第十三話:前妻への使者
ポーラは急ぎマサエールのもとに報告に来たが、彼女の夫はクロノサたちへの報告に走ったようであった。その後も彼らの配下たちが次々と出入りして続報や詳細の伝令に走る。ポーラ自身もオーディワール城で休息を取った後、再度情報収集のために出発した。
そして翌日にはその答え合わせをするではないが、ラディクス家からの使者が訪れたのであった。
「ラディクス家当主ヨーリオムがグッリッジ家よりタートリア嬢を娶りましたこと。ここに報告させていただきます」
使者は騎士であった。
オーディワール城の謁見の間にて、当主クロノサに使者がそう口上を述べる。
「娶った報告とな……」
「はっ」
使者は過去形で言った。
これから娶るのではなく、もう婚姻したという意味である。クロノサは鼻を鳴らした。
「式にも何にも呼ばれてはおらぬがな」
「はい、それは……」
使者は暑くもないのに額に汗をにじませている。
それも仕方ないことであろう。向かい合うクロノサは椅子に座ってはいる。だが剣を床に突き立て、その柄尻に両手を置いて聞いているのだ。そして彼の体からは、あたかも獲物を前にした獅子のように、いつでも襲いかかることができるという意志が感じられた。
このような姿勢で話を聞くのが許されるのは戦時中くらいのものであり、平時であれば非礼甚だしい。
だが、使者が言わねばならぬ言葉もまた非礼なものなのであった。
昨日マサエールが予想した通り、式や披露宴は後に王都で行うが、結婚自体は先んじて行い、タートリアがラディクス家に入ったという報告である。
「ふむ……こちらには一言もなくか」
「報告が遅れたこと、まことに申し開きもございません」
使者は深く頭を下げる。
もしポーラやその夫たちの報告が間に合わず、ここで初めて聞いたのであれば、クロノサは激昂して使者を斬り捨てたかもしれない。そうすれば両家は望まずとも敵対する羽目になっていただろう。
だが事前に知っていたからこそ、クロノサは怒りを露わにしつつも、行動には移さずに。つまり剣を抜かずに済んでいた。
「よろしいでしょうか」
女の声が投げかけられる。マサエールであった。
壁際に控えていたマサエールは、ゆっくりと部屋の中央に歩み出でる。使者と視線が合った。
「お……」
彼はかつてのようにマサエールのことを『奥方様』と呼びそうになったのだろう。口を中途半端に開き、慌てて言葉を止めた。マサエールが言う。
「トレボヌム卿でしたね」
「は、覚えていただけること光栄でございます」
「ヨーリオム様の信も厚き騎士を忘れることがありましょうか」
マサエールはそう事もなげに言うが、それは決して簡単なことではない。そもそも通常の貴族の女は家庭内の管理、つまりは使用人たちを統括することはあっても、男の仕事に関わりはしない。軍事など特にだ。
ラディクス家の将や騎士をしっかりと見ていた彼女は、それ故に兵たちからの評価も高く、トレボヌムも改めて感激を覚えた。
「ボレアリスの領地も暖かい季節になりました。ラディクスではもう渡り鳥も飛来しているのでは?」
「はい」
マサエールは時候の挨拶を口にした。
「気の早い、色鮮やかな羽の鳥が南方から到着していることでしょう」
だが挨拶は比喩へと変わる。騎士ではあるが使者としてこの手の言い回しを学んでいるトレボヌムには、鳥がタートリアを意味していると判断できた。
「それとも、ヨーリオム様は鷹狩りの名手です。自らお出になって鳥を捕まえてきたのかしら?」
クロノサはその言葉の意味を正確には掴めていない。このような迂遠なやり取りは、辺境の武人の好むところではないのだ。マサエールとて、ヨーリオムと結ばれるために覚えたのだから。
だが、彼は黙してそれを聞いていた。トレボヌムは明らかにその言葉に衝撃を受けた様子だからである。
「い、いえ! そのようなことは断じて」
「そうかしら、ヨーリオム様はわたくしが知るだけでも片手で数えられないほどの鳥を捕まえていらしたけど」
ヨーリオムは高貴な武人らしく鷹狩りを好むのは事実である。だが、その獲物の数は手で数えられるようなものではない。
故に鳥がヨーリオムと交わった女たちを表しているのは明らかであった。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずなどと申しますが、殿も突如、飛び込んできた渡り鳥に困惑しているようなあり様で」
トレボヌムの言葉を解せば、タートリアが勝手に、あるいはグッリッジ家の意向でヨーリオムのところにやってきたということになろう。ヨーリオムとしてもそれに困惑していると。
マサエールはにっこりと笑みを浮かべた。
「まあ、そうなの。ヨーリオム様はお優しい方ですからね」
「は。まことに……」
「わたくしなどがそうであったら、喜んで縊り殺してしまいますけども」
トレボヌムは身震いした。
クロノサの覇気は強大であるが、武人として戦場に身を置いてきたトレボヌムにとってそれは慣れ親しんだものである。
だが、マサエールは違う。
彼女はにこにこと笑みを浮かべ、まるで茶会でも楽しんでいるような雰囲気で縊り殺すなどと言ってのけるのだ。
「は、そのようなことは……」
「ああ、そうそう」
マサエールは閉じた扇で手を叩く。
「春といえば蛇も出ますわ。渡り鳥が噛まれてしまわぬよう、お気をつけくださいね」
「……ご忠告感謝します」
「それでは、わたくしはこのあたりで」
マサエールは一礼して下がっていった。
当主が倒れてその代理としてという時を除き、女が政治に口を出すことは許されない。もしマサエールがそうしたのであれば、クロノサの当主としての資質に問題ありとみなされるであろう。
だからマサエールは時候の挨拶を交わしただけなのである。
だがその挨拶は、酷くトレボヌムを狼狽させた。
ちなみに、蛇はボレアリス家の紋章である。
ξ˚⊿˚)ξ北条氏の家紋の三つ鱗って、江ノ島で弁財天の化身である大蛇からもらった鱗がもとになっているっていう伝説があるよね。この話とは何の関係もないけど。





