第1話 ≠「拾うべからず」
とても寒い。
まるで氷の上に横たわっているかの様だ。
…ここはどこだろう。
夕方になりかけそうな空だけが、私の頭上を泳ぐだけで何も手掛かりになる物は無い。
私が横たわっている草が風でサラサラと揺れる。
リリー「…ここは…草原?」
起き上がって、辺りを見渡してみる。どこまでも続くというわけではないがここは草原だった。
山々がそびえ立ち、遠くには城が見える。
私はリリー。なぜこの世界にいるかは分からない…唯一覚えていることは私の名前は「リリー」なこと。自分の体を見ると…白い布で覆われた薄手のワンピースを着ている。ワンピースの切れ跡から見える白い肌の体は傷だらけでボロボロだった。
リリー「痛い…」
傷が空気に、そして風に触れジーンと痛む。
痛みが全身を伝い、やがて終息する。
ふと後ろを振り返ると…黒い"何か"がいた。
人型だが、人間ではない異質な雰囲気。顔はぼんやりと闇に覆われ、瞳の奥で鈍い光が揺らめく。
体中の細胞が鳥肌を立てる。これとは近づいてはいけない…体が信号を促す。
リリー「あっ!」
目散にその場から逃げようと走っていたが、傷が痛みよろけてしまう。
"何か"は私に近づいてくる。
その瞬間―—私の体は動かなくなった。物理的ではない、内側からの拘束だった。魔法、これはきっと魔法だ。
リリー「…うぅ!!」
もがき苦しむ。
何かは私に迫ってくる。敵意を感じる…きっと私を殺す気なんだ。
―――「やはりおまえか」
一筋の光が頭上を貫いたかと思うと、何処か気だるげなハスキー声がささやくように聞こえてきた。
その光は"何か"を真っ二つにした。そして"何か"は塵になり消えていった。
そこに立っている人物。誰かは分からないが…礼を言いたい。
リリー「あっあの、ありが…!」
振り返って礼を言おうと瞬間、ついに体は限界を迎え視界が暗転した。
―――「礼はいらない…あ、いるか」
そう聞こえて私の記憶は途絶えた。
さっきから音が聞こえる。
私はゆっくりと目を開けた。
リリー「…?」
私の頭上には…人がいた。
しかし先ほど私を"何か"から助けてくれた人ではない。髪がめっぽう長く後ろで結んでいる少女だった。
??「あら!起きたのね!具合は…どう?」
リリー「えっと…いいです!ありがとうございます!」
??「そう、よかった!」
明るく笑顔で私に話しかけてくるので、初対面ではあるが私も笑顔で返答をする。
木で作られた小さな部屋。どうやらここは2階で、下の階は宿屋のようだ。
少女は隣の棚に置いてあった衣服を私に持ってくる。黒いコートと白い腰布とブーツ。
??「この服…制服なんだけど、サイズが合うかどうかわからないけど着てみて!」
リリー「あっはい…」
私は黒いコートに手を通し、白い腰布を巻き、ブーツを履いた。
最初は冷たい感覚が体に通った。しかし自分の体温ですぐ暖かくなった。
??「うわぁ…似合ってるねぇ!」
リリー「ありがとうございます…えーと、ここはどこですか?あなたのお名前は…」
ベットの上に座り、少女に話を持ち出す。
??「あ、ごめんね!自己紹介遅れちゃった!闇人討伐組織「アイテール」に所属している、エマです。よろしくおねがいします」
闇人…とうばつ…そしき?あいてーる?なんだそれは…
リリー「えぇーっと…私、ここがどこだかも分からないし…あいてーる?やみびと?とうばつ?無礼ですが…どういうことですかね…」
エマ「そういえば説明してなかったね。ここはただの世界だよ!闇人っていう精神魔法を使う敵がうろついているけど…」
精神魔法。内側から拘束されていた…ということは、さっき襲って来た黒い何かは闇人?という敵だったということだ。
エマ「闇人は人類を滅ぼそうとしてる。自我がある闇人は特にね。だから、私達「アイテール」は闇人の討伐依頼を受けたり、そこら辺をうろついている闇人を倒してきてるんだよ!」
リリー「…えーっとさっき助けてくれたのはエマさん、貴方ですか?お礼を言いたいです!」
エマ「あー…さっきリリーちゃんを助けたのはアイテールのボスだよ。」
ボス、その言葉を聞いて再び私に鳥肌が立った。
さっきはお礼を言わずに気を失ってしまったから…どうしよう。無礼なことをしてしまった。
リリー「ボスさんなのですか!?お礼を言いたいんですけど」
エマ「あいつ…ボスはねぇ、滅多に外に出ないんだよ」
エマさんは急に顔色を変えてそう言って来た。
タブーでも触れてしまったのか…鳥肌がより一層増す。
リリー「ぶぶぶぶ無礼な事であったらすみません…」
エマ「はは!大丈夫大丈夫!無礼なんかじゃないから。
あいつは体が弱くてね…外に出る事は滅多にないから、リリーちゃんを助けたのは
運命だったのかもね」
エマさんは顔色を戻し、笑顔でそう言うが、私は正直状況が掴めていなかった。
この世界は世界…だということは分かるが、闇人とは何なのだろう…。色々な疑問が浮かぶが、とりあえず頭のどこかに置いておく。
エマ「まぁ、ボスには今度お礼を言いに行けばいいよ。それで、リリーちゃん、貴方に話したいことがあって」
リリー「…はい?」
エマ「あなた、誰?」
張り詰めた空気が流れる。
私は…誰なのだろうか。
どうして、あそこにいたのだろうか。
エマ「住民票を調べても、貴方の名前は載ってなかったの。
あなたは、どこから来たの?」
どこから…どこからなんて…
リリー「すみません…私も、よくわかりません。自分が、何者なのかも」
エマ「……あいつの言う通りだね。」
エマさんは微笑み、こちらを見つめてきた。
エマ「…私も、そうだったから、分かるよ。その気持ち。」
リリー「…」
エマ「あなた、行く場所もないでしょ。だから…アイテールに入らない?」
リリー「…!!」
アイテール。さっきの様子を見る限り、それに入ることは命の危険も伴う…。
確かに行く場所もないが、戦闘経験0。
そしてまだこの世界に馴染んでない私なんかが上手くやっていけるんだろうか…
リリー「……ごめんなさい、今すぐには考えられないので……
とりあえず1週間、お試しで…アイテールの皆さんと行動を共にできないですか?」
そうだ、今すぐに入ることはできないからとりあえずお試し期間を設けたい。
1週間アイテールの雰囲気に慣れる!この世界に慣れる!という意味合いを込めてだ。
エマ「ふふ、確かに、いきなり入るなんて難しいよね!じゃあ1週間お試し期間を作ろうか!」
エマさんは笑顔で微笑みながらそう言った。
その表情には偽りはなく、本音から現れていると一瞬で理解できた。
リリー「あ、ありがとうございます…!え、えと誰と一緒にいればいいですかね…」
エマ「そうね~、私の班の子たちと一緒にいようか!」
リリー「エマさんの…班?」
エマ「アイテールはいくつかの班に分けられてて、私は班長なの!だから、私たちの班に入ろう!」
リリー「は、はい…!すごく、楽しみです…!」
私は笑った。危険があると知っていても、なんだかワクワクする気持ちが込み上げてきた。
エマ「じゃあさっそく、班の子たちと会おうか。その子達は今、酒場にいると思うから一緒に行こ」
手を繋いで誘導してくれるエマさんは、とても頼りがいのあるなぁと思った。
宿屋の階段を下りて、外へ。
リリー「わぁ…!」
夕方だというのに、街はすごく栄えていてたくさんの旅人や住民たちが笑い、そして踊っていた。
私は気分が上がり、それと同時に…。
人間を襲う闇人がいるということが信じられなくなった。
そうだ、もしかしたら今ここにいる人々はみな、
闇人に殺されてしまう可能性だってある。恐ろしい。幾度なく恐ろしい。あの、人間ではない異質な雰囲気…思いだしたくもない。
エマ「怖いの?手、震えてるよ」
リリー「えっ」
酒場のドアを開けようとしたとき、エマさんにそう言われた。気づいていなかったが、手は震え大量の手汗が出ていた。動揺している。
リリー「…」
何も話せない。声が出ない。
エマさんの顔を見ることができない。
エマ「…リリーちゃん、酒場入るよ」
エマさんに手を引かれ、酒場に無理やり入る。
酒場はまだ栄えていなく、店主が仕込みをしている時だった。そしてカウンター席に…3人ほど、少年少女が座っていた。
エマ「みんな、班の新入りリリーちゃんだよ。さっき通達が入った通り、
今から1週間この子と過ごすことになるからね~」
??「あぁ、リリーっていうのか。俺はユウだ。よろしくな」
??「わたしは、ナギ。これから…1週間、よろしくね」
???「あたしはシオンだぁよ!よろしくねりりー!」
次々にカウンター席に座っていた少年少女が自己紹介をする。
リリー「えっと、リリーです…!色々教えてもらったり…迷惑かけることもあるかもしれませんが、
これからよろしくお願いします…!」
ペコリと頭を下げる。どうやら…班の皆は優しそうなのでとても嬉しかった。
シオン「りりーはどこから来たの―?」
私が着ているものと同じコートを少しダボット着て、髪を下ろしていて少しウェーブがかかっている少女シオンちゃんが疑問の目をしながら質問してきた。
リリー「私は……」
初めての小説です
もしよければ「【DIS:carded】」→「ディスカ」と呼んでください
ご愛読してくれると嬉しいです