第二十八話:野蛮
マサエールの平手は躰の芯まで衝撃の徹る一撃である。
タートリアは吹き飛ばされることもなく、その場で膝を落とした。
「あ……んで……?」
あれは酷く響くのだとマサエールの一撃を知る女たちは頷き、知らぬ者たちはひえぇと怯えを見せた。
「なんで。なぜ叩かれたかと思ってますね?」
タートリアは口を動かせない。だが僅かに頷いたように見えた。
「それはね、貴女の謝罪がこれ以上酷いことをされないようにという謝罪であったからですよ」
ジュノーは、あぁ、と思わず呟いた。
確かにタートリアの謝罪は妙に素直で焦っているようにも見えたのだ。
タートリアは見透かされていたことを恥じるように俯いた。
「まあ、どのみち叩くとは決めていたんですけど」
タートリアは唖然としてマサエールを見上げた。
マサエールは花ほころぶように笑って言う。
「野蛮でしょう?」
タートリアは思わず頷く。
「私はまあ、確かに辺境の民の中でも少々気の強い方ですけども」
タートリアは唖然としてマサエールを見つめた。少々の定義がおかしい。
「でも、彼女たちを見てご覧なさいな。誰もわたくしの暴行を非難してないでしょう」
タートリアはマサエールの取り巻きとしか見ていなかった女たちに視線をやる。
彼女たちと視線が合い、確かにその通りだと分かる。
だがそれ以上にこれは違う。
確かにマサエール以外の女たちはほとんど自らの意見を言うこともなくマサエールに付き従っている。
社交界において地位の高い者の周りを、家門の者たちが取り巻いているように、それをみなしていた。だが本質的に違うのだ。
これは軍だ。マサエールという指揮官に統率された軍勢なのだとタートリアは理解したのであった。
「こういう地なのよ」
マサエールは続ける。
「仮に貴女がわたくしの排除に成功したとしても、ボレアリス家を貶めれば彼女たちは立ち上がりますわ。確実にね」
女たちは力強く頷く。
そのうちの一人が歩み出た。
「タートリア様」
アイガーである。ボレアリス家次期当主の妻として、面識もあった。
彼女は床に膝をつく。そしてタートリアと視線を合わせて言った。
「私たちは、貴女にもラディクス家にも、グッリッジ家にも敵対する気は無いのです。ただ、貴女のやり方は正さねばならないものだった」
そしてそっとタートリアを抱きしめた。
戦いが得意ではないアイガーが、わざわざ荷物持ちまでかって、ここまでついてきたのは、タートリアにこうしてやるためであった。
戦とはどこかで手打ちにしなくてはならぬ。
もちろんただマサエールが、あるいはボレアリス家が蹂躙して終わるのも一つの終わりではある。それだって『女が勝手になしたこと』と家同士の問題にはできない。だが、それではタートリアの心はどうなってしまうのか。
「独りで、お辛かったですよね」
その言葉に、タートリアがアイガーにしがみつくようにして泣き始める。アイガーはそれをよしよしと子供をあやすように撫でてやった。
タートリアが遥か遠き王都からこの地に嫁いで来たように、アイガーもまたここではない土地からボレアリス家に嫁いだ者である。
彼女を解り、慰められるのはアイガーしかいないのだ。
しばらくして落ち着いたタートリアはアイガーからハンカチを受け取り、涙を拭う。
アイガーは言う。
「口の中のものも吐き出してしまって構いませんよ」
タートリアは頷いてハンカチの中に唾を吐いた。ハンカチが赤く染まる。口の中を切っていたのだ。
「洗って……いや、新しいものを送りますね」
「お気になさらず」
「……ごめんなさい」
タートリアは呟くような声でそう言った。
何に対する謝罪とは言っていない。だがその言葉は心からのものと誰もが思った。
その言葉が出せるならもう、だいじょうぶだろうと思うのだった。
「わたくしたちはこれで貴女を許すわ」
マサエールがその手を横に出す。
それは優雅な動きであったが、女たちは揃った動きで武器を構え、マサエールが手を下ろすのに合わせて構えを解いた。
「でも、また同じようなことがあれば……分かるわよね?」
「はい、無いようにします」
「結構なことですわ」
タートリアは頷き、マサエールもまた淑女の礼をとった。
「それではごきげんよう」
マサエールたちは出て行った。
タートリアは呆然と床にへたり込んでいた。しばらくして外にいたボレアリス家の者たち、民衆に歓喜の声で迎えられるのが聞こえ、騒動の終わりを知った。
一方その頃。
ボレアリス家とラディクス家の使者が、王都で戦う主に書状を届けんと、急ぎ馬を駆けさせていた。
ξ˚⊿˚)ξなんとなく14日に完結させたかったけどムリだった(赤穂浪士的な意味で)。完結まであと2話かな?
ξ˚⊿˚)ξそれと本日、私の別作品の『チートなスライム職人に、令嬢ライフは難しい!』コミカライズ2話が公開されています。
ぜひそちらもご高覧お願いします!





