第二話:離婚2
ξ˚⊿˚)ξ本日2話目です。
マサエールはヨーリオムという人間のことを理解している。彼がまだ自分を愛していることも、一方でタートリア嬢に好意があることも。
そしてマサエールはヨーリオムを取り巻く権力と陰謀、政治的力学についても理解している。
「プレイナムとの争い、趨勢はこちらに傾きましたか」
「……ああ」
ヨーリオムは一拍遅れて頷く。
戦地から遠く離れていても、離婚の申し出ひとつで情勢を読み、これが言えることに舌を巻いたのだ。
マサエールは胸に手を当て、頭を下げる。金の髪がはらりと垂れた。
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
当然ながら、この国のあらゆる地に戦う者がいる。将、領主、それらに仕える騎士、兵士、在野の戦士……。
だがそれらを束ねられる者、軍閥の長足り得るのは貴種の血流れるラディクスとプレイナムの二家しかない。
故にその二家は古くから争い続け、そしてラディクスの勝利で終わろうとしている。ヨーリオムがこの国の軍の頂点に立つのだ。
「それがわたくしたちの別離に繋がるとは悲しいことですが」
「すまぬ」
ヨーリオムという男の価値が跳ね上がろうとしているのである。
彼と縁を結びたがる国内外の王侯貴族があらわれ、それはこれからラディクス家がプレイナム一門に戦で勝利することで、さらに決定的になるであろう。
「謝らないでくださいまし。ヨーリオム様がわたくしたちのことを思っての申し出であるとは理解していますわ」
そう、地方豪族の娘では繋ぎ止められないほどに。マサエールを、あるいは彼女の生家、ボレアリス家を排してでもというほどに。
ラディクス家と縁づこうという貴族たちだけであるならまだしもだ。それは正面から戦えば良い。だが、家門の中にも、当主が高位貴族と結ばれるべきという派閥ができているだろう。
マサエールは視線を横に、控える侍従やメイドたちに送る。幾人かは怯えたように身を揺らした。
となれば、彼ら彼女らがマサエールを害しようとする、獅子身中の虫となり得る。無防備なところに刃を突き立てられ、食事に毒を忍ばされてはどうにもならないのだ。
よって今なら平和的に、マサエールの身の安全を守りながら離縁できる。そうヨーリオムは判断したということである。
「離縁の理由はどうなさいますか」
「汝が病を得たとしてはどうか」
「教会が認めますか?」
「医者と司祭は問題ない」
マサエールは再び扇の下でため息をひとつ。
「用意のいいこと」
診断書を書かせる医師も、離婚を承認する司祭も抱き込んであるというのだ。ヨーリオム自身は大局を動かす人物であり、そういう細かいことに気が回る性質ではない。おそらくはグッリッジ家がもう手を回しているのだろう。マサエールはそう推測した。
「財産もしっかり分与する。またボレアリスの忠節への恩は、今後も家門を重用するということで返していきたい」
「それに関してはわたくしではなく、当主筋、父や兄と良く話し合ってください」
婚姻は家門同士の繋がりである。もとは恋愛結婚であったとはいえ、それは変わらないのだ。
ヨーリオムは力強く頷いた。おそらく、話は既に通してあるのだろう。
「わたくしが気になるのは、モンジューのことよ」
ヨーリオムが軍の将として多忙であり、家を空けていた時期も多いため、なかなか二人の時間を作ることはできなかった。
それでも前年、待望の子を授かっている。それも継嗣足り得る男児をだ。
それがモンジューであった。
ヨーリオムの瞳が一瞬、悲しみに揺れた。
「申し訳ないがラディクス家を継がせることはできなくなった」
「そうでしょうね」
タートリアとの子がラディクスを継ぐことを求められているのだ。
「将来の側近として仕えてもらうことは可能だ。こちらで預かり、乳兄弟のように育てることもできる」
乳兄弟とは血がつながらないが、同じ乳母の乳を飲み、兄弟のように育てられた関係を示す。強い信頼関係で結ばれ、将来の側近となることも多い。
今回の場合は、半分血が繋がっているが、そのようにして将来のラディクス家の長の右腕とすることもできると提案しているのである。
マサエールは首を横に振る。
「モンジューは連れて帰るわ」
「そうか」
自身がここにいれば暗殺される懸念があるのだ。幼いモンジューを預けて無事に成長できるとは到底思えなかった。ヨーリオムにその気はないとしても。
マサエールは軽く手をあげ、侍女を呼び寄せた。
マサエールがまだボレアリス家令嬢であった頃から彼女に使える、忠節の侍女を。
マサエールは彼女に扇を預け、そして彼女の手を取って立ち上がった。
離縁するのである。ヨーリオムの手をもう取らないということをあらわしたのだ。
ヨーリオムも立ち上がり、向かい合った二人の視線が絡む。
「愛する人よ。さようなら、と言ってあげるわ」
ヨーリオムが言葉を返そうとする前に、マサエールは深く淑女の礼をとった。
「御前、失礼致します」
そしてそう言って踵を返したため、二人の視線はもう交わることはなかったのであった。
ξ˚⊿˚)ξ明日からはとりあえず一日一話、昼に更新する予定です。
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