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かんな  作者: 可湳
2/16

名を失った都市にて

かんながライブを終えた夜、崩れかけたビルの鉄骨が冷たく鳴り、端末にはさっきの歌の切り抜きが次々と生成される通知が走る。

廃墟に響いたあのライブと名乗りは、RAとVAをまたいで拡散し、熱狂と冷笑、警告と戸惑いを同時に生んでいた。


同期ラインのランプが点き、短い動画とリミックス音源がRAとVAを往復する。流れるのは番号とログばかりで、名はすぐに滲んで消える。


RAの掲示板には短い映像の切り抜きが並ぶ。

VAのタイムラインにはリミックス音源と、整列した感想の統計が流れていた。


『鳥肌やば』『神回』『でも規約違反じゃ?』

『マジで本名は危険』『いや、胸に刺さった』


かんなはそれらを眺めて、小さく笑う。

「やっぱり、届いてる」


---


翌朝。

差し込む光が頬を照らし、かんなは目を覚ました。

埃の舞う廃墟は静かで、腹の奥がからんと鳴る。


「……おなか、すいた」


靴を鳴らして外へ出る。角を曲がると、無人コンビニの扉がすっと開いた。

冷たい蛍光灯、整然とした棚。人の気配はなく、機械の呼吸だけが響く。


パンと水をレジに置くと、昨夜のライブで得たギフト残高〈1200〉が表示された。

だがすぐに、灰色の警告が浮かぶ。


〈保留中/本人確認が完了していません〉

〈人格IDをリンクしてください〉


「だから、それがないんだってば」


決済は赤い輪を描いて戻り、商品は棚に吸い込まれていく。

かんなに残ったのは、空腹とため息だけだった。


---


「しょうがない」と吐き捨てたかんなは配給所へ足を向けた。

列は短く、番号だけが呼ばれる無機質な空気の中――


「おばちゃ~ん!!!」


かんなはぱっと顔を上げ、大声で手を振った。

奥からふくよかな女性が現れ、笑いながら袋を抱えてやってくる。


「はいはい、今日も来たねぇ、かんなちゃん。ほら、パンと水。食べなさい」


かんなは袋を両手で抱え、目を潤ませる。

「ア”リ”ガ”ト”ゴ”ザ”イ”マ”ス”ゥゥゥゥ!!!」


列の人たちがぎょっと振り返るが、当人たちはお構いなし。


「昔はあんた、遠慮して泣きながら受け取ってたじゃない。

 今じゃ図太くなったもんだねぇ」


「だってぇ~おばちゃんのパンでわたし生き延びたんですもん!!

 命の恩人であり神ですぅ!!!」


おばちゃんは腹を抱えて笑い、かんなの背中をぽんぽん叩いた。

「いいからしっかり食べな。若い子が倒れたら笑えないよ」


かんなはパンを高く掲げ、鼻をすすりながら叫んだ。

「今日も人類に栄光あれええええぇぇぇ!!!」


---


かんなはパンをかじりながら、ふと思いついたように口を開いた。

「ねぇ、おばちゃん。……名前って、持ってる?」


おばちゃんは一瞬ぽかんとした顔になり、それから声をあげて笑った。


「また変なこと聞くねぇ。VAで名前なんて持ってる人、今じゃほとんどいないよ」


「やっぱり……」


「昔からいる人なら、たまに覚えてる人もいるけどね。あたしもバーンアウト前は呼ばれてたよ。

 でももう誰も使わないし、番号があれば生活は回るし――忘れられちゃったさ」


おばちゃんは袋を抱え直しながら、少し声を落とした。

「RAにはまだ名前があるらしいけど、こっちに持ってくるのは禁じられてるしね。

 まぁ、あんな事件もあったし、そんなもん抱えてたら危ないって扱いさね。だから、VAの若い子は“名前”って言葉自体もう知らないのさ」


軽く笑ってはみせるものの、その目尻にはかすかな寂しさが滲んでいた。

「便利すぎると、人間の形ってのも薄くなっちゃうんだねぇ」


かんなはパンを胸にぎゅっと抱きしめる。

固いはずなのに、噛むたびに熱が喉を満たしていった。


---


夕刻。

かんなは廃墟に戻り、再び機材を並べ始めた。

ドローンの羽音が低く震え、チェックランプが次々と緑に変わっていく。


「よし……今日もいくよ」


昨夜のバズがまだ尾を引いている。

タイムラインには切り抜き動画が溢れ、スタンプや拡散タグが跳ね続けていた。

それと同時に、監査局からの通報も山のように積み上がっている。


パネルに指を置くと、カウントダウンが始まる。

「3、2、1……配信開始!」


赤いランプが点灯した瞬間、画面がざらりと揺れた。

映像がブロック状に崩れ、音声も砂を噛むように途切れる。


〈当局によるジャミング信号を検出〉

〈健全性スコア低下〉


「おおっと、来たか」

かんなはむしろ楽しそうに笑った。


チャット欄が荒れる。


『ジャミってる!』

『完全に狙われてるぞ』

『昨日のバズのせいか…』


けれど、ノイズの裏から――声だけが、鮮やかに抜け出した。


```

ひかり ほどける

なまえ 芽吹く

```


廃墟に響いた歌声はフィルタをすり抜け、ネットの向こうへ真っ直ぐ届いていく。

ブロックノイズが画面を覆っても、音だけは途切れなかった。


『映像止まってるのに声は聞こえる!?』

『どうなってんだこれ、奇跡だろ』

『歌がシステムを突破してる…!』

『ジャミングに勝つとか熱すぎるw』


かんなは一歩踏み出し、声を重ねる。

数字では測れない振動が廃墟を震わせ、埃が宙に舞い、光に照らされて花弁のように散った。


「ほらね。声は、消せない」


チャット欄が一斉に爆発する。

歓声と笑いと涙の絵文字が混ざり合い、熱は瞬く間に広がっていった。

通知のカウントが跳ね上がり、健全性スコアの赤枠が画面端にちらつく。

まるで世界が一緒に心臓を打ち鳴らしている――その脈動は、同時に監視の網にも触れていた。

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