第二十五話:教導
敷地内に入ったマサエールの視界には見慣れたラディクスの屋敷の庭に、慌てふためく兵たちの姿が見える。
そもそも兵の大半は屋敷の正面側に布陣していたのだろう。急いでこちらに駆けつけようとする者、そして数は少ないがおそらく通用門に詰めていた兵だ。彼らはよもや破城槌で扉を打ち破られるとは思っていなかったのか、唖然としたり腰を抜かしたりしている。
「タートリア・ラディクスはご在宅ですわね?」
「な、なな……マサエール様」
兵は狼狽してか、答えを返せない。ふむ、とマサエールは兵たちを観察する。
ここにいる者、あるいはこちらに駆けてくる者の中に見覚えのある顔が交じっていない。そして女もいない。
タートリアと女たちは屋敷に籠もり、手勢の兵士を戸外の防衛に当たらせたと判断した。ラディクス家の兵は参加していない様子だ。
ぞろぞろと集まってくる兵たちの様子を見てマサエールは舌打ちを一つ。そして声を低くして呟いた。
「弱卒どもめ……」
相手には聞こえなかったであろうが、そばにいた女たちの耳にその声は響く。ジュノーはびくりと竦み上がった。
マサエールの不機嫌そうな声色に、あるいは口の悪さにである。マサエールの苛烈さはこういう形で現れることもあるのだった。
「ほほほ、マサエール様。当然ですわ」
そう笑ったのはオリザである。マサエールが若い頃から侍女として支え続ける彼女にとって、マサエールのそういう姿を見るのは初めてではない。年嵩の女たちは、男たちに半包囲されつつも、にこにこと笑みをみせる余裕すらある。
「ここにいるのは戦にもいかぬ男たちですもの」
「……そうだったわね」
戦の近い王都から、離れることを選んだ兵士である。
もちろん、タートリアという高貴な姫を守るために優秀な騎士などつけはしただろう。だが一兵卒にまで兵の質を求めはしなかったのかもしれない。
それでも、マサエールがずっと見てきたボレアリスの兵、ラディクスの兵と比べると情けなさすら覚えるのだ。彼女はそう思いながら前に出る。
「兵たちよ。わたくしはこの家から離れた身ではありますが、それでも。それでもです。あなたたちは今やラディクス家の兵。ヨーリオム様の配下がこの体たらくであることは許し難い」
「なっ、愚弄するか!」
兵たちの取りまとめ役であろうか。身なりからして騎士ではないので、十人長とかそういった階級の男が叫んだ。
女ごときに戦や武に口を挟まれるのを嫌う男は多い。マサエールにもその気持ちは理解できるし、普段は決して口を挟まない。だが、それは最低限の実力あって言えることだ。
「そちらこそ、辺境の女を馬鹿にするものではありません。相対し、構えを見れば実力くらい感じ取れます」
それはどうか、と女たちの大半は思う。さすがにそこまで言える女はボレアリス家にも少ない。
マサエールはひゅっと音を立てて棒を回した。
「かかってきなさい。僅かな時間ですが教導してさしあげましょう。棒術の戦いというものを」
男たちは互いに顔を見合わせる。そこで即座に打ち掛かってこないのが、そもそも弱卒の証である。とマサエールは思う。
そして構えについてだ。男たちは一様に棒を持っている。女が木の棒を持ってくるというのに金属の得物を使うわけにはいかないので、門番にしろ、庭にいる兵たちにしろ棒を手にしている。
だが、彼らは皆、棒を剣として構えたり、槍として構えているのだ。誰も棒を棒として持てていない。
棒を棒として扱える者が強いのである。これが仮に剣の達人でもあるなら棒を剣として使っても強かろうが、当然、そのような兵もいないのは明らかだ。
マサエールは棒を構えながらも屋敷に向かって歩き出す。向かわれれば止めなくてはならぬ。正面に立っていた男が棒を構える。
「行きます、ご覚悟を!」
そう言ってから打ち掛かってきた。
女は打てぬ、それも高貴な女だ。無力化するために棒を打って取り落とさせようとしたのだろう。
棒を剣のように振り上げ、マサエールの棒に向けて振り下ろす。
マサエールは鼻で笑った。
手元を狙っているのだから、一瞬足を止めれば当たらない。振り下ろされた棒にこちらの棒を打ってやれば、逆に相手が得物を取り落としそうになって体が流れる。そこで一歩前へ。棒で尻を叩いた。
「うぇっ!?」
痛みはなかろう。だが、完全に体勢を崩し、転びそうになりながらマサエールの後方に押し出される形となる。
マサエールの背後にいるのは女たちである。
「やぁ!」
女たちは息の合った掛け声と共に、男を棒で滅多打ちにした。
男は悲鳴をあげ、すぐに気を失ったか動かなくなった。
マサエールはちらとそちらを見て、満足そうに頷く。そして男たちを睥睨する。男たちの足が思わず一歩後ろにさがった。
「優しさというものを履き違えてますね。女に暴力を振るわぬというのは結構。ですがそれなら、そもそもこの場に立つべきではない」
マサエールは再び歩き始める。
「そして、手加減というのは格下がやるものではありません。次、かかってきなさい」
ξ˚⊿˚)ξ教導(袋叩き)
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