第二十六話:無双
マサエールは身体の左右で棒を回す。風を斬る音が響く。
クォータースタッフを扱う棒術における基本的な動きだ。棒を回しながら左手から右手に、右手から左手に渡しているに過ぎない。だが熟練者が行うその手の動きは滑らかかつ最小限で、むしろゆっくり見えるというのに、棒の先端の動きは視認するのが難しいほどである。
動きの最適化に加え、棒という武器の長さ、そして刃がないために両端の重量に差がないことを活用した動きだ。
「やあっ!」
男が槍のように突いてきた棒を、勢いの乗った回転で弾き、そのまま手首を打つ。痛みにかがみ込んだ男を、後続の女たちが突き倒した。
「次」
次の男は盾を構えていた。
マサエールは敢えて右の上段から振り下ろすように力強く盾の中央を強く打つ。男が盾を持つ左手に力を込めてそれを弾いた。そのまま木剣で斬りかかろうとする。
直後、男の右脚に激痛が走った。
マサエールは盾を叩いた反動を利用して左の下段、向こう脛を打ったのだ。
右を打てば左、上を打てば下。両端が打突部位である棒を扱う基本的な理だ。だがこれは対棒術を知らなければ警戒することは難しい。
簡単に言えば剣で斬ることの倍とまではいかないにしろ、五割り増しで速いためだ。そして正統派の剣術にはまず存在しない、脚への攻撃が多用されることである。
「次」
そう言ったが打ち掛かってくるのに躊躇しているようだったので、マサエールは無造作に突いた。
無造作とはいえ熟練の技である。手元から相手の視線に向けて真っ直ぐに突けば、棒は線ではなく点となる。体幹が安定していれば動きの起こりも見えず、まさに不可知の一撃となる。
打たれた男はそのまま気を失った。
後はもうどうにもならなかった。マサエールに打ちかかることもできず、腰の引けた男たちに向けてマサエールは棒の先端を向けて、宣言する。
「蹂躙なさい」
「やーっ!」
女たちがマサエールの前に駆けていき、一斉に棒やら木刀やら箒やらを突き出した。
当然だが、本来なら兵士たちの方が強いはずだ。
だが、彼らの戦意はマサエールの武威に折られていた。一方の士気が高く、そして棒という得物に慣れている女たちの敵ではなかった。
マサエールは苦戦しているところがあればちょっと手伝うくらいで、男たちを叩き打ちのめしたのであった。
「そこまで。みなさん、良い動きですわね」
マサエールは女たちの腕前を称え、怪我などしていないか確認する。もちろん多少の打ち身などしている者もいるが、問題はない程度だ。
「では行きましょう」
一行は勝手口から押し入り、邸内にいた侍女やらメイドやらを散々に追い回す。そして家探しを行ない、とうとう残すは奥方のための部屋を残すのみになったのであった。
「ひいっ、お助けを!」
扉を開けるなり命乞いを始めたのはタートリアの侍女であった。抵抗する気もなさそうだったので、箒を持った女がばしばしと軽く叩いて部屋から追い出して終いである。
そして広い部屋には他に誰の姿もなかった。
「後妻は不在ですね」
「逃げられてしまいましたでしょうか?」
女たちは残念そうに言う。
マサエールは首を横に振った。
実際、屋敷の周囲は民衆が監視している。もちろん、夜陰に乗じたり、変装したり、ゴミに紛れて出るといった暗殺者じみた動きをすれば別かもしれないが、タートリアは貴族の姫である。そんなことはできようはずもない。
つまり、邸内に隠れているのだ。
マサエールは壁に近づくと、手を当てて語りだす。
「この部屋の内装は変わっていますが……」
自分がいた頃より随分と華やかにしたものである。そうマサエールは思う。
やはりここはもう自分の場ではない。そうも思った。
「部屋の造りそのものは変わりません。逃げ隠れできると思って? ここは半年前までわたくしの部屋だったのをお忘れかしら?」
壁の向こうからネズミでも走るような小さな物音がする。女たちは獰猛な笑みを浮かべた。
「マサエール様、こちらを」
兄嫁であるアイガーがマサエールに担ぐほどの大きさの木槌を渡す。
彼女はボレアリスで育ったわけではないため、武芸に優れていない。それでもついていきたいと言ってくれたので、こうして得物を持って貰ったのである。
「ええ」
マサエールは棒をオリザに渡して、槌を受け取ると、振りかぶって壁に叩きつける。
轟音。だが、硬いもの同士がぶつかる音ではない。壁がたわむ。幾度か叩きつけるうちに、異音と共に板が割れて、木槌が板を貫通した。
いくらマサエールが女性としては力があるとはいえ、壁など破れるものではない。隠し扉で壁の隙間に空間があるため、この部分だけ壁が薄くなっているのであった。
マサエールはそこに顔を突っ込み、鮫のような笑顔を浮かべて言う。
「ほら、いらっしゃった。マサエールですわよ」
壁の向こうで女性の悲鳴が上がった。
ξ˚⊿˚)ξジャック・マサエルソン。





