第十五話:極楽鳥の羽根
数日後、ラディクス家からボレアリス家に書状が届く。ヨーリオムからマサエールに宛てたものであったため、クロノサは彼女を自室に呼び出した。
マサエールは父から書状を受け取ると、封を破って目を通す。マサエールは薄らと笑みを浮かべた。ヨーリオムの直筆であったためだ。普段は右筆に代書させることも多い彼であるが、武家の者には珍しい流麗な文字はいかにも貴種らしく、少し右上がりな癖字は彼自身によるものとすぐに分かった。
ただ、マサエールはそれを一瞥したのみですぐに顔を上げた。クロノサが問う。
「手紙にはなんと?」
「単にわたくしの体調を気遣うだけのものですわ」
「体調?」
マサエールは側に控えていたオリザに手紙を渡した。オリザはクロノサにそれを渡し、彼もその文面に目を通す。
「建前の話ですわ。ほら、わたくしの健康上の理由で離縁して実家に戻ったことになっているでしょう」
「……そうであったな」
忘れていたわけではないが、健康な様子の娘を見れば何を言っているのかという思いも浮かぶ。今朝のマサエールは妹らと共に庭で棒を振っていたというのだから尚のことだ。
「手紙には特に意味はありませんわ。強いて言えば『実家の気候が合うのであろうか、体も良くなりつつあると聞く』という一文が、ボレアリス領内であればある程度なら外出も構わない。今は困るが、先々は自由な外出も認めると取れる程度です」
「ふむ」
クロノサも目を通し終えて、同じ結論に至ったようである、短く肯定した。
マサエールは別の従者から、手紙と共に届けられた荷を受け取った。細長く薄い箱で、装飾は簡素、輸送時に目立たぬようにしているのか単に保存用なのか。中身が入っていないのではと思うほど軽い。
「であれば本題はこちらでしょうか。……まぁ!」
箱を開けたマサエールは感嘆の声をあげた。そして優しい手つきで中に収められていたものを取り出し掲げてみせる。
「おお、これは見事な……!」
クロノサも、部屋にいた従者たちも息を呑んだ。
それは大ぶりな美しき鳥の尾羽であった。ここまで鮮やかなものは見たことがない。おそらくは遥か異国よりの舶来の品で、金貨を積み上げても手に入らない類のものである。
「これ一つとってもヨーリオム様の謝意と誠意は伝わりますが」
「うむ」
「先日の使者にわたくしが渡り鳥の話をしましたから、そのご返事でもあるのでしょう」
「どう捉える?」
「渡り鳥の羽根を捥いだ。自由に飛ばせはせず、飼い慣らそうと仰っているのかと」
「後妻のことか」
ええ、とマサエールは頷く。
タートリア、あるいはグッリッジ家の意向で彼女がすぐにラディクス家にやってきたが、彼女に好き勝手にはさせない、ボレアリス家に迷惑をかけないという意図を示しているとマサエールは説明した。
「それはお前の解釈であろう。どう確かめる?」
「今後のヨーリオム様の行動をご覧になればよろしいかと。もちろん、グッリッジの姫君を監禁するわけにも参りませんが、公の場に出る時は常にヨーリオム様が行動を共にされるのでは? もし彼女がお一人で自由に動くようであれば、改めて本意を問いただせばよいでしょう」
ふーむ、とクロノサは髭を撫でた。
「迂遠なやり取りよな」
彼はため息をつき、マサエールは笑う。
「書面に書き残すわけにはまいりませんもの」
書とは言葉を残すことである。それは誰かに盗み見られるかもしれないし、奪われるかもしれない。それがグッリッジ家の手の者であれば大きな問題となろう。
「それもその通りではある。わかった。下がって良い」
クロノサの言葉にマサエールは頭を下げ、羽根を箱にしまい、退出しようとする。
「ああ、そうだ。それはどうする気だ?」
クロノサはマサエールが侍女のオリザに持たせている箱を指差す。
「表に出られませんもの。しばらくは部屋に飾ったり、身内の茶会で自慢しようかと」
「ふむ」
マサエールは笑みを浮かべて言う。
「わたくしが外に出られる頃までに、ラディクス家の対応に問題なければ扇の飾りとして加工させていただきましょうか」
問題なければということは、問題があればそうしないという意味だ。
クロノサは尋ねる。
「……そうでなければ?」
マサエールは頬に手を当てて考える素振りを見せた。
「お兄様の兜飾りにしてラディクス攻めの本陣におくのと、インスラの兜飾りにして先陣を切ってもらうの、どちらが似合うでしょう?」
「……分かった。お前が賜った宝物だ。お前の好きにするが良い」
マサエールは改めて頭を下げ、オリザを従えて部屋を後にする。
クロノサは彼女たちが出ていった扉をしばし見つめ、控えている彼の侍従に尋ねた。
「どう思う?」
「お嬢様は勇ましゅうございますから……」
彼は賢くもそう発言するにとどめた。
ξ˚⊿˚)ξそろそろクライマックスフェイズに入りたいところではある……。





