第十四話:夫と後妻
ヨーリオムはこの地の各領主や豪族らに、新たな妻を娶ったということを告げる使者を送った。ほとんどの家についてはそれについて問題など起きようもない。唯一問題となるのは前妻の実家であるボレアリス家だ。
よって使者として、重用している騎士であるトレボヌムを向かわせ、そして戻ってきた彼から執務室にて報告を受けているのである。
トレボヌムはクロノサとの会談の内容を、彼の怒りをヨーリオムに伝える。
「舅……いや、クロノサ殿は冷静だな」
「と仰いますと?」
「その怒りを抑えたということよ」
紋章官などが敵軍への使者として赴けば、殺されることすらある。
今回の場合も敵でこそないが、その危険は大いにあった。だがトレボヌムの首だけが返されたわけでも、不具にされた訳でもない。
殺気も怒気も受けたであろうが、五体無事で返されたのだ。ボレアリス家はラディクス家に対立する気はないと示したと言える。
「マサエールはどうであったか」
「会談の場に居合わせ、お目通りかないました」
「ほう」
「ただ、和やかに、笑みすら浮かべて時候の挨拶を交わしてくださいました」
ふむ、とヨーリオムは息をつく。
当主のいる会談で女に発言権はない。何かあればトレボヌムかその随行員に手紙でも託すかと思っていたが。
とそう考えたところで、トレボヌムの表情が硬いことに気付き、話の続きを促す。
「あの方は優しく、美しく、ですがそれゆえに恐ろしい。挨拶の中でしっかりと釘を刺されました」
トレボヌムはマサエールとのやりとりを正確に誦じた。そういうことができるため、使者として重用されているのである。
「流石はマサエールであるな。賢しらな女よ」
ヨーリオムは彼女とのやりとりを聞き、そう言って笑った。
トレボヌムは主が気分を害するかと思っていたが、逆に機嫌良さそうですらある。
「うむ、大儀であった」
「は」
トレボヌムが執務室から退出し、ヨーリオムはしばし領地から送られてくる細々とした陳情などを処理する。
陽が中天に差し掛かる頃、訪があった。
「ヨーリオム様!」
鈴のように軽やかな音色が彼の名を呼ぶ。
「タートリア」
彼の妻となった女であった。
少女から女にならんとする年頃の、匂い立つような美しさの女である。
軽やかに、可憐に。だが跳ねるような品のない動きは決してとらない。ヨーリオムの妻となったわけではあるが、既婚者用の落ち着いたものではなく、華やかな色合いのドレスを着ているが、それが良く似合っていた。
「お仕事お疲れさまです。ですがそろそろお昼ですわ」
「おお、そんな時間であったか」
思ったよりも時間が経っていたことに気付かされる。彼女は昼食を共にとろうと呼びにきたようであった。
「先ほど、ご使者の方とお話しなさっていたとうかがいました」
「うむ」
ヨーリオムは冷静に頷き、内心では驚く。誰が彼女にそれを伝えているというのか。ヨーリオムは自らの仕事内容を彼女に伝えるようにと、誰にも指示をしていないのだ。
彼女がここに来てまだ数日しか経っていない。にもかかわらずここの使用人たちに影響力を発揮しているのか。あるいはグッリッジ家の配下を事前に忍ばせているのか。
「ボレアリス家の方はなにかおっしゃっていましたか?」
「いや、彼らは冷静だとも。特に抗議などはないが、しばらくは茶会などに人を呼ぶのは難しいかもしれぬな」
「ご迷惑をおかけしてしまいましたか?」
タートリアはヨーリオムに身を寄せ、潤む瞳で彼を見上げた。
ヨーリオムも男である。それ自体に悪い気はしない。
だが、彼女が断りもなくラディクスの領地に近づき、結果的にマサエールと離縁してすぐに屋敷に入ったことについて思うところがないわけではない。
彼女の発案かは知らないが、グッリッジ家の当主筋も当然それに関わっているはずである。
端的に言えばラディクス家と縁付くことを狙う中央貴族の家門はいくつもあり、他家に出し抜かれないため先んじてタートリアを送ったというところであろう。
それはグッリッジ家の政治的戦略としては間違っていない。
だが、前妻を追い出してすぐに後妻が入るということは、この地でのヨーリオムの評判を下げるということを認識しているか。そもそもヨーリオムがタートリアと婚姻を結ぶと約しておきながら他家の手を取ると思われているのか。
そう、思わなくない。だからタートリアが言うように迷惑をかけられたかといえば確かにその通りであるのだ。
「何が迷惑であろうか」
だがヨーリオムとしてはそう言うしかない。彼はタートリアを抱きしめた。香水を纏っているのだろう。柔らかく、芳しい匂いがたちこめた。
「茶会などはさせられぬ分、夜会では汝とともに踊る姿を見せつけねばな」
現在の彼女が茶会などを開くのは困難であろう。この地においてはボレアリスに睨まれる新参者となってしまったので。
だが、ヨーリオムが出るとなれば欠席する訳にはいかないということだ。
「嬉しいです! では、食堂でお待ちしていますね」
タートリアはそう言って食堂に向かった。
残り香の漂う執務室で、ヨーリオムは窓の外に視線をやり、呟く。
「渡り鳥か……」
マサエールはタートリアを渡り鳥に喩えて時候の挨拶をしたという。
そして自分が女と会うのを、鷹が鳥を捕まえるのに喩えたと。
「はっ」
ヨーリオムは自嘲する。
全てを擲って、ただ馬を駆り、鷹を放って生きていく。ヨーリオムの心にふと、そんな思いがよぎったのだ。
無論、そんなものはただの気の迷いに過ぎない。むしろ、鷹狩りなどしている暇はこの先しばらくないであろう。
この夏にはプレイナムとの戦となるし、それまでの間タートリアを自由にさせず、共に動かねばならなくなった。男たちが鷹狩りをする間、裏では女たちが茶会をしながら待つものであるのだから。
「誰ぞあるか」
ヨーリオムは執事を呼び出した。
「ラディクス家の宝物に、極楽鳥の尾羽根があったな。それをマサエールに贈るよう手配せよ」
そう言付けて、ヨーリオムも食堂に向かった。
ξ˚⊿˚)ξ【悲報】ストックなくなる。これだから毎日更新は……。





