第8話 政治の道具。
「ご長男のトラウハード様ですね。よろしくお願いいたします。掛けて頂いて差し支えございませんよ?」
緊張しているのか、直立不動で立っていたテイモン伯爵家の嫡男殿をソファーに座らせる。真面目そうな方だ。年は30を少し超えたくらいか?
「検察官のエリックです。いくつか質問をよろしいですか?皆様に聞いておりますので。」
「あ、はい。どうぞ。」
緊張しているのか、手汗をハンカチで拭いている。汗もかいているね。
「窓を開けますか?少し暑いでしょうかね?」
「いえ、大丈夫です。あがり症なもので。」
お父さんに似なかったんだね。
「今回の事件は、弟さん、残念なことになってしまいまして。」
「あ、はい。素行は悪かったんですが、まさか殺されるほど恨まれているとは思いませんでした。自由な奴で、僕は羨ましく思っておりました。まあ、真似は出来ませんがね。殺されるなんてね…。」
それはな。嫡男と三男坊の違いかな。
「犯人はまだ見つからないんですが、どうでしょう?心当たりはありませんか?」
「心当たり…借金取りなら殺してしまったら取れないでしょうしね。マルデ侯爵家の皆さんは被害者ですし。父は女がらみだろうと言うのですが、離婚もして、なんの縛りもない弟をわざわざ殺しますかね?結婚してほしい、というならまだしも。」
「ああ。それもそうですね。伯爵家的にはどうですか?」
「どう、とは?」
「お父様も、金がかかる息子で困っていらしたようですしねえ。」
「・・・・・」
「賠償金も払ったんでしょ?その前に持参金だって払っているでしょうに。面白くなかった、とか?」
「あ、いえ。」
僕の質問の意味が分かったらしく、吹き出した汗を一生懸命拭いている。
「父に聞いたかもしれませんが、一部は父の命だったので。あいつも、関係を持った女性すべてが自分の欲だけというわけではなかったんです。その…」
ふーーん。
「話は変わりますが、マーカスさんの結婚前にマルデ領の農業法人にお菓子の差し入れをなさいましたか?」
「あ、はい。屋敷に伺ったところ、お嬢さんは試験場にいらっしゃると聞いて、ご挨拶かたがた行ってみました。なかなか立派な施設で驚きました。お嬢様もしっかりされた方で。」
「そのお菓子は、焼き菓子?」
「ええ、そうです。王都でも有名なアリス洋菓子店の焼き菓子詰め合わせです。フルーツが刻んで入っている物で、日持ちしないようなので、なるべく早く召し上がって下さいと置いてきましたが、何か問題がございましたか?」
「いえ。よくわかりました。」
「あの子も、政治の道具にされたようなものです。私も…もっと強く反対しておけばよかった。いまさらですが。早く犯人が見つかることを願っています。」
うん。そうね。
「そう言えば、従姉妹の方がご懐妊なさったそうで、フローレンス妃、でしたでしょうか。おめでとうございます。お父様も大変御喜びでしたね。」
「ああ、ありがとうございます。私は少し年が離れておりましたので関わりはなかったのですが、うちの弟たちはまるで妹のようにかわいがっておりましたので。特にマーカスは末っ子でしたでしょ?本当の妹のようなかわいがり方でしたよ。こんなことになってしまいましたが…マーカスが聞いたら喜んだと思いますよ。」
ふむ。