い。
勝利の歓喜に沸くラディクス軍。
だがその中心たるヨーリオムの本陣において、大将たる彼は大いに心を乱していた。妻を残した屋敷からの急報によって。
「後妻打ち、後妻打ちだと……!」
タートリアを一人領地に残すのは不安もあった。一時的に実家に戻ってはと、勧めもしたのだ。彼女が屋敷で帰りを待つと健気にも言うので残してきたが、そこまでの事態になるとはという思いである。
そこに呵呵大笑しながら壮年の将がラディクス家の天幕に姿を見せた。彼の手には一通の書状が握られている。
「おお、ヨーリオム殿」
「舅殿、……いや、クロノサ殿」
彼はマサエールの父である。ということは当然、彼のもとにもそちらの家臣から後妻打ちの知らせが来ているということだ。
「領地ではずいぶんな珍事があったようですな」
ボレアリスにとっては笑い事であろう。だがラディクスにとってはそうではない。恨み言の一つも言いたくなる。
「ずいぶんな真似をしてくれたものだ」
「そう仰いますが閣下、あやつが立たねば、我ら一族が立ちましたぞ」
まあ、その通りではあった。
マサエールの一手は両家が決定的な破局を迎えるのを、北方で新たな戦役が発生するのを回避したと言える。
それ自体は素晴らしい手腕だ。だが、それはヨーリオムの顔に大きく泥を塗ることによってである。つまり、自分の先妻と現妻が争ったということであるし、現妻を守れなかったという不名誉である。
さらに言えば、戦場での汚名は雪ぐことができる。例えば次の戦で活躍する、あるいは仇を討つなどとして。だがこの不名誉はヨーリオムには決して雪ぐことができないのだ。つまり、妻タートリアを打ったのがマサエール、女であるために。仮に仇打ちなどしようものなら、女殺しというさらなる不名誉を重ねることになる。
はぁ、とヨーリオムはため息をついた。
「わかっておる。そもそも我が約束を護れなかったが故の事態よ。責は全て我にあり、マサエールには無し。無論、ボレアリスにもだ」
書状にはタートリアがボレアリスの武を軽んじる発言があり、それがこの事態を決定づけた旨が記されていた。
マサエールと離婚する際、ボレアリスを尊重すると確約していたのだ。それを破ったのは彼ではなく妻の言とはいえ、それは家の、ひいては家長たるヨーリオムの責任とされるのは間違いなかった。
「すまぬ」
「勿体ないお言葉。ヨーリオム殿がそう仰り、我ら一門を尊重してくださるなら、末永く従いましょうぞ」
クロノサはの言葉は下手に出ているようでそうではない。戦の後には論功行賞、つまり戦での功績に応じて報酬を得るものだが、そこでの厚遇を要求しているともとれるのだ。
「言われずともボレアリスの活躍、疑いようはない」
それはヨーリオムの本心でもある。ボレアリスは将としても兵としてもおおいに活躍したのだ。そこに恨みなど挟む余地はない。
クロノサとしても、ヨーリオムのそういった点は高く評価していた。
その後は後妻打ちの件には触れず、戦についての話をしばし行い、クロノサは陣を辞去する。
陣から出る直前、クロノサは振り返って言った。
「ああ、そうでした。最後に閣下」
「なにか」
「うちの若いのでマサエールに惚れてるのがいましてな。戦から帰ったら、あいつを娶らせようと思っておりますが」
ヨーリオムは思わず息を呑んだ。
なるほど、戦から戻れば離縁から半年は経つ。再婚をとめることなどヨーリオムには不可能だ。
それでもヨーリオムは尋ねる。
「……それはマサエールを任せるに足る男か?」
「剣の腕は立ち、信頼できる男です。今回もプレイナムの将の首級をあげてますよ。論功行賞で男爵位くらい貰えるでしょう」
つまり今は騎士、ボレアリス家に仕える男に過ぎないということである。
本来であれば辺境豪族の長女たるマサエールを娶るには明らかに家格が不足である。だが、それを離婚された身とマサエールの価値を貶めたのも、またヨーリオム自身なのだ。
「マサエール自身はどうか」
「憎からず思ってるようですな」
ヨーリオムはしばし黙してから口を開く。
「そうか……ならば良い。幸せになれと伝えてくれるか」
「必ずや」
クロノサは改めて踵を返し、退出する。
ヨーリオムはそのまま、雷に打たれたかのように動かなかった。
従者たちが声をかけようかと逡巡していると、ヨーリオムはくわっと目を見開き、自身の甲冑の前に立ち腰の剣を抜き打った。
「っだあぁぁ!」
裂帛の気合と共に走る銀線。
剣は兜を中ほどまで断ち割って止まった。
それは八つ当たりであるかもしれない。だが、ヨーリオムの手にする名剣と彼の鍛錬によって成せる絶技であった。
だが、この技を振るうべき戦場は、彼にはもう残されていないのだった。
鎧:解せぬ。





