第二十七話:謝罪
マサエールは有無を言わさず隠し部屋の壁を破壊すると、そこに手を突っ込んでタートリアを引き摺り出した。
「きゃー! ぎゃー! うえぇぇ……ひっく、うぇぇー」
タートリアは悲鳴をあげ、泣きじゃくり始めた。
「これ、泣いているのではありません」
マサエールはタートリアの襟を掴んだままそう言うが、女たちは手を横に振る。
「いや、あれは怖いですって」
「泣きも入りますわよ」
「むぅ……」
味方である女衆からも否定されて、マサエールは不満げに唸る。
とりあえず床の上にへたり込んだタートリアから手を離し、逆の手に持っていた木槌をアイガーに渡した。
しばし話をしながら泣き止むまで時間を潰す。
「なんというか、泣かれていると罪悪感があるのですが」
「……だったら出ていきなさいよぅ」
マサエールの言葉はボレアリスの女たちに向けた言葉であったが、返事の声は低い位置から聞こえた。
マサエールはそちらを見下ろして言う。
「おや、元気が出てきたご様子。何よりですわ」
マサエールは懐からハンカチを差し出す。タートリアは鼻を鳴らしながらそれを受け取り、目元を拭って鼻までかんでマサエールに返した。
マサエールはそのまま手を差し伸べている。だがタートリアはその手を取ることなく、自力で立ち上がった。
「敗北を認めるわ」
「潔くて結構」
「……化け物め」
「なにか仰いまして?」
「いいえー、男の兵士も倒してしまうなんてすごーいって言っているだけですー」
周囲を囲う女たちは、そのやりとりにくすくすと笑う。
マサエールは肩を竦める。
「兵士と言っても雑兵ばかりですもの。そういえば、あなたの子飼いの貴族やら騎士はどうしたのです」
タートリアははぁっと大きなため息を吐いた。
「招集に応じなかったり、逃げたりされたわよ」
「あら」
なるほど、外にいる民衆たちも女の出入りについては気を配っていただろうが、男の出入りはそこまで注意して見ていないだろう。
「女に振るう拳はないだのなんだと御託を言いながらね」
それは騎士道の一つの側面ではある。ただ女を守るのもまた騎士道であるはずだ。それも主君の妻という、騎士が献身を奉ずるべき貴婦人を護らずしてどうするというのか。
「なんでしたっけ、王都の競技会? とやらで勝って当家の騎士より勇ましいとかいう方にはぜひお会いしてみたかったのですが」
「ああ、カブルムのこと?」
マサエールはその名を知らない。だが、その男に手を掴まれたジュノーは肯定に頷いた。
「あれも逃げたわ。私、タートリアの言葉が誤りであったと、意気地のない男だったと認めるわ。申し訳ございませんでした」
タートリアはマサエールとジュノーに視線をやってから深く淑女の礼をとった。このあたり、潔さのある女だとマサエールは感じる。
マサエールはジュノーに視線をやった。
「……謝罪を受け入れます」
「姿勢をお戻しください」
ジュノーがそう言ったのでこの件はこれで良い。マサエールも彼女が立ち上がることを許可する。
立ち上がったタートリアは言う。
「このことは書面にも残します」
「別にそうしろとまでは……」
「残します」
「あっ、はい」
この件に関してはむしろタートリアの方が怒り心頭であるらしかった。配下の騎士に裏切られた形になるので当然であろう。書面に残すとはラディクス、グッリッジ両家からの抗議が行くということになり、もはや仕官は望めまい。
「一度の逃亡が高くつきましたわね」
マサエールはそう言ったが、女に負けた騎士という悪名がついても将来はないとも言えよう。ただ、その可能性があっても、そもそも戦場に立たない騎士などマサエールは価値を認めていない。もはや彼のことなどどうでも良いのだった。
「ボレアリス家、特にマサエール様の名誉を傷つけたことにつきましても改めて謝罪させていただきます」
「ええ、そうね」
「マサエール様がこの家をお出になってからすぐに私が入ったこと。社交の場でマサエール様やボレアリス家を下に見る発言をしたこと。申し訳ありませんでした」
マサエールは微笑みを浮かべて頷く。
「そちらにも理由あってのこととわかっております。ただ、武に関しては譲れなかった。それをわかってくれればいいわ」
「いえ、それであっても責任は私に」
ヨーリオムに他の女が近づくのを牽制するため、グッリッジ家が北方に勢力を広げんがため。これはタートリア自身の非とも言い切れない。
マサエールは許すが、タートリアはそれもまた責任は自分にあると言ったのだった。
「良いでしょう。許します」
タートリアは安堵したように小さく息をつき、おずおずと尋ねた。
「えっと、これでもう全部でしょうか」
「そうですね」
「じゃあこれで終わりということで……」
ふふふ、とマサエールは笑う。
「何を言っているのです」
「えっ」
マサエールは優しい手つきでタートリアの頬に手を当てる。
その頬は小刻みに震えていた。可愛らしいものだ。とマサエールは思う。
「それとこれとは話が別です。ケジメはつけねば」
「っていうと……えーと」
「歯を食いしばれ」
その直後に響いた、ばしーんという打擲の音は、屋敷の外にいた民衆にまで届いたという。
これだけ謝ってるんだから手打ちにしてよね……!
ξ˚⊿˚)ξだが断る(べしーん)





