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2話

 放課後、机に突っ伏して悩んでいた。

 アレの正体は分かっていた。でも、分かった所でどうにかなんて出来ない。


 ただただ時間ばかり過ぎる放課後に焦燥して、そしてそんな俺を上から見ているマンボウがいて。表情一つ変えずに見るその顔が、俺の目の前にあって――。


 ふらり。ふらりと。足は帰路を外れてあの交差点の前に立っていた。

 交通量の多い、あの交差点に。

 ベタリと地面を這った血を、タイヤが潰していく。

 アスファルトは焦げた夏の匂いと生々しい赤色は――あの情景は胃を逆流させる。


 あの子を俺は殺したんだ。


 パッとしない眼鏡を外して、ボヤけた視界の中一歩一歩確実に踏む。

 「ごめん」そんな言葉じゃ許されないと知っているから。


 ちゃりん――鈴の音が俺の背後から聞こえた。服のこすれる音、ぺたりと素足が地面に触れる音。頬を撫でる生暖かい空気に変な汗が湧き出る。

 僕はすぐさま後ろを振り返った。

 シーっと優しい息、人差し指を口に当てる少女の姿は、骨が浮いた細々しい体で、羽織っただけの和服。笑みを孕んだ顔。


「死に急がないで。まだ人生の半分も生きてないだろ?」


 不適に笑う異様な雰囲気はまるで俺を見透かしているよう。

 皮肉だ。両手で数えれる人の生を俺は終わらせたんだ。


「ここで死んだんだね。かわいそうに」


 ……なんで分かるんだよ……。


 死人のような見た目も大概、コイツは死神のようだった。

 定期的に鳴る鈴の音は激しさを増し、俺の鼓動のようにさえ感じる。


「……なにもんだよ」

 絞ったような、そんな酷く弱った声だった。


皐月さつき。表情のない魚を相手にするのは厄介だろ?」


 自分のやったことが清算されていく。

 不安なのに肩はやけに軽くなって、僕は彼女の後ろを付いて行くしかなかった。


 マンボウはあの子で、僕はその子を殺したのだから。


 *


 二駅先にある、俺とは一回りもレベルが違う大学。他のキャンパスに入るなんて初めての行為だ。ましてやこうやってティッシュ配りのように話しかけることも。


 ……そんなキャラじゃない。

 

 ボーっと。キャンパス内にあるベンチに座っては翻車魚を読んで、本を顔に被せては紙の臭いに作者の姿を想像したりしちゃって――きっと女だ。


「私を探してるって、聞いたけど」


 上から声がする。数人に話しかけたばかりなのに、その答えは俺を上から見下ろしているらしい。俺は顔に被せた翻車魚を片手に一瞬言葉を考えた。

「えーっと……雲雀ケ丘、さん?」

「正確には雲雀ヶひばりがおか花屋敷はなやしき。が、苗字ですけどね」


 スラっとしたスタイル。油断も隙も無い苗字。

 長い黒髪と気品を感じるその見た目は知性と知名度の高さを体現していた。


「この本の作者を探しているんですよね、吟ちゃんから聞きました」


 聞いたって、連絡取ってんならそれ教えてくれれば良かったのに……。


「……やっつけで上げた本がこうやって帰ってくるなんてね」

 ポツリと零れた囁き声。

 俺には聞こえていた。「必死な奴」と馬鹿にされた気がした。


 どういう意味で言ってんだよ。


 梅雨も明けてセミならざる何かが聞こえる。そんな青空の下のベンチ。

 伸ばした本の肌を彼女は優しく触れる――そんな一拍。 


 きっと俺という人間がどれだけ狂暴か見極めていたのだろう。 

 髪がぐわんと派手に舞っては膠着した空気が切り裂かれる。


「はっきり言うけど、この本のどこがいいの? 私は嫌い」


 ……聞いてねーよ。


「マンボウってさ、あれって奇形の女の子だと思わない?」


 主人公と女の子は幼馴染だったと。殺したなんて言葉で自責はしても「どうやって殺したか」「なんで殺したか」なんてものは一文字も綴られていなかった。

 

「奇形の女の子を殺した主人公が被害者ぶったストーリー。それも世界に一つしかないやら、広めて欲しいやら……渡したくなんてないけど、持ってるのも気味が悪い」


 ただただ罪に終われる主人公に違和感はあった。でも、そこにはどしようもない人間性があったんだ。俺には分かる。どうしようもないくて、仕方なかったんだよ。


「しょうもないプライドが俺には刺さったんだよ」

 

 *


 いつからだろう。「雲雀ヶ丘花屋敷」その名と血筋にうんざりした頃だったか。

 それとも、あの小説を彼女に渡した頃だっただろうか。


 私の人生のレールに終わりが見えた。


 今日は月に一回の会食がある日だ。相手とは高校の頃から会わされているのに、その距離は未だに敬語の仲で――きっと私が折れない限り縮まることはないだろう。


 紳士的に話されると受動的に敬語になってしまうし、かといって馴れ馴れしく会話をしようにも途端に我に帰る。家に帰ればすぐさま怒られるのにだ。

 6個も上の婚約者。

 背中に生えた風切羽をねっとりした手で千切られているよう。生理的に受け入れたくないし、そもそも私は結婚を終点とするような人間でありたくないのだ。

 

 窓際のテーブル。浅く注がれた彼のワインに少量の細工をし、何もなかったようにボーっと外の景色を眺める。


 ……翻車魚、そういえば伝えそびれたな……。



「こんばんわ。一人暮らしなんだってね」

 扉の先の彼は丸い目をして、ひどく驚いた様子だった。


「……なんの用?」

 

 *


「泊めてよ」

 玄関に立つ彼女は、家賃三万のアパートには一生似合わないパーティードレスと気合の入った格好で、初対面でグチグチ言った口とは真逆に目には涙が潤んでいた。


「……逃げ出しちゃった」 


 なんで初対面の俺なんかに、あのとき真向から否定した俺に頼るのか。耳が痛くなる声量で問いただしたかったが、どうも聞ける雰囲気ではない。


「仮にも男だぜ?」

「……友達いないし」

 そう言うと、無理やり玄関に入っていった。


「人とは違う苦労をして来た」そんな言葉から彼女は自身のことを話し始めた。

 2つの権力を持つ家系から生まれた長い苗字で苦労をしたこと。

 地位に見合った人間と結婚。そうして費える近い将来のこと。


「このままじゃおじさんの嫁だよ。……いつか逃げてやろうって思ってるけどさ」

 ベッドに投げ出される鞄、中に見える封をした白い粉達はなんなのか。

 本当に泊まるつもりなのか?


「結構本持ってるね」

 本棚に手を掛け、なにやらもうケロッと。

 なんで不安じゃないんだ?

「いや……趣味だけど、小説とか書いてるからさ」

「あーそれでー……無難になろうとか書けば伸びるだろうに」

 いつぞやと同じようにコイツはポツンと言った。

 そんなこと、素人のお嬢様が知ってるはずないのに。


 忘却型の逃避。


 ……同類。

 同類だ。 


 理由が違う、コイツがこうなったのも仕方ないのかもしれない。

 それでも、俺は認めたくなかった。


「そうやって夢の中で逃げたって、意味ないだろ」

「……は?」

「現実じゃ異世界にゃ行けないって言ってんだよ」

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