表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かんな  作者: 可湳
3/16

追跡と逃走

配信検知システムが警告音を響かせたのは、定時巡回の最中だった。

モニターに赤い点滅。未認証配信者――座標VAS-789-45、廃墟地区。

人格ID:NULL。出演者:未登録。


今週で三度目。同じパターン、同じ座標、同じNULL違反者。

「……またか」


俺は椅子から立ち上がり、制服のボタンを確認する。

その横で、眼鏡の副官--VA-238105が冷静にログを確認していた。


「対象、例の"NULL"です。人格ID未発行、複数回の逃走歴あり」

「分かっている」

「今回も私たち二人だけで?」

「当局の指示だ。十分だろう」

「了解しました。センサーワイヤの配置位置、確認済みです」


彼女はそれ以上意見せず、眼鏡を押し上げた。

事前準備の徹底さ、冷静な状況判断――信頼できる相棒だ。


「行くぞ、VA-238105」

「了解です、VA-431047」


互いに番号で呼び合うのが当然の礼儀。

名前など、この組織には存在しない。

---


廃墟の3階。割れた窓の向こうで、彼女が歌っていた。

夕闇に浮かぶ小柄な影。ドローンが舞い、光の粒が踊る。


「……くだらん」


俺は深呼吸し、部屋へ踏み込んだ。


「VA管理局特別捜査課だ!即座に行動を止めろ!」


彼女が振り返る。驚いた顔――だが怯えはない。むしろ「お、来たな」という顔だった。


「ごめんねみんな、今日のライブはここまでみたい。また執行官さんたち来ちゃったから」


彼女の右に展開されたホログラムのチャット欄が一斉にざわめく。


『恒例イベントきたw』

『お約束助かる』

『逃げろかんな!』

『執行官さん仕事熱心すぎでは』


---


「違反者NULL、拘束する」

俺が踏み込むと同時に、彼女は窓枠に飛び乗り、外へ跳んだ。


「NULLじゃないよ私は、か・ん・っ――おわぁ!!??」


彼女が名乗り切る前に、俺は素早く手を伸ばしIDスキャナーをかざす。

光が彼女の肩をかすめ、バランスを崩させる。


「……待って聞き終わってからにしてよ!?レディに対してつれないなぁ!」

「犯罪者の話を最後まで聞く必要はない」


チャット欄が沸き立つ。


『名乗りすら許されないw』

『つれなさSSSランク』

『NULLじゃなくて“かんな”ですぅ!のくだり草』


彼女は笑いながら、鉄骨の梁を伝って走る。

VA-238105が横で短く言う。

「追走します」

「ああ」


---


彼女は梁を軽やかに駆け抜け、配管から窓へと飛び移る。

チャット欄は実況で沸き立つ。


『追いかけっこ草』

『執行官さんジャンプ力あるやん』

『BGMつけろwww』


「ねぇ執行官さん!名前とかないの?」

彼女が振り返りざまに叫ぶ。


「俺はVA-431047だ。名前などない」


アクロバットを続けながら数秒の沈黙。彼女が次はVA-238105に声を投げる。

「じゃあメガネのおねーさんは?」


VA-238105は無言のまま視線を前に固定していた。


「……つれないなぁ~!」

彼女は口を尖らせ、舌を出してまた梁を飛び越える。


チャット欄がざわつく。

『名前聞いてて草』

『メガネさんスルーww』

『恋の三角関係始まったか?』


「くだらん。最も――仮に名前があったとしても、犯罪者に名乗りなどしないがな」


かんなは振り返りざまに舌を出し、梁をひょいと飛び越える。

「わっ、キザ!でもそれ言いたかっただけでしょ!」


---


彼女が廃墟を軽やかに駆け抜ける。

片足を崩壊しむき出しになった鉄骨にかけ、身をひねって反対側へ飛び移ろうとした――その瞬間。


俺は指先で小さく信号を送った。


カチリ。


仕掛けておいたセンサーワイヤが反応し、周囲の空間に光が奔る。

ホロケージの格子が火花を散らしながら展開し、まるで虫かごのように彼女の全方位を塞いだ。

エネルギー消費が激しく、持続時間は限られているが――今は十分だ。


彼女の目が見開かれる。

「えっ……!?なにこれ、完全に狙ってたじゃん!反則でしょ!」


彼女は慌てて体勢を崩しかけながらも、かろうじて足を止める。

いつものひょうひょうとした余裕が消え、代わりに驚きと戸惑いが滲んでいた。


足を止めた彼女の表情に、観客も異変を察した。

チャット欄が一斉に色めき立つ。


『【悲報】かんな、敗北』

『管理局有能すぎる』


俺は一歩前に出て、ホロケージの光に照らされた彼女を見据える。


「ちょ、ちょっと待って!やっぱり話し合おう?ね?女の子をこんなピカピカ檻に閉じ込めるとか、絵面ひどいでしょ!」

彼女は両手をひらひらさせ、にこっと笑ってごまかそうとする。


「命乞いのつもりか?無駄だ」


「えっ!?ちょ!私、命奪られるの!?ほんとに!?そんなガチなやつ!?!?」

彼女は両手をばたばた振り回し、必死に叫ぶ。

「あわわわわわ、まままだ歌いたいのいっぱいあるし!配信も途中だし!ファンのみんなも見てるし!やだやだやだーっ!!」


チャット欄が大荒れになる。


『かんなガチ焦りwww』

『泣きそうで草』

『16歳そこらで人生終了宣告は重すぎるw』


---


俺は鼻で笑い、ゆっくりとジャケットの胸ポケットへ手を伸ばした。

観客も彼女も、その仕草に一瞬固まる。


チャット欄がざわつく。

『……え、まさか撃つのか?』

『やばいやばいやばい』

『これ笑えないやつだろ』

『終わった、完全に詰んだ』


だがその瞬間――


ガンッ!


頭上の鉄骨が崩落し、ホロケージを直撃。

火花を散らして、光の檻は跡形もなく消えた。


「なっ……!」

「えっ……!?」


俺と彼女の声が重なる。VA-238105も息をのんだ。


古びたパイプが破裂し、濃い蒸気が一気に吹き出す。

視界が白に塗りつぶされ、音だけが反響する世界に変わった。


---


「……外部協力者、か」

拳を握りしめる俺に、VA-238105が低く言う。

「作戦が漏れている可能性も」

「……ああ。だが次は逃がさん」


蒸気の中、俺たちは廃墟を後にした。


VA-238105がふと問いかける。

「ところで……本当に、命を奪るつもりだったのですか?」

「何を言っている。さすがにそれは適法ではない。執行官は法を越えない」


俺は胸ポケットから銃ではなく、冷たい金属の手錠を取り出して見せた。


「安心しました」


……俺のことをなんだと思っているのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ